美女生徒と元気娘の間に挟まれて

中文字

普通の学校生活のために

 俺は平穏な高校生活を望んでいた。

 一年生時のときは、その望みは叶っていた。

 けれど、二年生になった途端に、波乱に巻き込まれることになった。


「羽原くん。一緒にお昼食べませんか?」


 波乱の一因であるのが、いま声をかけてきた女生徒。

 名前は池守 真理愛。

 成績優秀、運動神経抜群、見目端麗にして人当たりの良い性格。家は昔は貴族だった大家という、深窓の令嬢を絵に描いたような人物である。


 そんな人物が、取り立てて取り柄のない俺に声をかけるものだから、周囲からやっかみの視線が飛んで来る。

 俺は空腹だったはずなのに、食欲が減衰していく。

 思わず黙り込んでいると、池守が心配そうな顔をする。


「一緒に食べるのは、迷惑だった?」


 その通り、と言いたいところだけど、こちらにも事情があって、そうは返答できない。


「いや、そんなことはない。それに、もう少ししたら」


 俺の言葉の途中で、教室の扉がバーンと音を立てて開いた。


「聡一兄! お昼ご飯、一緒に食べよー!」


 入ってきたのは、一学年下の女生徒であり、俺の幼馴染。

 名前は佐野 早苗。

 ツンツンのショートボブの髪と運動が得意そうなすらりとした肉体、そして入ってきた言葉遣いからわかるように、典型的な元気娘だ。

 天真爛漫かつ裏表のない性格で、早苗は同学年の男女ともに人気の存在になっている。

 そして、池守と同じく俺の高校生活を乱す一因でもあった。


 ウキウキとした様子で入ってくる早苗に、俺は学食に旅立って不在な隣の席の椅子を拝借して、座らせた。

 すると、俺の対面の椅子に池守が座った。

 そして、池守と早苗は示し合わせたかのように、じっとお互いの顔を見つめる。

 このまま放置すると、長時間見合っていることは経験済みなので、俺は自分の弁当の包みを開きながら告げる。


「昼休みの時間がもったいないから、さっさと食おう」

「そうですね、羽原くん。佐野さんも、一緒に食べましょう?」

「池守センパイに言われなくても、お腹ペコペコですから」


 弁当を開封して、三人で同じ机を囲んで昼食を食べ始める。


 その中で主に喋るのは、池守と早苗の二人だけだ。


「羽原くんは知っているかしら――」

「ねえねえ、聡一兄! こんなことがあってね――」


 池守と早苗は、お互いにいないものとして扱うように、俺にだけ声をかけ続ける。

 俺は弁当を食いながら、適当に相槌を打ち、二人の喋りを邪魔しないようにする。

 そうして時間が経つと、二人の話の向きが段々と俺から逸れていき、やがて二人がお互いに向けて喋り始めるようになる。まるで俺への喋りかけが、腕慣らしであったかのように。

 今回は、お互いの弁当の中身についての話になったようだ。


「佐野さんのお弁当、茶色が多くありませんか? 女の子なんですから、プチトマトとか野菜を入れて、彩りを豊かにしてみては?」

「部活で運動するので、ガッツリとお肉中心がいいんです。池守センパイのお弁当は、お米が入ってないし、見たことのない料理ばっかりですね。美味しいんです?」

「美味しいよ。アマランサスのサラダは特にお勧め」

「何ですか、サラダにあるツブツブ。虫の卵みたいで、気味が悪いです」

「虫!? 変なことを言わないで。これは穀物の一種なんだよ」

「だって。小学校のときに見た、テントウムシの卵みたいなんですもん」


 段々と言い争いのようになってきたところで、俺が仲裁に入る。


「そこまで。二人とも、お互いの弁当に文句をつけない」

「「だって!」」


 異口同音に言葉を吐く姿は、先ほどいがみ合っていたとは思えないほどに、息ピッタリだ。


「苦情は受け付けません。二人には仲直りの印として、お互いのお弁当から一品ずつ交換しあうこと」


 俺が裁判官のように宣言すると、渋々といった表情で、二人はお互いのおかずを交換し、口に入れる。


「……茶色ばかりって馬鹿にしてごめんなさい。これ、美味しいかった」

「……こっちの方こそ、食事中に虫だなんて言って悪かったです。見慣れない料理だったけど、美味しかったです」


 感想を交換した後は二人とも言い争うことなく、しかし黙ったままで弁当を食べていった。



 弁当が空になって、早苗が自分の教室に戻っていった。

 元気な足音が廊下の先へ消えていくと、池守が罪悪感満載の顔で俺に縋ってきた。


「ねえ、羽原くん。どうしよう。佐野さんに嫌われちゃったかも……」


 この世の終わりのように言ってくる池守に、俺は溜息交じりに言葉を吐く。


「池守が早苗と仲良くなりたいからって、二人が会話できるように手伝ってやってんのに、言い争いしだしたの、これで何度目だよ」

「だってだって、佐野さんが可愛い過ぎて、つい心配になっちゃって、ついつい小言が出ちゃうんだもの」

「だからって、大して仲良くなってない相手の弁当の中身に注文つけるか、普通」

「むぅ~。佐野さんと私、仲良いもん!」

「変な部分で拗ねんじゃねえよ、面倒臭いな!」


 これで、俺が巻き込まれている波乱が何なのか、わかっただろう。

 そう。池守真理愛は、俺の幼馴染の佐野早苗のことが、大好きなのだ。そして、早苗の幼馴染である俺を出汁に使って、早苗と仲よくしようと画策しているのである。

 ちなみに、池守の早苗に対する大好きな気持ちが、恋愛的になのか愛玩的になのかについて、俺は知る気はない。


「とりあえず、今回の目的だった、早苗の家庭の味は分かっただろ? これで早苗好みの味付けで料理を作れるよな?」

「……うん。おかずの交換ができたことは、羽原くんに感謝してる。ありがとう」

「どういたしまして。っていうか早苗なら「おかずを交換しよう」って頼めば、普通に応じてくれたと思うぞ」

「むぅ~。さらっとそう言えるなら、羽原君に仲立ちを頼んだりしないんだから」

「はいはい。面倒くさいな、もう」


 俺がうんざりしていると、池守がおずおずと提案してくる。


「毎回こんなことになって、申し訳なく思っている。本当に嫌なら、もう断ってくれてもいいんだけど」


 殊勝なことを言いながら、その表情には「断られたら物凄く困る」と書いてある。


「断らねえよ。こちらの事情もあるから」


 池守はホッとしながらも、疑問顔になる。


「毎回同じ理由で引き続き手を貸してくれているけど、その事情ってなに?」

「こちらの個人的な事情だよ。池守には関係のない理由」

「そう言われてしまうと、もの凄く気になるのだけど?」

「悪いけど、教えるつもりはないんだ」


 そう断ったところで、昼休み終了のチャイムがなった。

 池守は何か言いたそうな顔をするが、品行方正な性格もあって、大人しく自分の席に帰っていく。

 そして俺は、教師がくるまでの短い時間の中で、クラス中の男子から冷たい目を向けられる。クラスのアイドルである池守と、俺が仲良く話していると思われて。



 放課後、俺は帰宅しようと下駄箱に行くと、早苗が待ち構えていた。


「聡一兄。一緒に帰ろう」

「お前、陸上部は?」

「今日はお休みの日だよ」


 そうだったっけと首を傾げつつも、俺は早苗と並んで校門を出る。

 そして家への道すがらで会話する。話題は、池守のことだ。


「なあ、早苗。お前が憧れの先輩である池守と仲よくしたいって言ったから、何度も何度も会う場所をセッティングしてやっているんだぞ。なのに一向に仲良くなれないってのは、どういうことだ?」

「本当にゴメンよ、聡一兄! 池守センパイの前にでると、こう、良い格好をしなきゃって思っちゃって」

「そう思って、なんで今日は相手の弁当を、虫の卵だなんていうんだよ」

「だってー、そう思ったら、言葉がするっと口から出ちゃったんだもん」

「裏表のない性格っていっても、言っちゃいけない言葉は黙っておけよ」

「次は、次こそは、ちゃんとうまくやるから! お願いだよ、もう一回チャンスを!」


 長年の幼馴染に拝まれるようにたのまれると、恋愛対象ではない相手とはいえ、どうにかしてやりたい気持ちになってしまう。


「わかったよ。またなにか、早苗と池守が会えるような状況を作るよ」

「よかったー。よっ、流石は聡一兄! 頼りになるー!」

「俺をおだてるより、池守と仲良くなれるよう心構えを整えておけよな」


 俺は苦言を呈しつつ、両片想いな状況の池守と早苗を、どうやって仲良くさせたものかと頭を悩ませる。

 二人が早く仲良くなってくれないと、間に立ち続けなきゃいけない俺の高校生活が穏やかにならない。

 平穏な生活を取り戻すためにも、手を変え品を変えて、これからも二人が仲良くなれるよう尽力しなきゃな。

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