第13話 元老院の思惑

 狭い天幕内に六人。転話魔術式具を置いた、簡易机を囲んで座っている。

 中央、頭上から吊るされた魔術式灯の強くはない明かりでも、金色の光を揺らして天幕内部を満遍なく照らしていた。

 その光の下、旅人組合所属が三名、対面に帝国軍側の三名が並ぶ。

 この会議に参加するどんな理由があるのかとイフレニィの警戒心は高まるが、不意を突かれるのは嫌いだ。それを抑え込んで頭を切り替える。


 指揮官が用件を切り出した。

「まずは、元老院側の紹介をしようか」

 転話具から、咳払いに続いて、老いてしわがれ気味の声が聞こえてきた。

『私は、ミッヒ・ノッヘンキィエ元老院の代表である。今回の宣託を、アィビッド帝国には吟味していただいたこと、並びに、旅人組合の力添えに御礼申し上げる』

 転話具特有の扉越しに聞くようにくぐもった声だが、すぐ目の前にある道具からは、十分すぎる内容が聞き取れた。帝国よりも、元老院側が望んだ会談らしい。しかも、代表と宣う者が出て来たことで、いよいよイフレニィの顔に渋い気持ちが滲む。元老は、宣託の内容について語り始めた。

『一同、回廊についての報告は届いているだろう。我々は、膨大な精霊力の源を感知していた。それが危惧すべきものかどうか、アィビッドに確認願ったものである』

 元老の言葉に続き、指揮官が返す。

 イフレニィを含む他の者達は、元老院と軍、双方の間で、幾つか確認がなされるのに黙って耳を傾けている。机の下で、イフレニィは強く膝を掴んでいた。とても、一旅人が聞いてよい内容ではない。

「回廊の異変自体が危険なものかどうか、現状では判断を下しかねる。だが、近付くほどに精霊溜りは数を増し、強力なものに変化した。対処の必要については是とする」

『うむ、帝国が同意されたなら、他国も追随してくれるだろうて』

「現状の年に一度の巡回では到底、処理は追いつかないだろう。元老の助言に従い、今後は各国へと呼びかけよう」

『されば、改めて詳細な調査団を』

「これだけの状況が揃っている。国には報告済みだ。既に準備を進めているだろう。調べることは山ほどある」

『状況を見ながら、今後の方針を固めませんとな』

 そこで指揮官は、回廊についての話を終えると、次の議題へ移った。

「さて、連合軍を編成できるまでに、現状を食い止めなければならん。国としては、常駐軍を置きたいと考えている」

 そこで指揮官は、支部長に目を向けた。支部長は頷き、受け取った意図を引き継ぐ。

「かなり危険な状態と理解した。旅人組合北方支部は、早急に受け入れ態勢を整えるべく、準備を始めよう」

 さらにそれを受け取って、指揮官は答える。

「では今後は、常駐軍を北部方面軍と称す。帝都の組合本部へは、こちらから話しを通しておこう。必要なことがあれば、本部長に直接申請してくれ」

 こうして常駐軍を置くことについて、あっという間に話がまとまった。前もって決定済みであるのは聞かずとも分かる。現地の確認が出来次第、計画を行動に移す手筈だったのだろう。イフレニィは内心、唖然として成り行きを見守るしかない。


 一度、静まる。

 指揮官の視線はイフレニィを真っ向から捉え、再び口を開いた。

「話したとおり、軍を配備するにあたって人材が不足している。作戦内容を考えてもらえば分かるだろうが、精霊力の強い者だ」

 イフレニィの背に緊張が走った。ここで俺が出てくるのか、だったら他の奴らも居て良かったのではないかと思えてならない。そんな憤懣を読んだように言葉は続く。

「他の者には、明日、支部長より話があるだろう。最も力の強かった貴公に、代表して聞いてもらった。説明役へと考えている。実力が確かなことはもちろんだが、組合の者、街の者であり、此度の状況を知る者でもある。北部方面軍と仲立ちの出来る者と見込んで頼みたいのだ」

 何を言われるかと身構えていてすら、呆気に取られていた。支部長達は、痛感しているはずだろう。人の名前すらろくに覚えられないし、そもそもイフレニィは一人で行動する性質だ。

 ――そんなもん出来るか!

 叫びは胸中に収め、一つ深く息を吐いた。

「見込み違いだ」

 イフレニィは、はっきりと答えたかったのだが、出たのは唸るように低い呟きだった。指揮官は怯むでなく、じっと観察するように無機質な視線を向けたまま、話を続ける。

「貴公の符使いは、私も目にした。自覚がないのならば言うが、異常といっていい」

 今度は、そっちからかと挑むように向かいの男を見据えた。これまでも桁違いだのなんだのと言われてきたのは確かだが、皮肉なことに行軍に付き合ったからこそ、今ではそれほどではないと言い切れる。

「それは軍の魔術式使い達だ。俺に、あんな細かい制御は出来ないから、派手に見えたんだろう」

 不意に横からかけられた声に、固まった。

「ねえ貴方、回廊へ赴いてからのことなのだけど……精霊力が増したと思わない?」

 ――女騎士。やはり、こいつが一枚噛んでいるのだ。

 逸らさず、睨み返した。この女に関わらない、信用しない。そう確定していたイフレニィは、女騎士の発言を質問の体裁をした尋問と受け取る。ここは、まともに答えるべきではない。

「さあ、気が付かなかったが。あんたはそうなのか?」

 さらに、場を遮る声。

『なんという態度だ……旅人風情の男が、身を弁えろ! 誰を相手に話していると思っている!』

 元老代表とは違う声に、思わず転話具を見つめた。そこからは怒気を含む声が響いているのだが、やや高めで若い男のものだと見当をつける。こんな場には似つかわしくない、はっきり言えば子供の声だった。

『これ、よさんかオルガイユ』

『しかしノッヘンキィエ閣下! 彼女は仮にも王の血を、』

「オルガイユ、会談中よ。議題に集中してちょうだい」

 女騎士は溜息をもらしつつ声を重ねた。表情から、またかといった心情が見て取れる。実質は国の頂上にいるといえる元老院の男からも、呆れたように窘められる状況に、先ほどまでの緊張は霧散し気が抜けていた。

 ――なんだ、こいつらは。

 女騎士は疲れたような微笑を浮かべてイフレニィを見た。

「ちょうど良い機会だから、紹介しておくわ。彼はオルガイユ・ルウリーブ。元老院の魔術式使いで――彼も、トルコロル出身なのよ」

 そう、紹介した。微かな不快感を呑み込む。

 ――まただ。

 彼『も』、トルコロル出身。その強調は、イフレニィにも向けられているように感じられたのだ。そして耳にした名に、うんざりしきっていた。

 ルウリーブ領の領主であり、マヌアニミテと並ぶ副王の名だ。魔術師の家系として、トルコロル内での魔術式研究機関的な役割を担っていた家でもある。現在、元老院に身を置いているということは、それなりに地位が高かった人物といえる。

 イフレニィに他家の知識はない。上の人間が何をしていたかも知らない。その内、嫌でも関わらなければならなかったのだろうが、その前にイフレニィは国を失った。だから、これほど若い人物が元老院に居る理由など見当はつかない。無論、イフレニィ同様に、たまたま親の都合で国外へ出ていたとは考えられるのだが、それにしては若すぎるような気がするのだ。若いというのも声音による見立てに過ぎないが、騒ぎ方からは年相応の幼さが垣間見える。そう間違ってはいないだろう。

「……滅んだとはいっても、結構生き残りがいるもんだな」

 どうにか絞り出した言葉に反応したのは、転話具だ。

『なんだと!? 我々が在る限り、トルコロルは、滅びはしないッ!』

 人目を憚らず頭を抱えたくなったが、頭上の魔術式灯を仰いで堪えた。

 ――なぜ、よりによって生き残った奴等が王族関係者で、こうも過去に拘っているんだ?

 抑えきれない心労が、知らず深い溜息を零させる。

『なっ……溜息など、貴様、聞いているのか!』

 頭の痛いことばかりが集ってくる。空の帯は、妙な輩まで降らせてんじゃないかと、イフレニィは皮肉った。

 この場や背後の計画、その全ての中心にいる男に恨めしい視線を向ける。髭面の指揮官は、苦笑を浮かべただけだった。

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