甘えてくるデレデレ彼女と、甘えさせてくれるツンツン彼氏。と……おまじない
夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん
魔法のおまじない
季節は8月。暑熱が容赦なく照りつけるこの時期。
「達也くーん。えへへ……」
大学二年生になるアカリは達也と交際を初めて2年。高校三年生からのクラスメイトである彼氏、達也の部屋にお邪魔していた。そして、お邪魔するや否や……達也の背後にべったりと抱きついている。
「鬱陶しいな……ホント。早く離れろって。お前の髪が漫画に掛かって読みづらいんだよ。ってか
「こんな可愛い彼女に向かって、その言い方は酷いんじゃないかなぁー?」
「可愛くないぞ。中の中、普通のレベル」
「おっ、平均点はもらえるんだ?」
と、何故かここで嬉しそうに顔をニヤけさせながら、曇りのない茶の瞳を細めるアカリ。
「ん、間違えた。下の上」
「落ちちゃった……。むー、そろそろ本音を言ってみてはどうですかねえ、この頑固でイケメンな茶髪強面彼氏さんは。彼女としてその評価はいただけませんぞ?」
「分かった分かった。言うから離れろって。マジで暑ぃって。汗かく」
真夏の一室。クーラのついたこの部屋だが節電のため設定は弱め。
こうして首に腕を回され、背面からずっと密着されているのなら暑くなるものだ。
「このまま言って」
「……それしたら等価交換が成立しないだろ」
「言って」
「だから……」
「言うの」
「……はぁ」
あまりの強引さガクッと肩を落とす達也だが、アカリはご機嫌な笑みを浮かべていた。
アカリが腕に込めている力は微弱なもの。達也が振り解こうとすれば簡単に外れるほどの力しか加えていない。
何だかんだ文句を言う達也だが、彼女を甘えさせてくれる立派な彼氏なのだ。
「可愛いと思ってるよ、アカリ」
「うんうん、ありが――」
「寝顔だけ」
「ね、寝顔だけ……!? で、でもまぁ及第点ぐらいならあげないこともないかなー」
「なら退け」
「はーい」
彼氏に可愛いと言われ不快になる人はいない。寝顔だけ……と一部しか褒められなかったアカリだが、普段から褒めてくれない分、嬉しさでいっぱいだった。
『可愛い』と、その訂正をもらったアカリは抱擁を解除した後に達也の正面に移動する。
「その漫画、面白い?」
「ああ、初めて読んだが結構面白い」
「その漫画が終わったらさ、一つやってみたいことがあるんだけど……いい?」
「それなら先にアカリのやりたいことをするか……。なんかやりたくて堪らなそうな顔してるし、一応話だけは聞く」
パタンと両手で広げていた漫画を閉じて床に置く達也は、鋭く尖った瞳を少しだけ緩めてアカリを優先させる。
「じ、じゃあお言葉に甘えてるよ……?」
「なんでこんな時だけ遠慮するんだよ。んで、なんだ」
「な、なら気を取り直して……コホン。今日は何月何日でしょうか!」
「んーと、8月4日。別に記念日があるわけでもないが」
「……そうじゃなくて! 実はね、今日限定であることをすればそのカップルが幸せでいられるっておまじないがあるの!」
「なんだその胡散臭いおまじないは……」
「最後まで話を聞いてよー!」
「はいはい。それでそのおまじないってのは?」
「彼氏と彼女の性格を入れ替える。ただこれだけなの」
「ん……? もう少し詳しく頼む。意味が分からん」
「だから簡単に言うと、達也くんは私の性格を真似をして、私は達也くんの性格を真似をする。そうして次の日を迎えると永遠の幸せを手に入れられるんだって!」
「パス。めんどくさい」
おまじないの詳細を聞けばコレ。人の真似をするというのは神経がかなりすり減るもの。
幸せになれるとは言うものの、所詮は迷信。確実なものではない。
達也は床に置いた漫画を開いて再び自分の世界に戻った。
「良いもーん。達也くんがその行動を取るなら私にだって考えがあるし」
「……好きにしろ」
「じゃあ、そうする」
そうして、アカリが取った行動はこれだった。
『ジィー』
――漫画を読み続ける達也を、真正面から見続ける。
「……」
「……(うん、やっぱりカッコいい……)」
「……」
「……(合法的に見続けられるなんて、嬉しいかも……)」
「…………」
「…………(私がこんなことを考えてるだなんて、達也くんは思ってもいないんだろうなぁー)」
無言の空間内で、そんなことを心の中で呟くアカリ。そのまま飽きることなく観察し続けること数分。
「……はぁー。分かったよ。するよ、する」
彼女から視線が向けられていることに耐えられなくなったのだろう、達也の口からとうとう諦めの声が漏れた。
「うんうん。私も達也くんをいっぱい補充したから満足だよ、えへへ……」
「おい。そのセリフは誰にも言うなよ? 勘違いされたら堪ったもんじゃない」
「勘違いって?」
「もういい。んで、話を戻すが結局のところ俺はアカリの真似すれば良いんだよな?」
「真似をするって言っても、性格
「了解……」
「それじゃあスタート!」
その合図でお互いの性格の真似し合いっこが始まる。ーーウキウキと瞳を輝かせるアカリだが、すぐに出鼻を挫かれることになる。
「……さて、今のうちに夕ご飯でも作るか」
「ちょっ! まっ、待ってよ! それじゃあスタートさせた意味がないよ!?」
ソファーから立ち上がり、キッチンに向かおうとする達也を全力で止めるアカリ。
「……じゃあ、何すればいいんだよ」
「い、いきなり抱きしめたりとか……。キ、キスしてきたりとか……」
「は?」
「ぅ……」
「ってか俺はそんなこと言う性格じゃない」
「うぅ……。む、難しい……。このゲーム……」
口調を真似するというなら簡単に出来るが、性格を真似するというのは難儀なもの。
特に達也のようなクールさを、天真爛漫なアカリが真似しようとするのが無理な話なのだ。
両手で頭を抱えて分かりやすく困惑してるアカリに、一歩距離を縮める達也。その顔にはナニカのいたずらを思いついたような笑みがあった。
「あっ……!」
そして何か名案が思い浮かんだのか、いきなり大きな声を出してアカリが腕を下げた瞬間に達也は動く。
『ぎゅっ』
ーー達也はアカリの正面から、腕ごと抱き包んだのだ。
「……こんな感じだぞ、アカリは」
「ーーっ! ま、待って……。こ、心の準備がっ……」
「待たない。俺はお前の真似してるだけだし」
「ぅぅ……。い、いきなりは卑怯だってぇ……」
いつもは自分からこんなことをしているアカリだからこそ、緊張や照れは少ない。しかし、今回ばかりは達也からこうしたアタックをしてくれているのだ。
頰には熱が伝い、息が苦しいほどに胸が高鳴る。
……頭の中は真っ白で、冷静になどなれるはずがない。こんな状態に陥ったからこそ、アカリは達也の微妙な変化に気付かなかった。
普段から照れを見せない達也が、顔を赤く染めていることを……。
「……」
「な、なにか言ってよ!」
「結構この体勢良いな……。楽だ」
「そ、そう言う問題じゃなくって!」
身長180cmの達也と、155cmのアカリ。その身長差からスポッと中に収まった状態は、なんとも抱き枕を使用しているかの様。
「アカリ
「も、もう暑いよっ! 照れてるんだしっ!」
「じゃあ、もっと暑くさせようかな」
「なっ、なんでっ!?」
「これ、いつもアカリがしてることだからな。抱きつき癖のあるお前を真似てる」
「うぅぅ……。私、こんなことしてたのかぁ……。は、恥ずかしい……」
未だに達也の性格になりきれていないのアカリを他所に、普段から甘え下手な達也は今の時間を存分に活用するのであった……。
****
「あと1分♪ あと1分♪」
「……あ、一つ言い忘れてたことがある」
「言い忘れ?」
そして時刻は11時59分。
明日になるまで残り1分。あと1分を過ぎれば、幸せになれるおまじないが叶う。
「あのさ、この機会にしか言えないことだから言うけど……」
「おぉ、なにかな?」
「……」
「……ん?」
「え、えっと……」
口を開くも、なかなか言葉が出てこない達也。
『カチッ、カチッ』時計の秒針が進む音だけが聞こえ……、数十秒後にようやく言うことが出来た。
「俺……。さっきはアカリのこと『可愛くない』とか、『下の上』とか言ってたけど、本当は誰よりも可愛いって思ってる」
「えっ!?」
「……おまじないが無くたって、アカリを幸せにするつもりなんだ。……だから乗る気じゃなかったんだよ」
そう言い終えた時ーーいや、そう言っている時だろうか……。時計の針は既に0時を越していた。
「そ、それって私を真似て言ったの!? からかい!? そ、それとも達也くん自身が!?」
「……ちっとは考えろっての」
ふんっと顔を背ける達也は、赤らめた顔をアカリから隠すようにリビングから廊下へ向かう。
「ねぇちょっと待ってよー!」
「バカ付いてくんな、トイレ行くんだよ!」
「さっきはどっちだったのか教えてよっ!!」
「だからお前が考えろ! ……って、トイレ封鎖すな!!」
「言わないと開けないもーん!」
「ッ、馬鹿じゃねぇの!? 漏れるだろ!?」
「漏らすまで我慢するのかなぁ、それとも私に教えてくれるのかなぁー」
「何言ってんだお前、漏れるってマジ」
「ふふーん。ここは達也くんの家だから好きなだけ漏らしても大丈夫だねー!」
「も、もういい! 分かったって! 言うよ、言えばいんだろ!?」
「えへへ……うんっ!!」
お互いの性格を真似する。これは素直になれない者が、素直になれるおまじない。
……普段閉ざされた想いを聞けるからこそ、幸せになれる魔法なのであった。
甘えてくるデレデレ彼女と、甘えさせてくれるツンツン彼氏。と……おまじない 夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん @Budoutyann
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