コントロールが定まらない雄平くん

巽 彼方

キャッチボールが上手な原田さん


「すまん雄平。 お父さん重要なプロジェクトを任されて行けそうにないんだ」


 プロ野球開幕まであと15日。

 毎年この季節になるとワクワクとドキドキでいっぱいになるのがプロ野球ファンなのだ。

 大のコンドルズファンである俺は運良く開幕戦のペアチケットを取ることができたので、父とコンドルズの試合を見に行く予定だったのだが父が行けなくなってしまった。


 俺が住んでいる愛知県にはコンドルズファンはほとんどいない。その理由は、愛知にはブルドラーズというプロ野球球団があるからだ。当然地元の球団を応援する人が多いので、特別人気球団でもないコンドルズのファンは少ないのだ。それゆえ知り合いにコンドルズファンは1人もいない。よって当日は1人で見に行くこととなるだろう。

 俺は球場に1人で観戦しに行ったこともあるので1人が嫌なわけではない。ただ、どこか物足りない寂しい気持ちを抱きながら学校へと向かった。




 放課後。

 特に何事もなくいつも通り部室へと向かった。


 俺は野球部に所属している。

 理由は単純、野球が好きだから。

 ポジションはピッチャー。

 野球をやっている人なら誰もが1度はやりたがる人気のあるポジションだろう。


 しかし俺が通う高校の野球部は地元ではそこそこ強い方であり、そんなチームの中で俺はレギュラーを奪えず控え選手となっている。レギュラーを狙うのならばうちの野球部のウイークポイントである外野手に転向するのが早いが、俺はポジションを変える気は一切ない。


 憧れのコンドルズの投手である小川選手のようなピッチャーになるのが俺の夢だから。




 練習が始まり準備運動と軽いランニングを終え、これからキャッチボールだ。

 普段俺は親友の石川とキャッチボールをするのだが今日は風邪で休みらしい。誰か相手になってくれる人はいないかと周りを見渡すと1人の少女が目に入る。

 彼女の名前は原田はらだ 樹理じゅり

 野球部唯一の女子部員で、守備の要であるショートを守るうちの野球部主力の1人。


 そんな原田さんの方を見ていると、俺の視線に気づいたのであろう。彼女はこちらに近づいて声をかけてきた。


「雄平くんもキャッチボールの相手探してた?」

「え? ……そうだけど、原田さんは青木とやるんじゃないの?」

「青木くん今日は学校お休みみたい。 だからキャッチボールする相手いなくて困ってたの」


 そういえば今日青木も休みだったな。

 青木は野球部のキャプテンであり、うちのエースピッチャーだ。俺と同じポジションなのでレギュラーになるためには彼を越えないといけない存在なのだが、俺の実力では到底及ばない。


「だからさ、雄平くん良かったら一緒にキャッチボールやろうよ!」

「え!?……あ、うん。別に良いけど」


 そんなことから俺は原田さんとキャッチボールをすることになった。


 マジか!? 原田さんとキャッチボールする機会が来るなんて思ってもみなかった。

 高校に入ってから女子と接する機会が数えるほどしかなかった俺にとって、原田さんとのキャッチボールは夢のような時間だ。


 普段アップ程度で流していたキャッチボールに当然緊張して力が入る。それによりコントロールが定まらず、原田さんをあっちこっち動かすことになってしまった。彼女が「大丈夫! ちゃんと届いてるよー」って優しく声をかけてくれるのが余計に申し訳なかった。

 そんな夢のような時間はあっという間に過ぎ、下校時間となった。




 普段は石川と2人で帰っているのだが、今日は休みなので1人で歩いていると、後ろから声をかけられる。


「雄平くんやっほー! 話したいことがあるから一緒に帰っていい?」


 話したいことって何だ!?

 どんな話をしてくるのか想像が全くつかない。今日キャッチボールして何か思うことがあったのだろうか? あのとき俺は緊張しまくっていたので覚えていないが、もしや何か不味いことを言ってしまったか!?


 そんなことを下を向いてあれこれ考えていると、彼女は不意に俺の顔を横から覗き込んできた。


「うわっ!」


 顔が近い!! 俺は反射的に距離を取る。


「どしたの? さっきから下向いてるなーって思ったら、今度はすごい跳び跳ねたね♪」


 そんな笑顔で言われたら俺は「えへへ……」としか返せなくなる。気持ち悪い奴だとは思われたくない。頑張って表情には出さず答える。


「いや、話があるって急に言われたから何かなって思ってさ」

「そっかそっか! えっとね。今日雄平くんとキャッチボールして思ったことがあるの!」


 やはりキャッチボールのことか。

 俺と原田さんの接点なんて今日初めてやったキャッチボールくらいなのだから予想はできた。気になるのはその内容だ。


「雄平くんの球って綺麗だね!」

「え、綺麗!? どこが綺麗だったの? 今日コントロールバラバラだったし、綺麗ってどういうこと?」

「あー確かにコントロールはばらついてたこともあったけど、そうじゃなくて球筋の話!」

「球筋……?」

「私も専門的なことに詳しい訳じゃないんだけどなんて言うのかな? 回転が綺麗で正直な球って感じ? 普段青木くんとキャッチボールしてるから新鮮だったのと、雄平くんの球受けてて楽しかったの!」


 俺の球を受けてみて楽しかった!?

 そんなこと言われたのは初めてだ!!

 楽しかったなんて言われると嬉しくなっちゃう! 駄目だ感情が抑えられそうにない。


 スピードやコントロールについてなら言われたことが何度かあるが、球筋については初めてだ。あの短時間で彼女はそんなことを感じていたのか。ただキャッチボールができて嬉しがっていた俺とは大違いだな。


「もう1つ気になったことがあるんだけどいいかな?」

「い、いいよ! 今度は何?」


 先ほどとはどこか雰囲気が変わった彼女は、真剣な眼差しで声のトーンを落とし聞いてきた。


「雄平くんって誰か参考にしてる選手とかいる?」


 キャッチボールとは関係ない話題で少し驚いた。

 しかし実際に参考にしている選手がいるし、特に隠す必要もないので素直に答えた。


「いくつか参考にしているプロの選手はいるけど、特に参考にしているのはコンドルズの小川選手かな?」


 すると彼女は驚いた顔をして立ち止まった。え? どうした!? 何か不味いこと言ったかな?


「ごめん。 コンドルズの選手って言われても知らないよね。 コンドルズって言う─」


 俺の言葉を遮り彼女は答えた。


「小川選手知ってるの!? 私、小川選手の大ファンなの!! はぁーーー!! ヤバい!! やっぱそうだよね! 雄平の小川選手だよね!!!」


 急にテンションマックスで腕をブンブン上下に動かして答える彼女に戸惑いを隠せない。

 普段比較的活発な印象のある女の子ではあるが、こんなに興奮している原田さんを見るのは初めてだ。


「原田さん!? えっと、ビックリしたよ。 そんなに驚いた?」

「あっ……! ごめんね騒ぎすぎた。学校で小川選手の話する人初めてだったから」


 そんな彼女のテンションに驚いた後、時間差で内容に俺も驚く。コンドルズの小川を知っているのか!? 今の様子だとおそらくコンドルズファンなのだろう。しかも俺の大好きな小川選手のファンだと!?


「原田さんもコンドルズファンなの!?」

「うん! そうだよ! コンドルズ大好き! でも周りにコンドルズファンって全然いなかったからホントにビックリしたよ」

「俺もビックリだよ! ……でも何で気づいたの? というか俺のって何?」


 すると彼女は目を輝かせながら高いテンションのまま続けた。


「雄平くんのフォーム見て気づいたの! 投げ始めの動作は違うけど、投げる前のタメとリリースの仕方、そして投げ終わった後の動きはまさに小川選手だった!」

「マジ!? あれ小川選手のフォームを参考に真似てたんだよ! それ気づいたの!?」

「うん! 気づいた!! 始動は違うからたまたまなのかと思ってたけど、今日見てて間違いないと思った!」


 凄い。 投手のフォームについてまで語れるなんて、これはガチのファンだ。

 めっちゃ楽しい! 女子とまともに会話をしたことが今までなかったのだが、原田さんとならずっと話していられる気がする。




 学校の最寄り駅に着き電車の中でもコンドルズトークは続く。

 そして話題は開幕戦の話になった。


「開幕投手が誰になるのか公表されてないけど、やっぱ小川選手なのかなー?」

「オープン戦での登板見ていると小川選手以外考えられないよな!」

「うんうん! はぁー!! 楽しみだなー! 雄平君は開幕戦見に行ったりするの?」

「もちろん! 今年はチケット取れたからね」

「いーなー! 私はテレビ観戦だよ」


 コンドルズは決して人気球団ではないが、数年前の優勝をきっかけに年々ファンが増えている。以前は簡単に取ることができたチケットだが、人気のある開幕戦のチケットとなると抽選になってしまう。


「あっ! 私次止まる春日井駅で降りるの。雄平くんは?」

「俺は、次の神領駅だよ」

「そっか! じゃあまたね! 今日は楽しかったよ♪」

「あっうん。 じゃあ」


 電車が止まり彼女は駅へ降りようとする。


 ……そうだ! 開幕戦のチケット!!


 俺は今朝のことを思いだし、とっさに彼女と共に駅へ降りた。


「……!? 雄平くん。次の駅なんだよね……?」

「あっ! いや、その……間違えた」

「へ? 間違えたって、何で間違えちゃうの!」


 俺の行動が不思議で思わず笑う彼女を前に、俺は勇気を振り絞って誘ってみた。


「原田さんさっきの話だと開幕戦のチケットないんだよね?」

「……うん。 そうだけど?」

「もし、良かったら。良かったらで良いんだけど、開幕戦のチケットが1枚余ってるから一緒に行きまひぇんか?」


 声が裏返った……っ!

 こんな時に恥ずかしい。また彼女に笑われるかと思ったが、彼女は一切笑うこともなく答えてくれた。


「ホントに!? 私で……いいの?」

「うん。 原田さんと行きたい」


 原田さんの頬が赤くなるのを感じる。おそらく俺の方は彼女とは比べ物にならないくらいに赤くなっているだろう。

 少し間があったが、彼女は微笑み返事をしてくれた。


「…………私も、雄平くんとなら楽しめそう。 よろしくお願いします!」






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