キューピッドのお相手は……?

ちかえ

キューピッドのお相手は……?

「ちょっと一色くん、何であなたがここにいるんですの!?」


 わたくしはなるべく小声で隣にいる男に怒鳴りました。


「隆を見守ってるんだよ。文句あるか?」


 彼はさらりと答えます。わたくしの文句などまったく気にしていないように。


「あんたと同じだよ。あんたも隆と楠さんを見守りに来たんだろ」


 そうしてわたくしの目的まで言い当てるのです。この男は本当に忌々しい相手なのです。


 わたくしはただ両片思いの親友の恋を応援しようとヘタレな幼なじみを焚き付けて親友の家に遊びに行かせるようにしただけです。


 それでも心配になってこうして親友の家の前でこっそりと様子を見ているのです。まあ、家の中をのぞき見る事は出来ませんが、喧嘩になって幼なじみが怒って出て行くなんて事になったらフォロー出来ますでしょう?


 なのに、どうしてこの男とかち合ってしまうのでしょう。というか、わたくしの幼なじみは、どうしてこんな野蛮な男と親友などしているのでしょう。

 本当に腹が立ちます。


「ほら、西園寺さん、こっち。目立つと楠家の使用人に見つかっちゃうだろ」


 おまけにわたくしのフォローまでしてくれてしまうのです。わたくしの手をひっぱる彼の手が力強いのは男の子だからでしょう。


 それにしても暇です。見守りとは言っても親友が住んでいる家はいわゆる豪邸なので声など聞こえてきません。


 幼なじみが出てくる気配もないので二人は仲良くお茶でもしているのでしょう。とてもいい事です。


 わたくしはこんな男といてまったく心地よくありませんが。


 それから何時間経ったでしょうか。そろそろわたくしも使用人に連絡して迎えに来てもらわなければいけません。この男にからかわれるのももう今日は十分でしょう。


「ぐえ」


 そう思ったその時でした。隣にいる男が情けない声を出します。何だろうと振り返ったわたくしは絶対に見つかってはいけない方の姿を認めてがっくりと肩を落としたのです。


「あ、あん……いえ、どちら様ですか? 何故俺の事を捕まえるのですか?」

「私の家を覗いている不審者を見かけたら捕まえるのは当たり前だろう」


 その人は事も無げにそう言います。


「え? 『私の家』?」

「……この方は楠家のご当主よ」


 一色くんが驚くのと、わたくしが彼に残酷な宣言を落とすのは同時でした。


 そこにいたのは、わたくしが言った通り、楠家の当主、わたくしの親友のお兄様なのです。

 まったく。それくらいどうして気づかないのでしょう。

 困った男です。一流企業の社長の顔くらい覚えているべきですのに。そのうちいろいろ教えてあげなくてはいけません。


 どうしてでしょう。何だかワクワクしている自分がいます。


「探偵ごっこはもういいだろう。車で送っていくからさっさと家に帰りなさい。親御さんには連絡しておくから」

「はい。分かりました」

「わざわざありがとうございます」


 わたくし達は素直にその言葉に従うより他はありませんでした。


 そんなわたくし達は知らなかったのです。

 何故、送って行く時、親友のお兄様が助手席に座ったのかを。

 何故運転手が親友専属の者だったのかを。

 わたくしたちののぞきに気づいてわざと今まで見逃されていた事を。

 私たちからは親友二人の様子は見えないけれど、あちらからはしっかりと丸見えだった事を。


 そして覗き見している目的が、いつも間にか親友を応援する事から、彼に会う事に無意識にシフトしていた事も。



***


「楓ちゃん達仲良くしているといいね」


 お茶請けとして出されたアイスボックスクッキーを食べながら私はしみじみと言った。


「どうだろうね。また喧嘩してるんじゃない」

「……かも。外でも喧嘩しっぱなしだったもんね」


 の言葉に私も同意する。親友があしらわれているとも言うけど。


「それにしてもまだ私たちが付き合ってる事は二人に内緒にするの?」

「そうしないとキューピッドにならないでしょ」

「そうだね」


 彼と仲良く笑い合う。


 親友は知らない。両片思いなのも、お膳立てされているのも、あちらの方だという事を。

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キューピッドのお相手は……? ちかえ @ChikaeK

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