Monster-Designer
新森たらい
部活見学
「すみませーん。見学させてほしいんですけどいいですかー?」
春風にカーテンが揺れると同時に教室の入り口から二人の女の子が横並びに立入ってきた。
すると新入生に飢えていた部長がすぐさま駆け寄り、
「入部希望かい!ありがとう!」
女子が入ってきてはしゃぎながら喜んでいる部長を見て二人の女子生徒はテンションの高さについて来れていない。
「あ、私はそのつもりなんですが、この子は付き添いというか…、」
僕はその子を見て一瞬心が揺さぶられた。おとなしそうな顔立ちと白い肌。そして、透きとおるような黒髪が僕のハートをがっちり捕まえた。僕、磯田聡は生まれて初めて恋に落ちた瞬間が手に取るように分かった。
「見てくれるだけでも大丈夫だからさ!」
「あー、ええと…。私はその…あれかなと…」
ぐいぐいと攻めていく部長にたじたじの大和撫子系女子は目で隣の眼鏡女子に助けを求める。
「えっと、ホントこの子一緒についてきてくれただけなんで」
僕は彼女にこの場にとどまってほしくて
「うちの部見学者には見学と体験中にうちの部長と副部長が似顔絵描いてくれるから、どうかな?」
と優しく勧めてみる。
すると彼女は「どうしよう」と眼鏡の女の子に耳打ちする。眼鏡の子は「似顔絵描いてもらうことってあんまりないけど」とコソコソと話し合う。
「まあ、気になるんならいいんじゃない?」
眼鏡ちゃんがやんわりと誘うと彼女も「それなら」と承諾の一言。
部長はガッツポーズを、僕は頭の中でガッツポーズをきめた。
見学が決まると部長は二人をイスに座らせるとすかさずスケッチブックとカッターで削られた鉛筆を手渡した。
「二人とも名前は?」
先に眼鏡の子が「中井美咲です」それに続いて「皆川清恵です」黒髪の子が答える。
「では、この鉛筆を使ってそこに置いてある果物の食品サンプルを描いてもらいます!」
部長が指をさした先には樹脂でできたリンゴとバナナ、パイナップルが置いてあった。
「テストとかじゃないから気楽にしてもらっていいから。それを描きながら訊きたいことがあったら聡に訊いてね」
そう言い放つと部長は「それじゃあ、あとよろしく」と指導と質問を丸投げして作業をしていた副部長を呼んできてスケッチを始めた。
僕は少し緊張しながら新入生に説明を始めることにした。喉から声が出る直前で皆川さんが
「あの、一ついいですか?」
「何かな?」
「私描くの苦手なのでリンゴだけ描いていいですか?」
「うん。全然OK!苦手な人でも楽しく描いてもらえればいいからね。分からないことがあったら言ってね」
「はい、ありがとうございます」
彼女は安堵したように返事をする。
「それじゃあ、うちの部について喋るから描きながら聞き流してね」
それから、大体10分間、美術部の一日の流れやコンクールについて実際に描いた絵を見せたりして説明した。仲居さんは僕の話に手を動かしながら質問したり世間話の相手をしてくれた。その間皆川さんは真剣な面持ちでリンゴと向き合っていた。無言で神経を研ぎ澄まして筆を走らせていた。正直彼女と話したい気持ちでいっぱいだったが仲居さんの話をほっぽり出すことは出来ない。
さらに数分後、タイミングを見計らって皆川さんの方に見に行った。仲居さんの席から離れた瞬間「あ…」と聞こえたような気がした。
「皆川さん。どんな感じかn…」
「あ、先輩!頑張って描いたんですけどどうですか!」
ああ、目が眩むような彼女の笑顔に心を奪われてしまいそう。だったが、先に目に入った彼女のスケッチブックに目が眩んでいた。
彼女のスケッチブックには形容しがたい魑魅魍魎がいた。リンゴの形もとどめていない肉片の集まりのような姿が僕の背筋を凍り付かせた。僕は言葉を濁して
「あ-…、いいと思うんだけど…。ここをもう少し丸みを帯びさせた方がいいと思うんだけど。光の当たり方とかもあるし、皮のつやも出ると思うし…」
「ここリンゴの中身なんですけど…」
「へぁっ。あ、うん。ごめんごめん。そっかそっか」
遙か斜め上をいく答えに思わず困惑してしまう。
僕は部長のもとへ勇み足で歩み寄るとSOSを訴えた。
(部長っ!!マンイーターです。ドラクエ7のマンイーターです!!)
(なにを言ってるんだリンゴだろ?いくら苦手と言ってもせいぜいエビルアップルが関の山だろ)
(いや。あれはそんな可愛げのあるモンスターじゃないですよ。完全にニフラムが効きそうなビジュアルですよ)
あの綺麗な指先から正反対の何かを生み出しているのが信じられない。
僕が必死に助けを求めていると
「あの」
背後には中井さんが立っていた。
「ミナの絵について話してるんですよね。大丈夫です。分かってます」
「え、あー」
僕の目がものすごい勢いで泳ぎまくっている。
「幼稚園からの付き合いなんですけど、昔からミナはアレで…」
必死に彼女をフォローしようとしているのが分かる。
「基本的に何でも出来て、特に歌はすごく上手なんですけど、そのエキセントリックな画伯っぷりから[はいだしょうこの再来]という二つ名を頂戴しておりまして…」
「あー」
その称号にノータイムで納得してしまう。
「私がいくら教えてもクリーチャーを生成してしまうもんですから本人も自覚して結構気にしているんですよねー」
皆川さんの方を見やると露骨にしょげているのが分かる。
そんな姿を見て僕は決心した。
「皆川さん」
「なんですか…」
「美術部に入ってくれ。僕に付き合ってくれ」
「どういう意味ですか?」
「君の絵を人に見せても笑われないようにする。だからうちの部に入ってくれ」
しばしの沈黙のあと、躊躇いながら彼女は口を開いた。
「わ、分かりました。美術部に入ります」
「ありがとう」
「でも私の絵が直らなければ別れてもらいますからね」
「ん?どういうこと?」
瞬間教室内で「「「「えっ」」」」と言う言葉がこだました。
そのまま皆川さんは顔を真っ赤にして教室から飛び出していった。その後美術室の全員からの視線が突き刺さる。そして、自分の放った言葉を思い出す。
「おまえ。明日皆川さんに謝れよ」
後悔とともに自分の黒歴史に新たな1ページが刻まれた瞬間であった。
「穴があったら入りたいです」
それが僕たちの馴れ初めであった。
Monster-Designer 新森たらい @taraimawashi-guruguru
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