第46話 バルジーの疑念

 早朝、組合へ向かう道中だった。

「数人用の依頼って、普通四、五人で受けるよね」

「そうだな」

 隣を歩く女が、また難癖をつけたそうにしている。横目で見下ろすと、いつものしかめっ面と目が合った。

「今から人を集めるつもり?」

 来たばかりのイフレニィらに横の繋がりはない。前の晩から酒場などで誰かと話をつけておく、といったこともしていない。朝から組合で呼びかけたところで、既に依頼は決めているか、それを理由に追い払われる。昨晩、話を出したときにバルジーが渋ったのも、呼びかけては断られながら歩き回ることを想像したからだろう。セラが気軽に後押ししたのは、他の組合の事情に疎いからに違いなかった。

 ただし、ここは人の多い本部だということもあり、気まぐれに組んでくれる者もいそうではある。

 だが、初めからイフレニィにそのつもりはなかった。

「難しいだろうな」

 そう答えれば、バルジーはますます顔を歪める。

「二人だよね」

「そうだな」

 見りゃ分かるだろうと思うも、無理があるのは承知で頼んだ。色々と言いたいことを我慢しているのだろう。バルジーにしては、言葉を選んでいるような間がある。

「どんな仕事があると思ってるの」

 それについては何も想定してなかったこともあり、イフレニィも少しばかり考えているような振りを見せる。

「腰の悪い爺さんが、でかい箪笥を運んで欲しいから二人雇いたい、とかな」

「都合よくそんな依頼があると思うんだ」

「思うわけないだろ」

 バルジーは口を思い切り引き結ぶと、立ち止まった。ついに我慢の限界を超えたらしい。

「あなたね、ずっとなんか企んでるんじゃないかって思ってたけど、ただの馬鹿かなと思い始めてた。でもやっぱ何かあるんでしょう。組合でも変な扱いだし」

 随分な評価だった。自分でも突拍子もないかと思っていたが、そうか馬鹿に見えているのかと、その評価を受け流すことにした。バルジーの場合、余計な一言を加えなければ済まないようなところもあり、どこまでが本気かも分かりづらい。

 言葉の少ない女だが、こんな風に不満を表すときは別のようだった。怒りを煽り過ぎては逆効果だろうが、ちょうど良い塩梅に本音を聞けるところまで持って行けたことには安堵する。あまり使える手ではないと承知しているつもりではある。些細な不満も、降り積もれば肝心なところで問題になるかもしれない。

 しかし組合で、転話具越しの言い合いを見られたのはまずかったと考えていた。事情は知らずとも、言外に含まれたものがあるのは丸わかりだったろう。

 イフレニィはバルジーらと不自然に接触し、強引に行動を共にしてきた。最近では警戒心も和らいでいるようだったが、あの件でバルジーの中に疑心が戻るのは仕方がない。だから現状をどのように考えているのかと、イフレニィの方から垣間見たくもあった。

 代わりに一つは、真実を告げる頃合だとも。

 バルジーに向かい合う。出来るだけ真剣に聞こえるといいがと思いつつ、一見無縁のことから持ち出した。

「どうやって、符を使う練習してきた」

 バルジーは思いきり目を眇めて怪訝な表情を向けてくるが、口は閉じたままだ。

「言っておくが、結果的に助けた形になったのは気紛れだった。今はただ、符の使い方を学びたいと考えてる」

 盗賊団に襲われているのを一人で助けに入る酔狂な男が言う事など、普通は真に受けないだろう。しかし、その後はなるべく穏便に過ごしてきた。いや、言い合いしすぎたような気もするが、ともかく危害は加えていない。

「冗談でしょう。符の使い方なんか誰に習ってもいいし、組合に聞けば幾らでも探せる」

「おまえが使った嵐の範囲術。そこまでの使い手は、そうそう見つからない。しかも、人には分からないように触れなくても使える奴なんてな」

「あなたには、見えてたみたいだけどね」

 女は突っ込みを入れつつ、イフレニィの言葉を訝しく思いつつも理解したようだが、むくれた顔を困惑へと変えた。

「変ね……戦ってるの、どこから見てたの? あなたの気配があった時は、もう使い終わった後の気がするんだけど」

 やはり、バルジーはイフレニィの精霊力に気付いていた。他の人間に気付いたような態度の者はいなかったのだから、印を通した精霊力というのは、他人から見ても質が違うのではないかと考えていた。さらには、外に漏れているように見えるのは自分のものだからであって、実はイフレニィの体内で完結しているのではないかとも考えた。あの時、印へも通したし、普通に符へ流しもした。自分でもはっきりと思い出せはしない。

 だがバルジーは、イフレニィが丘の上に潜んでいたところで気付いていた。あの時は印を通して場を見ていたのだから、他人、少なくともバルジーには見える精霊力ということだ。印が示した目標であるバルジーにだけ見えるという可能性もあるが、保留だ。なんせ印を持つ者が他にもいるのだから。

「直接は見てない。符の残照を見た」

 バルジーの困惑は驚きへと変わる。嘘か真かと、迷いも見える。

「そんなの、分かるはずない。焼き切れたら、流れは途絶えるのに」

 目を伏せ何か考え込む。これまでの記憶を探っているのだろう。イフレニィも同じだったが、答えは得られなかった。それはバルジーも同じようで、すぐに小さく頭を振った。イフレニィ自身、自分の体のことが分からない。見も知らない人間には、なおさらだろう。

「馬鹿みたいな精霊力持ちなんだろ? それで悩んでる。制御出来るようになりたいんだ」

 それは本当のことだ。いきなり爆発でもするように力が流れる今の状態では、まともに符を扱うことはできない。それどころか本来の効果を歪めてしまうなど、今後どんな結果を引き起こすか知れないのだ。

「それに、気が散るというから練習もできない。どの道、街の中だから何もできないけどな」

 バルジーは伏せていた目を上げた。イフレニィを見る目は細められる。

「まだ、あるでしょう」

 疑念が増したのだろう。真実をもう一つ、付け加えることにした。セラに直接言ってみたかったことだが、仕方がない。大きく息を吸うと口を開く。

「商人が、職人と知ったからだ。それも独自の魔術式具まで作れる。実際に作ったのを見たわけじゃないから半信半疑だったが、免許が取れたところを見ると本当に知識があるのは確かめられた。そっちにも興味があるんだよ。ああ分かってる。普通は工房で親方に師事しないと得られる知識ではないってのはな」

 息継ぎをすると、慌てたバルジーに遮られた。

「もういいよ! あなたが符に偏執的な趣味があるのは、よおく分かってるから」

 そういえば、符が趣味だと勘違いされていたのをそのままにしていたのを忘れていた。

 ――なにかその趣味の意味、違わねえか。

 バルジーは顔を背けて吐き捨てた。

「全く、変なのに目を付けられちゃったみたいね」

 少しは納得できる答えだったのかは分からない。バルジーはイフレニィの横に並ぶと、頭を傾けて行こうと促してくる。

 変なのは人のこと言えないと思うぞ。そう胸の内だけで言い返し、イフレニィも、何事も無かったかのように歩き始めた。

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