インチキ宗教の女は詐欺師の男に邪魔されている

サクライ

右の頬を殴ったら左の頬を出す前にアッパーを決めてやる

「私たちの神なら、きっと貴方をシアワセにしてくれるわ」

「でも……」

 机を挟んで座る女の子は、迷うように視線を滑らせてはちらりとこちらを見た。先程からケーキに手を付けていない。真剣に話を聞いてくれていた。あとひと押しだ。目前にした勝利に心中でガッツポーズをし、ニッコリと優しく微笑みかけてやればほんのりと頬を染めた彼女は私の顔を見つめる。そっと机の上に置かれた手に自分のものを重ねる。

「ねえ、」

「あれ?雪音ちゃん」

「……袴田さん」

 心配してる?大丈夫よ。私は貴方を裏切らない。最後の決め手になるはずだった言葉が、闖入者によって遮られる。先ほどまでうっとりと私を見つめていた女の子は、我に返ったように手を引き抜き困惑した目で袴田を見た。

「アキラさん、お知り合いですか?それと、雪音って……?」

「俺?俺は彼女の友達の袴田。ここで会えたのも何かの縁だ。よろしくね」

 甘いルックスと声でついでにウインクときたものだ。火がついたように顔を真っ赤にした女の子に目を細めると、こちらを見て微かにかた頬を上げてみせる。机の上に置かれっぱなしの私の手が拳を作るよりも早く、再び女の子の方を向いた袴田は、誘いを口にしていた。

「せっかくだし、一緒に遊びに行かない?」

「え、でも」

「用事、終わったんだろう?君も一緒にどうだい」

 用事は、確かに終わった。もう少しで落ちそうだった女の子ターゲットは、私に不信感を抱いたようだし、何よりも目の前の顔が良いコイツにすっかり心奪われている。これでは、勧誘だって出来やしない。舌打ちを噛み殺し、残念だけど、と私は申し訳なさそうに笑みを浮かべた。

「私は行けないわ。2人で行ってきてちょうだい」

「そっか、それは残念だよ」

 何が残念だ。はらわたが煮えくりかえりそうな私に気づいていないわけではないくせに、袴田はただ眉を下げただけだった。それも、私ではなく彼女を釣るために。

 案の定優しいんですね、だかなんとか言い始めた女の子とともに袴田は店を出て行く。後ろ手でひらりと振った手のひらに、残された伝票が私の手の中で音を立ててシワを作った。


***


「あらどうでした?新たな獲物の様子は」

「うん?良かったよ。さすが君が見初めてただけある」

「そうですか。死ね」

「酷いなぁ」

 大して気にした様子も無く勝手に隣に座った袴田が、マスターにスコッチを頼んだ。

「よくも邪魔したわね」

「邪魔?俺はただ怪しい宗教勧誘の不幸から女の子を助けただけ」

「その逃げた先が詐欺師あんただなんてそっちの方が不幸でしょ」

「そっちには、“神さま”って拠り所があるから?」

「そっちには、ただ男に騙されたという結果しか残らないから」

「俺はちゃんとステキな思い出もあげてるのに」

「黙ってろ女の敵め」

 肩をすくめた袴田は、いつのまにか置かれていたスコッチをちろりと舐めた。

「でも雪音ちゃん、いや、今回はアキラさんだっけ?偽名やめた方が良いって言ったのに」

「……今回は事情が複雑だったのよ。そっちこそ手を出さないでって言わなかった?」

「そうだっけ? 魅力的な女の子が居たからつい」

「お世辞は聞き飽きた」

「本心だよ、酷いなぁ」

 袴田の饒舌が止まる様子はなかった。面倒だ。コイツと長時間話していたくはない。立った私の腕が掴まれて、ぞわりと鳥肌がたった。

「待ってよ」

「……何?幸運の壺欲しいの?」

「いいねもらおうか。後払いで良い?」

「踏み倒す気でしょ詐欺師」

「効果ないくせにインチキ」

 ニッコリと不敵に笑うから、やっぱり私はコイツが嫌いだった。隠さずにした舌打ちに笑みを深くした袴田は、掴んでいた腕を引き寄せて耳元で囁く。甘ったるい声だった。

「俺は君が好きだから、構わずにはいられないんだよ。早くOKくれないかな?」

「……私は詐欺師だと分かってるクズ相手にわざわざ騙されるほど馬鹿じゃない。二度と関わらないで」

 まるで恋人同士の距離で、交わす言葉は恋人とは程遠い。けれど、やはり気にすることもなく、袴田は嬉しそうに目を細めて言うのだった。

「それはムリ」

 嗚呼その無駄に整った顔を殴りたい。

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インチキ宗教の女は詐欺師の男に邪魔されている サクライ @sakura_kura

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