第47話 狩場へ

 イフレニィはバルジーの疑念に対して、一つの本音を話して聞かせた。

 そのためだけに誘いだしたのではなく、短期間でバルジーと話をする機会を作るには依頼でも一緒に受けるくらいしかないと考えていた。

 もっと深い理由を探られる前の、牽制のつもりで自分から持ち掛けたことではあったのたが、すぐに後悔し始めている。

「符はね、使うことありきで行動に組み込むの」

 イフレニィの質問に対する、講釈が始まっていたためだ。無論、まともに符を使えない現状への不安と、どうにかしたいという必死な気持ちは本物だ。それが伝わったのだと思っている。問題は、イフレニィが望む解決というものが、もっと根深い事情であり、とても話せない部分についてということだ。表層部分について意見を貰っても、意味がないと分かっているだけに心苦しくもある。

 話を止めるべきかどうかと迷いながらも、考えを言葉にする。

「符の代金だけで馬鹿にならんだろ、それじゃ」

 それが主な理由で、大抵の者は普段から符を使おうなどとは考えないか諦める。

「……昔は、困ったことなかったし」

 なるほどと頷けるものだった。バルジーの考え方は、そういう下地があればこそなのだろう。

「傭兵やってたのか」

「え、やってないよ」

 きょとんとした顔が向く。

「旅人は長くないっつってなかったか」

「両親が旅人だったから」

 その線は考えなかった。経歴が浅い割に年季が入ってるわけだと、それにも納得する。両親共にというのは珍しいことだが、それならば色々と教え込まれるだろう。バルジーが、符に触れずとも精霊力の流れを制御できるようになったのは、そう習ったのかもしれない。

 符の話は止まった。現実的なことではないと、現状の生活で身に染みたのだろう。

「流れを抑えられるなら、それが一番簡単だ。制御に良い方法を知ってるなら聞きたい。言ってたろ、異常だと自覚しろって」

「意地になってるなら、やめてよね」

 バルジーはむっとしたまま言い捨てる。イフレニィが精霊力を使うと気に障るようだった。それもあって側で実践してくれる気はないのだろうか。ただ、理由があれば納得してくれる気はした。

「簡単に符の耐久を超えたら、困るんだよ」

 口をへの字に曲げているが、バルジーの目は真剣味を帯びたように見えた。精霊溜りの件を思い出したのだろう。しばらく黙り込み、組合を目の前にして再び口を開く。

「じゃあ、狩りでもしよう」

「は?」

 間抜けな声が出て、一瞬足を止める。何か考えがあるのだろう。足早に組合へ入っていくバルジーを追った。大股で掲示板へと向かっていく。

「猪でいいよね」

 言われた内容に戸惑う。特大の獲物の依頼を躊躇無く選んだが、本当にいいのだろうか。残念ながらイフレニィに、本格的な狩りの経験はない。

「野兎もあるぞ」

「人が居そうだし」

 バルジーの意図を理解した。イフレニィの意図を汲んでくれてもいるだろう。二人はその害獣駆除依頼を受けた。

 それはどちらかといえば調達依頼と呼ぶ方が近い内容だった。受付嬢によれば半ば食材の調達を兼ねているようなもので、一定間隔で依頼が出されているとの話だ。こんな賑やかな帝都周辺でも害獣駆除依頼があることに、イフレニィは意外な印象を受けていた。

 組合を出ると無言で歩く。街道に出て、ようやく話を再開した。

「周りに人が少ないのは想像つくが、兵の巡回もあるんじゃないか」

「馬鹿ね。巡回の範囲はもっと街に近いし、そこらのは彼らが片付けてるに決まってるでしょう。自分達で食べてるだろうし、依頼に出されるはずない。だから少し離れた山に行くの。依頼書よく見て」

 大抵の依頼書には現場への道順も記載されている。とはいえ、紙面上でのことでしかない。

「まだ地理が頭に入ってない。これから足で覚える段階だ」

 それはバルジーも同じなのではないかと横目に見れば、自信ありげに遠くを指さす。

「街道を通した山の内、巡回から外れるのは、山一つ向こうの山」

 向こうの山と言われたところで、山で遮られているから見えはしない。恐らく昨日から気になっていた依頼で、前もって詳細を確認していたのだろう。組合も、そう出入りの難しい場所を依頼に指定はすまい。しかし、行き辛いのに変わりはない。

「遠いな」

「だから人気のない依頼で、人と会うことも少ないんじゃないかなってこと」

 旅でちんたら歩いている時とは違い、バルジーはしっかりと歩みを進めていく。あれはセラに合わせていたのかと思ったが、合間の話しかけているのかも分からない呟きで、単に早く現地へ行きたいらしいと分かった。

「なんだか馬鹿みたいね。回りくどいことしないで、城にでも行けばいいのに。あなたくらい力あれば、場所貸してくれるんじゃないかな。そのまま出てこれないかもしれないけど」

 そう言うと舌を出し、片手を水平にし自分の首元で切る真似をした。イフレニィは眉間を寄せる。

 ――普通は喜んで迎え入れられるとか、良い方に考えないか。

 言い返すのも空しく、黙って目的の山へと進んだ。


 小さな山を一つ越え、隠れていた少し低い山へと踏み入る。山越えといえど、街道が通っているので苦労はしていない。山に入り込む道も、ある程度は踏み固められていた。縄の道標を追って進む。

「狩れたところで持ち帰れないな」

 イフレニィの呟きに、前を歩くバルジーから馬鹿にしたような声が上がる。

「練習できるくらい、人気の無いところに行くのが第一の目的でしょ」

 確かに、この手の依頼は成功報酬だから、獲れなければ金が入らないだけだ。その意図も理解はしていたが、他人の一日を無駄にすることに気が咎めた。

「さすがに、付き合わせて金が入らないのは気が引ける」

「無駄でもないよ。縄張りとか状況把握したいし。獲物の気配があれば、ユリッツさんから荷車借りよう」

 慣れているのだろうか。バルジーなら一人でも仕留めそうではあった。斜めがけに背負った武器に目をやる。その為の大鉈なのだろうか。

 山道も、かなりしっかりした足取りで進んでいく。少々感心しながら後ろ姿を眺めていれば階段状の上り坂となり、イフレニィの視界に、バルジーの足首まで包む革靴が目に入る。

 傷んでいる割に、良く歩く。

 だがそういったことではない。どこか、違和感があった。

 傷んでいる――そうだ傷だ。

 背中の傷も酷かったが、腿にも深い傷を負っていた。その場では、よろめいてすらいた。傷を縫って数日ばかり街で安静にし、とりあえずは塞がったのだろうと思っていた。

 その後、鈍い歩みとはいえ歩きとおした。あまつさえ、街の中で走り去っていく姿も見た。

 あまりに自然だから、そういうものとして片づけてしまっていたが、それで悪化した様子もない。

 この短期間で、とても回復できるような状態ではないはずだというのに。

 息を殺すようにして、問いかける。

「もう、傷はいいのか」

 バルジーの肩が揺れた。

 振り返って見せた顔に表情はなく、目は、感情を読まれまいというように翳っていた。すぐに前を向くと、バルジーは足を速めた。逃げ出す速度ではない。

「無理してるのか」

 答えは無い。無視する気なのか、進み続けるバルジーに追いつき肩を掴んだ。

 問い詰めると、わざとらしく驚いた様子で見上げてきた。

「へ、なんのこと。ちょっと考え事してた」

 今の質問の後で考えごとか。不自然すぎる。

「なんだっけ、怪我ね。無理なんかしてないよ。もう治ったし」

 無理はしてなかろうが、治ってはいないはずだ。

「ああ面倒だなあもう。良くなってなかったら、走ったときに傷が開いてる。顔色悪くなってたり、熱が出たりもしてないでしょ」

 肩に置いた手から熱は感じ取れない。顔付きにも表れておらず、言われた通り、今は健康そのものだ。

「倒れられたら、商人になにを言われるか分からん。本当に大丈夫なんだな」

「ユリッツさんは文句言わないよ。倒れたら、私の判断が間違ってたんだから。とにかく、煩いから言うけど……人より少しばかり、治りが早いの」

 言いながらバルジーは視線を逸らした。

 信用ならない事だった。そういう人間も、いるとは聞いたことはある。

 バルジーの傷を直接確かめたわけではないから程度は判断できないが、しかし、治ったとまでなれば眉唾だ。少しばかり、などという程度を超えている。

「なによ、胡散臭い目が、さらに胡散臭くなってるよ。大体、異常さなら、あなただって人のこと言えないでしょう」

 納得したというわけではなかったが、イフレニィが手を緩めると、バルジーは振り切るように森の奥へと身を翻した。

 そろそろ縄の道標も途切れ途切れになっていた。頬を膨らませて突き進むバルジーが周りを確認しているようには見えず、イフレニィは何も言わずに後を追いかける。

 傷の治りが、異常に早い。

 それが本当ならば。

 一つ、この女の尋常でない点が確認できたことになる。

 このまま共に行動していれば少しずつ謎が解けるか、印と、結びつくのかもしれない。

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