変態好きの先輩に絡まれてしまった話

おっぱな

第1話

「お前は変態か?」


 この世のものとは思えないクレオパトラもびっくりな絶世の美女の第一声は脳天から突き抜けるような稲妻ワードだった。


「... ...い、いえ、違います」


「そうか。では、問おう。君は変態は好きかね?」


 第一波が10m級の大波だとすると基本、第二波というものは第一波よりもエネルギー量は小さなものとなるのがこの世の摂理。

 だが、突いて出た言葉は第一波と同等______それ以上の力強さがあった。


 好き?

 嫌い?

 何も考えない状況、学友と談笑している状況であれば俺は間違いなく後者を選ぶ。

 しかし、目の前の美女は、俺の回答を嬉々とした表情で待っている。

 そこである考えが脳裏をよぎった。


 ____俺は試されているのではないか?


 普通の健全な高校生であれば後者を選ぶ。

 しかし、俺は曲がりにも芸術家を目指し、この多目的芸術部のドアを叩いた。

 これは新手の入部試験なのでは?

 俺は試されているのでは?


「どうした? 君は変態が嫌いなのかな?」


「______!?」


 やられた。

 完全に退路を断たれてしまった。

 絶世の美女はまるで幼女が嫌いな奴が非常識であり、好きな奴が常識というような口ぶりで俺を見やる。


 恐らく、彼女は多目的芸術部員。

 所属する人間は感性や見方、考え方が一般人とはかけ離れており、社会では変人と呼ばれ孤立している。

 だが、しかし、ここは多目的芸術部部室。

 常識と非常識が逆転する特異な空間である。


「どうした? 気分でも悪いのかね?」


 気がつくと手のひらにびっしょりと嫌な汗を掻いていた。

 この空き教室に足を踏み入れてから実際は数分も経過していないが、俺にはこの時間が1時間に思えた。


「そ、それ... ...」


 俺は震える手で絶世の美女が右手で持っている本を指差す。


「ん? これがどうかしたのか?」


「ええっと。何を持っているのかなと」


 でかした!

 君島薫!

 無意識状態に近い中、俺は絶世の美女が持っている本を指差し話題を逸らすことに成功した。

 そうだ。

 質問に答えなくて良いのなら答えなければ良い。

 無回答というのがこの状況ではむしろ正解。

 場を読む力は爺さんとの将棋によって身に付けた俺の長所でもあり、その長所がこの危機的状況下を切り抜ける為の武器である。


「ああ。ふっ」


 笑った?

 絶世の美女は黒い髪をなびかせ、小さく口角をあげた。


「な、なぜ、わらって... ...」


 絶世の美女は座っていたテーブルの上から跳ねるように降り、こちらに近づいてくる。

 モデルのような長い手足。切れ長で知的な目、鼻は外国の人形のようで身長は170cmの俺よりも大きく、顔は物凄く小さい。


 彼女は、吐息が顔に当たるほどに近付き、持っていた本の表紙をこちらに向け。


「これはただのエロ本さ」


 恥ずかし気もなく、彼女は男と女が上半身裸で抱き合う姿が描かれている本を見せ、自慢するかのように鼻を鳴らした。


「え、エロ... ...」


「ああ。エロ本。アニメや漫画のキャラクターが出ている同人誌とかいう蛮族の書物ではない。正真正銘のエロ本さ」


 一体全体、この人は何なんだ。

 初対面の男子にエロ本を読んでいたと宣言し、部室でエロ本を読んでいるのが当たり前のような態度で迫ってくる。


 何が常識であり、何が非常識なのか分からなくなる。

 もう、いっそのこと楽になりたい。


「で、君は変態が好きなのかね?」


 ああ。

 もう、どうでも良い。

 この美女は、俺が変態は嫌いだと言ったら、悲しい顔をするだろう。

 だったら、嘘でも「変態が好き」と言ってやるのも優しさなのではないだろうか?

 どうせ、この部室には俺とこの絶世の美女しかいない。

 爆弾的な発言をしても二人だけの話だ。

 それにこの美女のネクタイは緑色。

 一年である俺は青色で、緑色のネクタイをしている美女は三年生という事を意味している。

 何か間違いがあったとしても一年の我慢すれば良い事だ。


「ええ。僕は変態が好きです」


 まるで喉の奥に詰まった魚の骨が抜けるような、鼻水を全て出し切ったようなすがすがしさが俺の心を包んだ。

 言って良かった。

 鼓動の早かった心臓が正常な心音に段々と戻ってくるのが分かる。

 バカだな俺は。

 こんな事ならドキドキしないで早く言えば良かった。

 あれだ。

 ちょっと特殊な状況で冷静な判断が出来なかっただけだ。

「変態、好きっすよ」

 これぐらいの軽さがあっても良かったかもな。

 自身の達成した事を反省を交えながら噛み締めていると、シクシクと絶世の美女が泣き始めた。


「どうしたんですか!?」


 え!?

 なんで急に泣くの!?

 俺、悪い事したか!?


「... ...良かった。本当に良かった」


「え? 何が?」


「エロ本を読んでいるところを見られたのが、変態の君で本当に良かったと思って。慌てて、見ず知らずの男子に『変態が好き?』と聞いて『そうです』と返ってきた奇跡に私の心は震えたのだ」


「えーっと......」


 やっちまった!!!

 まさか、こんな展開になるとは予想していなかったぞ!!!

 俺は、心の底から軽はずみの発言をした自身を殺したくなった。


 目の前の美女は本当に心から安堵したのだろう。

 初めて会った後輩に見せちゃいけない顔を見せてしまっている。


 俺は変態が好きではない。

 このまま、俺が変態好きだと勘違いさせてしまうのは圧倒的に宜しくない。


 ただ、名も知らぬ変態好きの先輩を悲しませる訳にはいかない。


 彼女を悲しませず、俺の体裁も圧倒的に守る方法それは......。


「すみません。俺、本当は変態が好きじゃないんです」


「え!?」


「俺、変態が好きな先輩の事が好きなんです」


「え!? あ、えっと......」


 咄嗟に思い付いた解決策が告白しかなかった。

 起点の効かないのは俺の短所である。


 さぁ、フルならさっさとフッてくれ。

 自分は傷付くが、相手は傷付かない。

 自己犠牲で解決出来るのなら解決するのが最良の______。


「わ、私も! あなたの事好きになるように努力する!」


「......はい? いや、でも、俺、女なんですよ?」


「分かる! 分かっているわ! 最近、多いのよね! 女性であって、女性が好きな人!」


「いやいや! そうじゃなくて! 俺、いや、私、こんな身なりでこういう口調だから勘違いされるんですけど、実際は______」


「みなまで言わなくてもいいわ。今まで、辛かったわね......」


 そう言って、見知らぬ先輩は俺のことを優しく抱きしめた。

 これから一体どうなるのだろうか......。

 高校に入学して一ヶ月も経過していないのに、俺の未来は真っ暗に思えて仕方がなかった。

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変態好きの先輩に絡まれてしまった話 おっぱな @ottupana

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