最後にもう一度抱きしめてキスしたい

@yassy

第1話 奇跡

それはあまりに突然だった。

大好きなミエを空港まで送って家に帰ってすぐだった。

「ミエさんの乗った飛行機が墜落しました」と旅行代理店から連絡があった。

乗客乗員全員死亡。

ミエが今回の出張から戻ったらプロポーズする予定だった。

あまりにひどいよ、神様…

こんなことがあっていいのかよ…

お願いだ、神様。

ミエを生き返らせてくれとまでは言わない。

でも、最後にもう一度だけ抱きしめてキスさせてくれ。

少しで良いから話をさせてくれ。

頼む、お願いだ…


神に祈り続けて何日が過ぎただろう。

夜中にふと目を覚ますと枕元にミエが立っていた。

「ひぃぃぃぃっ!!!」

「ちょっとオカヤマくん、いきなり叫ぶのは非道いんじゃない?」

ミエだ。ミエの声。姿は若干半透明だがミエに間違いない!

「神様が俺の願いを聞いてくれたのか!」

飛び起きてミエに抱きつく。

が、腕は空を切るばかり。

「抱きしめられない…」

「うん、今の私は霊体だからね」

冷静なミエ。大好きだ。

「神様が俺の願いを聞いてくれたんじゃなかったのか?」

「オカヤマくんの願いは私にも聞こえていたよ。だから私も人間の概念で言うところの神様にお願いをしたの」

若干、上から目線。人間を超越したんだね。大好きだ、ミエ。

「明日、1日だけ人に乗り移ることができるようにしてもらったの」

「そ、それなら俺の大好きなアイドルに憑依して…」

「残念だけど、それは出来ないわ。乗り移れるのは私と血の繋がりが濃い人間だけよ」

えーと、男手1つで育てられた一人娘のミエと血の繋がりが濃いのは…

「お義父さん!?」

「そうよ。私の場合、父しかいないわね」

いやいや、無理無理。

「ごめん、ミエ。それは無理だ。せっかく神様にお願いしたのにごめんね。俺は今日、ミエと話せて幸せだったよ」

「何言ってるのよ!!私が乗り移った人をオカヤマくんが抱きしめてキスすれば私は天国に行ける。そうでないと地獄行き。それを条件にこの霊体をもらったのよ!」

ええー。

「私が地獄に行って永遠の責め苦に遭っても良いわけ?それがあなたの望み?」

「いや、ごめん、そんなわけない」

「なら、明日、父を訪ねて。色々事情を伝えるとややこしくなるから何も言わずに父の手に触れて『ミエ、ここに汝の器あり』とつぶやいて頂戴。そしたら憑依できるから」


翌日、アポも取らずに義父を訪ねた。

呼び鈴を押してもなかなか出てこなかったが、出てきた義父はお葬式の時に会ったときよりさらにやつれていた。髪もボサボサで服装も乱れている。

玄関を開けた父はドアを開け放したまま、奥のリビングルームまで力なく歩いて行った。

後を追いかけリビングルームで向かいのソファーに腰掛けた俺に向かって義父はポツリとつぶやいた。

「オカヤマくん…すまない…すまないねぇ…」

「お義父さん、すみません、時間があまりないので失礼します」

俺は義父の手を取りつぶやいた。

「ミエ、ここに汝の器あり」

一瞬、義父の体が光ったように感じた。

「さあ!オカヤマくん、乗り移れたわよ!」

ミエの声だ!

「抱きしめて頂戴!」

覚悟を決めてお義父さん、いやミエに抱きつく。

…………………………

いや、コレ、おっさんでしょ。

股引はいてるし。

「ごめん、どう見ても中年のおっさんだよ。股引はいてるし。ミエじゃない。無理だ…」

「あ、分かった。じゃあ…」

突然、お義父さん、いやおっさんミエが服を脱ぎ始めた。

「こうすれば燃えるでしょう」

「いやいや、違う違う!ミエが裸になるなら分かるけどおっさんが裸になっても燃えるわけがない!」

「何勘違いしてるのよ!裸になんかならないわよ!」

パンツ一丁になったおっさんミエは2階へ駆け上っていった。

しばらくするとゆっくりとお淑やかな動きでリビングルームに入ってきた。

そこにはミエのお気に入りのワンピースとカチューシャをつけてバッグを手に持ったお義父さんが立っていた。いや、おっさんミエが。

「これならどう?」

これならって何?

あ、化粧もしている…

「私、小さい頃お父さんに似ているってよく言われていたのよ。特に目元が。大丈夫よオカヤマくん。抱きしめて目元に注目すればきっと大丈夫よ」

そうか、そのために目元の化粧をして付けまつげまでしているのか…

再び覚悟を決めておっさんミエに抱きつく。うん、俺も大好きなあのワンピースだ。

目しか見えないように顔を近づける。

…うっ…

おっさん臭、いや加齢臭がする…

「ミエ、臭いがきつい…」

「あ、ゴメン。忘れてた」

ミエはバッグからお気に入りの香水を自分にふりかけた。


匂いの効果は絶大だ。

ミエの匂いだ。

あの良い匂い。心の安らぐ匂い。

俺はミエを抱き寄せ唇を重ねた。

…若干髭が痛いが、もうキスしてしまっているのだ、気にはすまい。

その時ミエの体が光った。

頭の中にミエの言葉が響く。

「オカヤマくん、ありがとう…」

神様、若干、色々、かなり違っていたけど願いを聞いてくれてありがとう。

唇を離すとそこには単なる女装をしたお義父さんがいた。

「これは…?」声が元のお義父さんの声に戻っている。

「オカヤマくん…私の中の新しい扉が開いた気がするよ…」

今すぐ閉めろその扉。

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