マッドネス!

鋼鉄の羽蛍

素敵なあの子は狂気な幼馴染み

「キヒヒヒヒッ……あんた、アタシの事を好きと——」


「あーーっ!知らん……どっか行けお前っ!」


 とある世界のとある街角。

 誰もが当たり前の恋愛をするであろうそこで——

 オレを追い回す影がいつものセリフをのたまった。


 髪はパッツン黒髪ロング、陶磁器の様な肌は紛れも無く美人。

 しかし——しかしだ……——


 何故かいつもに、から響く笑い声は——


 ——狂気——


「つれないなぁ……神奈都かなと君——クヒッ。私が私を好きになって良いよと言ってるの……それなのに——」


「お前に好きと言われてそれを了承したならば、どこかの洋館へ監禁されて——人生を狂わされるっ!?と、皆が思うだろうな!」


 オレは幼馴染だからこそこいつの素を知りえているが、何も知らぬ他人がこいつを見たなら想像するだろう——


 これ……どこのホラーだ?と。


 いつもの学園の帰り道、いつもの狂気が背筋を撫でる様なやり取りを寸ででかわし……何とか帰宅を見たオレはこの行為を十年単位で繰り返す。

 もういい加減ウンザリな所だが、幼い時分に感じた想いがかせとなり——今まで引きずって来た訳だ。

 この娘は寂しそうだ、と。


 オレは焔 神奈都ほむら かなと——ホラーで狂気なあいつは叶芝かなしば リリ。

 そして誰が呼んだか、あいつについたアダ名は……笑えねぇ——


 などと思考しながら今日のひと時を終えるオレは、明日からも纏わり付く事が確定済みのあいつを想像してしまい……嘆息のまま睡魔の誘いを受け入れた。



††††



 オレが日常へウンザリしようと、時は当たり前の様に朝を運んで来る。

 そして今日はとびっきりのサプライズが、オレの人生を……縮ませた。


「——と。かーなーと……——」


「……んぁ?」


 寝ぼけまなこがまどろみの端から朝日を視界に映し、当たり前のはずの朝へとオレは足を踏み入れようした。

 しかしどうもオレはあいつの事ばかり思考していたせいで、あの狂気を孕んだ呼び声が夢の中まで響いて来る様になったのか?

 などと、夢うつつのまま双眸を開いたオレは——ちょっと魂が口から飛び出しそうな程に……絶叫した。


「ぎゃあああああああああああっっっーー!?」


 何とあいつが——叶芝かなしば リリの顔がオレの顔へ覆い被さっていたのだ!

 いつもの如く首を斜めに傾けて……長い黒髪をオレの顔周辺へすだれの様に垂らし——三日月の様に開く口元が、普通の女子ならば間違いを犯してしまいそうな距離へ滞空する。


 だがオレはそれを視界に捉えた瞬間——ある意味死を覚悟した。


「お、おおお……お前っ!?ここはオレの家でオレの部屋だっ!何でここにお前が——」


「——キヒヒヒヒっ。何ってアタシは……貴方を起こしに来ただけよ?クヒヒッ!」


 何やら頰が紅潮している様だが——

 確かにこいつは幼馴染……家も隣近所でよく上がりこんでいた。

 これが普通の女子であれば、いきなり起きたオレにびっくりして……びっくりさせるはずでミイラ取りがミイラになる所。

 そしてそのままラブコメ展開にでも進展してもおかしくは無いだろう……。


「つーか出て行けよっ!?どうせ学園でも顔合わすんだ——それに誰もこんな朝っぱらから、恐怖ドッキリみたいな展開期待して無いからなっ!?」


 と捲し立ててリリを部屋から追い出したオレは、いつもの学園登校準備へと取り掛かる。


「ふぅ……イケズなんだから……クヒヒヒッ。」


 追い出したあいつの声が……狂気を孕みながら——少しだけ悲しさを塗していたのに気付かなかったオレは——

 そのままあいつを残して、一人さっさと登校してしまったんだ。



††††



 当たり前の日常が過ぎるとある日。

 オレは奇妙な光景を目撃する。

 それはいつもの登校時には素通りする路地裏——まず人気の無いそこで感じる気配に、興味を惹かれて足を向けていた。


「……何かいるのか?」


 気配を感じるままに進んだそこで見たのは小さな箱……そしてそこでうごめく小さな生き物が一匹。


「……ニャア。」


 それはみすぼらしい子猫—— 一目で捨て猫と分かったそれを……屈んで見つめる姿。

 一瞬声を出しそうになったが、堪えてそれをこっそり物陰から確認する。


「(リリ……こんな所で何してんだよ……。)」


 何もクソも無いけど、正直あいつが生き物に興味を示すと思わなかった故——不思議な気持ちになった。

 当の本人はオレになど気付いていないのか、一心不乱に子猫を見つめ——


「キヒヒッ……あなたはいいわね——そんな姿でも、人は皆可愛いと思ってくれる。けど——アタシはダメなの——」


「これがアタシの普通なのに……周囲の皆と同じ様に振舞ってるのに、誰にも伝わらないのよ……クヒッ。」


 聞こえて来た言葉は、思っても見ないあいつの本心——今まであいつの容姿に抱く感覚が邪魔をして——

 見えていなかった……幼馴染な少女の心の嘆きだった。


 直後——オレは脳髄を硬い何かで撃ち抜かれた様な衝撃のまま……無言で路地を後にした。

 オレ自身が十年近く抱いていた、朴念仁丸出しの感覚に叱責しながら——



††††



 毎日が当たり前に過ぎ去る中で、オレの心はわだかまりに苛まれていた。

 あいつの本心を知ってからと言う物……その日までにあいつがかけてきていた言葉——そこにある裏が徐々に理解出来始めていたんだ。


「ああ……今日も首が斜めってるな。でもあれ、真っ直ぐ人を見られないぐらい恥ずかしいのか?……視線がいつも違う方を見てんな。」


「って、まただ!そんなに下から見上げたら、周りが恐怖で逃げ出すだろ!全く……こんなにリリの奴、人付き合いが下手だったのか……——」


 真実を知った時からこちら、オレはオレの方からリリを目で追う様になっていた。

 何って、それはあいつが心配でならないから——

 あのであの対応では、友人達も友達になりたくて声をかけても逃げ出す結果に。


 けれどあいつを観察して分かった事実——リリの奴、滅茶苦茶人気があるじゃないか。


 狂気めいたナリはまさにナリで、素のあいつはとても素直で優しい女子——それを雰囲気で感じ取った友人達が何度もトライしている。


「つかオレ——この十年近く……何やってたんだろうな……。」


 すでにオレは気付いていた。

 リリの事云々ではない、自分自身の事に。

 正直このままでは、例えナリが狂気じみてても……慈愛と素直さを兼ね備えた超絶美人を——オレは手に入れ損なう事になる。


 いや——あいつにそんなに言葉は失礼だな……。

 あんなに素敵な少女との出会いを棒に振る事になる。


 だからオレは……その日の放課後—— 十年目にして……やっとその行動に、今更ながらに移す事にした。



††††



「ひひっ?――今なんて……――」


「だからこんな事何度も言わせるなって……。いいか?もう一度だけ言うから、しっかりその耳で聞き届けろよ?」


 オレは焦ってた。

 正直ムードも何も無い場所――学園の屋上へあいつを呼び出したオレは……いつも馴染んでるはずのあいつの前で足を振るわせた。


 けど待たせちゃいけないと思ったから――

 もう十年も待たせちまったから――


「――オレはな……お前の事が、その――ああっちくしょうっ!オレはお前が好きなんだよ!」


「だからオレと付き合ってくれって――そう言ってんだ!」


 一瞬の間――けどあいつにとっては、ずっと待ち焦がれてた瞬間……――

 そして――響いたのは、

 嬉しすぎて瞳に輝きを湛える程の――


「キヒッ……キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッ!!」


「――って……怖っ!」


 そして見開いた瞳がオレを凝視し――浮かべた涙を夕日に輝かせて……あいつは言った。


「ありがとう……キヒッ!あたしも、あなたがずっと好きでした。――やっと夢が叶ったよ……。」


 そう――

 その日オレ達は、十年の時をようやく無き物に出来たんだ。


 そして――



††††



 朝日が今日も窓を照らし、オレはまどろみから意識を浮かび上がらせる様に目蓋を開き――


「キヒヒッッ。……おはよう……かな――」


「うっぎゃあああああああっっ!!だからそれはやめろーーーっ!?」


 晴れて恋仲となったオレは今日も今日とて、リリが毎朝訪れてはブチかます――朝の恐怖ドッキリの餌食になりつつ――

 とても仲睦まじい日々を送ったのだった。

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