神殺しのロンギヌスーAct・Rongomiantー

七四六明

デート・オブ・ロンゴミアント

 確かこの人だったか。

 人間と同じ知性、同じ品性、同じ言語を持つのなら、人間はそれに恋をする資格があるし、それも人間に恋をする資格があるのだと言い放ったのは。

 レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー。

 子孫を残すという意味合いも含め、普通ではないという意味合いで嫌われる彼らよりも、さらに理解されることはない。世間に対物性愛者だと罵られても、一切折れることのなかった彼のことを、多少なりとも尊敬はしている。

 無論、その愛が永遠に続くのなら、ということを前提にした話ではあるが。

「ロン」

「ミーリ」

 彼の頭の先からつま先まで、視線を落とす。

 袖を通さずに肩に羽織る青のコート。

 戦闘でも身軽に動けるよう真白のシャツに青の下着を着て、ジーンズのベルトに通してあるチェーンが唯一のおしゃれか。

 と、ロンゴミアントの評価は中くらい。

 自分なんかとデートしてくれる優しさが、例えデートでも戦闘を想定しておしゃれを控えてくるムードブレイカー要素をある程度は打ち消してくれているからこその評価である。

 恋人相手ではないにせよ、パートナー相手ならもう少し舞い上がって、めかし込んで欲しいくらいには思っていたのだが、まぁこれも彼らしいといえば彼らしいかと、妥協できる程度には彼女の心は広かった。

 とはいえ、話のネタにしないほど不愛想でもないのだが。

「いつもと変わらない格好じゃない? 私とのデートはその程度ということなのかしら」

「え、そんなことないよ。ごめん、なんか傷付けた?」

「別に? でもあの子とのデートのときは、もう少しおめかししないとね」

 滑るようにミーリの腕に自らのを伸ばし、慣れた様子で組む。

 しっかりエスコートして頂戴ねと注文する結ばれた口の端は、嬉しそうに笑みを湛えている。

 ミーリは彼女の要望に応えてしっかりと腕を組み、優しく引いてエスコートし始めた。

「今日はどんなところに連れて行ってくれるのかしら」

「まずは植物園に行こうか。ロンが飲みたがってた蜂蜜ティー、一緒に飲も」

「憶えててくれたのね」

 並んで歩く美男美女。

 ミーリ・ウートガルドの名が全世界に知れ渡っている今、彼の名前に施された霊術は効力を最大限に発揮して、街行く女性のほぼすべてが彼に好意を寄せている。

 彼を好きにできるのはそれこそ、恋人とパートナーの特権だろう。

 特に彼の最初にして最強のパートナー、常勝の槍ロンゴミアントとは、もう神霊武装ティア・フォリマであることを誰もが忘れてお似合いのカップルである。

 実際、もしも彼女が人間だったなら――でなくとも、人間と武装の恋が許される法律だったなら、ミーリも彼女を選んでいたかもしれない。

 実際、ミーリも彼女といる時間が一番気が楽だと公言していた。

「甘いわね、思ったより」

「あまり好きじゃない?」

「読書で疲れたときとか良さそうね。ミーリも速読じゃなくて、じっくり読書しないとダメよ」

「俺ってそんな本読むの速い?」

「自覚ないの? もう……このまえ私が貸してあげた本、二十分もかけないで読んでたじゃない。それでよく内容が把握できるわね」

「戦場で報告書とか読むとき便利だよぉ、速読」

「普段まで速読じゃなくていいの。もう、落ち着かないじゃない」

 槍脚ではずっと叶わなかった、膝枕。

 鉄の脚では冷たくて、やってあげられなかった。

 それをやってあげられることと、そうさせてくれることが嬉しくて、わずかに脚が痺れる感覚すら、今までになかったものだから嬉しくて仕方ない。

 彼の温もりを、脚で感じられる嬉しさで今、満たされている。

「もう少し休んだら、次に行きたいのだけれど?」

「今度は俺が腕枕してあげようと思ってたのに」

「それは、後でね」

「わかった。じゃ、次行こうか」

 並んで歩いていると、御揃いだと言われることもある。

 しかし大抵は皮肉の意味合いが強い。

 それだけお似合いでも、結婚することはできないんだものねと、人間と武装の恋愛に未だ寛容的ではない世間を交えて皮肉る言い方で言ってくるので、そのときは少しムッとなってしまう。

 だがそれでも、槍脚だった頃よりはマシだ。

 槍脚だと、誰もが自分を武装として冷たい視線を送って来たものだから、デートなどしていても視線が怖かった。

 だが完全なる召喚を経て、人間のそれと同じ脚を手に入れた今、その目は実に少なくなった。

 ロンゴミアントが武装であることはすでに知れ渡っているものの、それでも槍脚という異形の部分を失ったことで、ある程度許容されるようになったのだと思われる。

 それでも、ミーリが彼女と添い遂げるなどと言いだすようものなら、周囲は必死に止めに入ることだろうが。

「こんなところで食事だなんて、素敵ね」

「よかった、気に入ってもらえて」

 水族館内にあるレストラン。

 テーブルが並ぶ周囲には水槽が広がっており、世界中の海から集まった色鮮やかな魚が泳いでいる。

 そんな中で食べられる魚料理は、絶品の一言。

 聞けば五つ星ホテルで料理長を務めたことのある料理人が独立し、作ったレストランらしい。

 魚を眺めながら魚を食べるなどと、子供に突っ込まれたら笑うしかないブラックジョークだが、環境も料理も最高である。

「ミーリって、海のない国出身にしては普通に食べられるわよね、魚」

「貴族の頃にはいろんな国からいろんな物が送られてきてたからね。好き嫌いないようにって、結構食べさせられたよ。ロンこそ、ロンの時代にはない食べ物でも食べられるよね」

「武装には食事なんて、本来必要ないけれどね。召喚者のあなたに寄っているのか、特に好き嫌いはないわ。あぁでも、和国のなんて言った……? あの、ネバネバする豆の発酵食品」

「ナトゥー、とかそんなだったかな。ウッチーが食べてたあれでしょ? あれは俺も苦手かも」

「そうでしょう? 臭いがね、苦手なのよ。その点で言えば、大根の漬物も苦手だわ。たくあん、だったかしら?」

「俺はあれ好きだよ。ご飯のお供にピッタリなんだぁ」

「ふぅん……ご飯ねぇ。じゃ、今度カレーライスにでものっけてあげましょうか?」

「いいねぇ、やろうやろう」

 昼食を終え、腕組デートは博物館へ。

 星と宇宙をテーマにした博覧会をやっていて、期間限定のプラネタリウムにて仮想の星空を仰ぐ中、二人でずっと手を繋いでいた。

「そういえば織姫と彦星って、一年に一回しか会えないんだよね」

「そう言われてるわね」

「でもさぁ、本人達に会って思うんだけど、彦星くんなら天の川渡れそうじゃない? 泳いで」

「星の川だから、まず泳ぐって言う言い方があってるのかしら。水はあるの?」

「まだ見つかってないものねぇ……こう、無重力遊泳みたいな?」

「だとしたら凄く簡単そうね。そもそも彦星って、確か鷲とか何か鳥の星じゃなかった?」

「じゃあもう定期的どころか毎日会えるね」

「だから何千年経っても、一年に一回しか会わせてもらえないんじゃない? 定期的に抜け出してるから」

「なるほど……今度本人に訊いてみようか」

「そうね、貴重な体験だわ」

 後日訊いてみたのだが、彦星は別段抜け出していたことはないらしい。

 無論、何度か考えたことはあるそうなのだが。

「満腹の状態で見たから、眠くなっちゃったわ」

「そだね」

「あなた、ちょっと寝てたものね」

「ははは……じゃあちょっと、予定を変更しよっかなぁ」

 予定を変更して、最後に向かったのはブックカフェ。

 読書好きな彼女は、若干弾んだ表情を見せてくれた。

「落ち着いてて、素敵な雰囲気じゃないの」

「ここの本は気に入れば買うこともできるから、好きなだけ読んでいいよ」

「……ありがと、ミーリ。ありがとうついでに、お願いがあるのだけれど」

 読書スペースには寝ころべる場所もあって、二人はそこで並んで寝そべる。

 そしてロンゴミアントはミーリの腕を枕にして、ミーリの胸に手を添えて静かに寝入る。

「じゃ、読むよぉ。これはとある英雄の話。彼が示した英雄譚――」

 ミーリによる小説の音読が始まる。

 このひとときだけは、せめてこの時間だけは邪魔をしないで。

 どれだけ冷ややかな目で見てもいい。私はただの武装だと、罵ってくれてもいい。

 お似合いだ、なんて皮肉も呑み込むから。

 だからお願い今だけは、彼を私のものにさせて。

「英雄は姫に囁くよう、祈るよう告げる。言の葉を紡ぐ――愛しているよ」

 実際に耳元で囁かれる甘い言葉がくすぐったくて、ロンゴミアントは口の端を上げる。

 そしてわずかに体勢を直すフリをして、そっと彼の耳の端に唇を寄せて――

「私もよ」

 と、甘い声音で囁いた。

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