海洋生物学者の愛

別所高木

第1話 高本先生

「先生、海嶺出版からラブコメを書いてくれって依頼が来てますけど。

断っておきましょうか。」

研究所の事務仕事をやってくれている相川藍が困惑した表情で伝えてきた。


「え?海洋生物学者の私にラブコメ?

先月は、リュウグウノツカイが浅瀬に出現する理由を考察の記事だったのに、随分振れ幅が大きいな。

でも、いつもお世話になっている海嶺出版の頼みなら、一肌脱ぐしかないかな。」

「でも、先生、ラブコメですよ。ちょっとは、ネタを考えて行けそうなら請ましょう。」


高本は天井を見上げながら考えた。


「例えば、テッポウエビの恋愛とかどうだろう?」

「なるほど、人間のラブコメなんて、絶対無理だと思ってたけど、

海洋生物の生態だったら行けるかもしれませんね。」


「ヤシャハゼと共生している、ヤシャハゼがテッポウエビをガイドして貰って、理想のメスの所までトンネルを掘り抜いてついに結婚する話でどうだろう?

ある日、美しいメスのテッポウエビを見初めるんだ。

そして、その気持ちを強制しているヤシャハゼに伝えると、ヤシャハゼが今の巣穴からメスのテッポウエビの巣穴までの正確な距離と方向を調べて、ヤシャハゼとテッポウエビが力を合わせて、メスの所を目指すストーリー。

メスに到達するために掘り進めるうちに間違って別のオスの穴にぶつかってしまうとかのドタバタエピソードを入れて、仕上げたら面白くないかな?」


「スキューバダイバーとかがよく空想ロマンで語っている話の拡張版ですね。でも、あの話ってエビデンス(証拠)がありませんよね。やっぱり海洋生物学者の先生がエビデンスのない話を書くと、これからの論文が疑われちゃいますよ。

だいたい、テッポウエビは目が悪いからハゼと共生しているのに、メスを見初めちゃダメでしょ。」

「うむーーーー、テッポウエビだけにエビデンスは必要か。。。。うひゃひゃひゃひゃ!」

「先生、ダジャレはやめてください。」



高本と相川は天井を見上げ考えた。


「先生、ラッパウニのはどうでしょう?

綺麗な温暖な海の底で綺麗な小石を集めて身にまとっている、ラッパウニのお姫様がいるんです。

ある日、意地悪イルカにお姫様がさらわれて、大きな岩の上に閉じ込められるんです。

そのお姫様を助けに行くラッパウニの王子のストーリー!」

「なるほど、そしてどうなるんだ?」

「ラッパウニの王子は岩に登るために、海の底を歩いていきます。」

「ラッパウニの移動はすごく遅いが、時間がかかりそうか?」

「だいぶかかりそうですね。」

「お姫様の所に着くのか?」

「着きそうにありません。。。。ちょっとラッパウニはラブコメには向いてないかも。。。」



二人は窓から水平線を眺めて考えた。


「先生、アメフラシとかどうでしょう?雌雄同体の恋愛って人間を超えた何かがありそう。。。」

「いや、雌雄同体はやめておこう。。。かなり話がややこしすぎる」

・・・・・

「相川くん、カクレクマノミはどうだろう?」

「性転換ですか!カクレクマノミならアニメ映画のキャラクターにも似てるのでいいですね。」

「なかなかの楽しみだ!ちょっと下書きするから待っていてくれたまえ。」


・・・・・・・


出来上がったぞ!

読んでくれ!

高本先生は嬉々として原稿を差し出した。


ーーーーーカクレクマノミの願いーーーーーー

昔々、太平洋のどこかにカクレクマノミの群れがいました。


群れには全員で六匹のこじんまりとした群れです。


ところがある日、上の方からゆっくり沈んでくるご飯粒にみんなが注目している隙に、

お父さんとお母さんを人間にさらわれてしまいました。


さて、お父さんとお母さんが居なくなった群れはたいへんです。


ニマは不安でたまりません。


友達のニミに、不安な気持ちを相談します。


「ねぇ、ニミ、これからこの群れはどうなっちゃうんだろう?

群れには男しか残ってないよ。こんな時に大きな魚に襲われたらどうなっちゃうの?」

「大丈夫よ。いつも通り、イソギンチャクの中に隠れてれば大丈夫。私、昔お母さんに聞いたことがあるの、「カクレクマノミの群れのメスが居なくなっても、必ず新たなメスが現れる」って言ってたよ。」


「ふーん、どんな人が来るのかな?」

ニマは辺りのイソギンチャクを見渡した。

「僕、あの下の方のイソギンチャクに住んでる、あんなカクレクマノミがいいなぁ・・・」

「ニミは、ああいうのが好みなのか!」

「素敵じゃない?あのはち切れんばかりのハリのあるカラダ、光り輝く瞳、、、あんな人が来ればいいなぁ。。。。ねぇニマ、一緒にお願いに行こうよ。」


「えー!そんなの無理だよ!あの人だってあのイソギンチャクと仲良くなっているのに、突然離れるなんてできないはずだよ!」


「でも、もしかしたら、こっちに来たいかもしれないじゃない。頼んでみようよ。」


「もし、仮に、頼んでこっちを選ぶ人だったら、それはそれで性格的に問題有りじゃない?」


「いや、あの人は性格がいいに違いない!僕が保証するよ。」


「ニミがそこまで言うなら、ニミがお願いするんだよ。僕はついて行くだけだからね。」

ニマは渋々ついて行くことにした。


二匹は目的地のイソギンチャクに到着した。

すごく大きなイソギンチャクだ。

そのすごく大きなイソギンチャクから、巨大なカクレクマノミが顔をのぞかせた。

でかい!でも彼女だ!


「あらー、おチビちゃん達ー、どうしたの?迷子?」


ニミがニマの背中をグイグイ押しながら「お願いニマ、お願いして!」と懇願してくる。。。。

しかたがなく、ニマが対応することになった。


「あの、僕たちの群れのお父さんとお母さんが人間にさらわれてしまったんです。

今、群れに残っているのは、僕とこのニミとあとは小さな弟達しか居ません。

みんな男なので、いつかは群れが滅びてしまいます。

どうか、うちの群れに来てお母さんになってください。

お願いします。」


「あらー、お父さんとお母さん大変だったのね。。。人間はひどいわよね。

でも、君たち「カクレクマノミの群れのメスが居なくなっても、必ず新たなメスが現れる」って聞いたことがない?」


ニマとニミは顔を見合わせた。


「聞いたことはあるけど、おとぎ話と思ってました。

うちの群れには、イケメンもいないし、イソギンチャクの生えてる場所も平凡だし、そんなところに来てくれる人なんていないと思ってます。

それに、どうせなら僕たちの住んでるところから見える、一番綺麗な人に頼もうと思ってきたんです。」


「んまー!可愛いわね!」


巨大なメスのカクレクマノミはニマとニミの顔を交互にじっくり見た。


「もうすぐかしらね、、、、

残念だけど、この群れにもメスは私一人しかいないの。

だからあなた達の群れに行くことはできないわ。

でもね。今夜は満月のよるなの、お月様にお母さんが来て欲しいってしっかりお願いすればきっと、ステキなお母さんがやってくるわ。」


「そうですか・・・

わかりました。忙しいところ申し訳ありませんでした。。。。」


二人はすっかりしょげてしまった。

深々とお礼をして、自分たちのイソギンチャクに帰ることにした。

背後から、カクレクマノミのメスの声が遠くに聞こえた。

「大丈夫よ!あなた達ならきっと大丈夫!お似合いよ!」



どれくらい時間が経ったろう?ニマとニミは自分たちのイソギンチャクに戻った。

「ちぇっ、僕たちが子供だと思って適当にあしらわれたね。」

ニミは寂しそうに語った。

「そんなにしょげるなよ。カクレクマノミのメスはあの人だけじゃないよ。

今夜は満月、せっかくだからお月様にお願いしに行こうよ。」

「えー、それ僕らを諦めさせるために適当に言ったことじゃないの?」

「でも、あの人はカクレクマノミの先輩だ!ただで試せるんだし、綺麗な月を見るのはいい事だよ。行くよ!」


ニマはスーッと泳いで浮上していった。

「待ってよ。」

ニミも慌てて後を追った。


ちゃぷん!


二人は海面に出た。

空には大きな満月が輝いている。


すてきなお母さんがやってきますように・・・

すてきなお母さんがやってきますように・・・

すてきなお母さんがやってきますように・・・

二人は何度もお願いした。


その時空に、満月より明るい流れ星が流れた。

二人は顔を合わせ納得してイソギンチャクに戻った。


翌朝、ニミが目を覚ますと、何か身体に力がみなぎるのを感じた。

「ニマー!なんか今日の僕凄いよ!なんか大人になったみたい!」

「来ないで!」

ニマが背中を向けて返事をした。


「何か、俺、身体が変なんだ。。。

俺の身体じゃないみたい。。。。」


そこには、ニマの声で話すメスのカクレクマノミがいた。


「俺、どうしちゃったのかな?」


「もしかして、「カクレクマノミの群れのメスが居なくなっても、必ず新たなメスが現れる」って、お月様にお願いするってこういう事だったのかな?」


「俺は女だったのか・・・いや、女になったのか・・・・」


「そんなのどっちでもいいよ。これからも仲良く暮らして行こう!」


ーーーーーーおしまいーーーーーー


どう?面白い?高本先生は相川に聞いた。


「うーん、お父さんとお母さんがさらわれたのに、助けに行かないって・・

まずくないですか?」

「いや、そこで助けに行ったら映画の「発見アネモネ」みたいじゃない?」

「うーん・・・・」


そこに電話がなった。

「もしもし、高本研究室です。」

「いつもお世話になっております、海嶺堂の蘇我です。相川?ちょっといい?」

「どうしたの?恵美子?手短ならいいよ。」

「ごめん、ラブコメの原稿依頼行ったでしょ。それ、高木先生に送る依頼を間違えて高本先生に送ちゃったの。ほんとごめん!まさかラブコメなんて本気にするわけないよね。あまりのジャンル違いだから大丈夫とは思ってたけど、一応念のため電話したの。先生には申し訳ないって伝えといて。それじゃーねー!

ツーツーツーツー」


一気に喋って、電話が切れた。

蘇我恵美子め!


おしまい























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海洋生物学者の愛 別所高木 @centaur

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ