絶望未遂
ポムサイ
絶望未遂
「はあ…。」
都内の専門学校生、藤倉忠は部屋に入ると共に深い溜め息をついた。一呼吸置いて斜め掛けしていたバッグを隅に捨てる様に投げ、羽織っていた上着も同じ様に投げた。そして、部屋の中央に鎮座するこたつに入りタバコに火を着け、ふうと煙を吐く。
「この世の終わりみたいな気分だな…。」
忠が呟くと目の前の景色が歪んだ。忠は目を擦ってもう一度見るが歪みは消えない。それは次第に渦を巻き、中央に黒い塊が出現した。手に持ったタバコの灰がポトリと落ちたのを合図にした様にその塊にひびが入り中から酷く傷んだ黒いローブを身に纏い、顔の半分を隠すボサボサの髪の女が姿を現した。
「我は深淵の闇より生まれし者…。世界に絶望したお前を迎えに来た。」
呆然とする忠に女は話しかけた。
「迎えに?」
やっとの事で言葉を発した忠に女の口元は弛んだ。
「そうだ。お前、世界に絶望しているのであろう?この世界を呪え…そして我らと共に世界に破滅と混沌をもたらすのだ。」
「え?あの…そこまでではないんですけど…。」
「え?」
「あのですね。初対面の貴女に話すのはちょっと恥ずかしいんですけど、今日同棲してた彼女にフラれましてね。」
「はあ…。」
「それでさっきまでそこのファミレスで話し合いをしてたワケですよ。そしたら、あいつ浮気してやがりまして、今度はその浮気相手と同棲するんだそうですよ。」
「はあ…。」
「聞いて下さいよ!部屋の物は処分していいからって笑いながら言うんですよ!もう腹立つし悲しいし、俺はどうすればいいんですか!?」
「そんな事私に言われても…。」
「あれ?『我』って言わないんですね?」
「あっ…。一応上から一人称は『我』にしろと言われてるもんで…。」
「貴女も色々大変なんですね。」
「まあ…。今回はこちらの手違いだったみたいです。お騒がせしました。じゃあ、私はこれで…。」
「あっ!ちょっと待って下さい!」
歪みの中に戻ろうとする女を忠は引き留めた。
「まだ何か?」
振り向いた女を忠はまじまじと見つめた。
「…ちょっとそこに座って貰えますか?」
女は忠の有無を言わせぬ物言いに従い忠の示した場所に腰を下ろす。その瞬間女は跳ねる様に立ち上がった。
「な…何ですか?このテーブル…暖かい…。」
「え?こたつ知らないんですか?外は寒かったから気持ち良いでしょ?…って外から来たんですよね?」
忠は先程投げ捨てたバッグの中から何やら取り出し再び座った女の背後に立った。
「あの…何を…。」
「ここで会ったのも何かの縁です。女の子なんですから髪はちゃんと手入れしなきゃ。」
「上からこういう格好で仕事をするように言われてるんです。」
「酷い会社ですね。ブラック企業ってやつですね。」
「会社じゃないんですけど…。」
「じゃあ何なんですか?」
「答えてやろう。我らは闇の…」
「あっ、そういうのはいらないです。」
「そうですか?まあ、簡単に言うと昔、光の勢力…神に負けて追いやられた闇の勢力がこの世を奪って破壊しようっていう組織です。」
「ダメじゃないですか。」
「ダメなんですか?」
「そりゃダメでしょ?…よし、出来た。」
忠は女に鏡を渡した。そこには長い黒髪の少女が映っている。
「誰?」
「貴女ですよ。どうですか?見た目は汚…いえ、整えてなかっただけで清潔で綺麗な髪だったんですね。本当はハサミも入れたいんですけど…。」
「やって!やって下さい!」
女はキラキラした目で忠の手を取った。忠は顔を赤らめる。
「じゃ…、じゃあ、座って下さい。あっ、その前に何か飲みます?」
「カルザラスの絞り汁があったら頂けますか?」
「カル…何ですって?」
「知らないんですか?魔界の沼地に棲んでいる12本足の……。」
「そんな気持ち悪……いえ、不思議な動物は知りませんよ。」
「何言ってるんですか?植物ですよ。」
「……。コーヒーでいいですか?」
「よく分かりませんがありがとうございます。」
忠はコーヒーにたっぷりのミルクと砂糖を入れて女に渡した。良い香りが部屋に漂う。
「不思議な香りですね。……これは!!」
一口飲むと女はフルフルと震える。
「これに比べたらカルザラスの絞り汁なんてスリヤムドランの内臓ですね!」
「…喩えのモノが全く分からないんですけど、要するに美味しいって事で良いんですかね?」
忠は軽快にハサミを動かしながら笑った。
「とっても!こんなに優しくてカッコいいのに何で彼女さんは浮気なんてしたんですかね?」
忠のハサミが止まる。女はハッとしてうつむいた。
「あ…。ごめんなさい…。」
「…まあ、終わった事ですから気にしないで下さい。揃えるだけですからもうすぐ終わりますね……よし、出来た。」
鏡を再び渡すと女はニコリと笑う。
「とても素敵です。ありがとうございます。」
「そうだ!ここまでしたら徹底的にイメチェンしませんか?もし良ければですけど…。」
「してみたいです!」
忠と女は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、独学ですけどメイクと彼女…元カノが置いて行った服に着替えてみましょう。」
※ ※ ※ ※ ※
「イメチェンというか完全に別人に生まれ変わったみたいです。」
女は満面の笑みで姿見の前でクルクル回っている。それを忠は満足そうにコーヒーを飲みながら見ていた。
「貴女には本当はもっとナチュラルな感じの服が似合うと思うんですけど元カノはそんな服は持ってなかったんでね。」
「充分ですよ。とっても楽しかったです。……でも…。」
女の顔が急に曇った。
「どうしたんですか?」
「この格好では帰れません。元に戻してから帰らないと…。」
沈黙が部屋に流れた。
「…帰らなくても良いんじゃないですか?」
「え?」
「ここにいても良いじゃないですかね…。」
「え?え?」
「嫌ですか?」
「嫌…ではないです…。けど!物凄く迷惑をかける事になると思うんでダメです!」
「貴女が来るまで人生最悪の日だったんですけど、その…楽しかったんです。迷惑なんて思いませんよ。」
「私も人生で1番楽しい日でした。とても嬉しいです。」
「じゃあ…。」
女は顔を上げてはうつむいて考え込み、また顔を上げては考え込みを何度か繰り返し口を開いた。
「…よろしくお願いします。」
「良かった!あ…まだ名前を聞いてませんでしたね。」
「しかと聞くが良い…我が名は…。」
「あ、そういうのはいらないです。」
「そうでしたね。私の名前は£§@ゞ◆★⊇と申します。」
「え?何て?」
「多分発音出来ないと思いますけど…。」
「いつか発音してみせますよ。」
「とりあえずアダ名のクランと呼んで下さい。」
「可愛い名前ですね。どういう意味なんですか?」
「『グルギブに巻き付くアルルミータの角』って意味です。」
「…はい?」
その後、クランの言った『物凄い迷惑』が忠の身に降りかかる事になる。
裏切り者のクランを狙う闇の勢力が次々と襲い掛かり、更に魔界にクランを追い返そうとする光の勢力も介入。
それをなんやかんや乗り切った2人はその後なんやかんやで2つの勢力の和解にまでこぎつけ、なんやかんやで平和が訪れたのだが………まあ、それは2人にとっては些細な事だったとさ。
絶望未遂 ポムサイ @pomusai
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