第3話 婚約者?

「ここが私の特別デンジャラスな部屋よ」

そんなことを言われてハッとすれば、目の前には白色の塗料が塗られた木の扉。縁取るように金色の線がはいっていて、尚且つ赤いバラのリースが飾られている。

シンプルな木の扉しか家にない私からするとすごく豪華。


「隣はだれなんですか?」


対照的になんのデザインも色もない木の扉が気にかかってそうたずねると美麗さんは一つ肩をすくめて

「可愛い可愛い妹の部屋よ」

という。


どこか嫌味っぽく聞こえたけれど……。

気のせいかな。

そんなことを思いながら開かれた美麗さんの部屋に足を踏み入れる。


「わあ……」

漏れ出るのはそんなため息のような声。

というのも、その部屋は想像通りなのに、想像通りではなかったからだ。

正確に言えば、半分は思ってた通りなのに、もう半分が全く、思ってたのと違う感じなのだ。

「あの……」

むすっとした様子で、らしくない方の部屋の部分を睨みつけるように見てる美麗さん。

「あっちって?……」

「……そのうちわかるわ」

常に嬉々として喋る美麗さんが少し落ち着いた声でそういう。

珍しい。

「さ、あなたは、ここで、私と一緒に寝るの。そして寝る直前まで私と恋バナをするのよ」

さっきまでの様子なんて嘘みたいに嬉々としてそういう美麗さん。

若干うっとおしくありつつも、安心する自分がいる。

美麗さんが指してみせるのは天蓋付きのお姫様みたいなベッド。


ああいうベッド使ってる人って現実にいるんだなあ。

偏見とかじゃなく純粋に感心しちゃう。


と、そんなときだった。

後ろから誰かの気配。

一応運動部に所属しているため、反射神経には自信のある私はバッと振り返った。

と、そこには……。


「あ〜あ……」

後ろでは美麗さんのひどく落胆した様子のため息が聞こえてくる。


自信に満ち溢れ、自分の思う通りならないことはなにもないとでもいわんばかりの彼女でもため息をつくことがあるのか。


と、そんなことよりも目の前のこの人だ。


家の中にいるわけだから兄弟なんだろうけど、それにしても……。


「醜い」

ぼそりとその男の人がつぶやく。

思わずびくっと肩が跳ね上がる。

そう思ってるんだろ、そういいたげな、恨めしそうな瞳。

こんなこと思うのは失礼だって、わかってはいるのだけれど……。


正直、男の人の言葉に否定の言葉をすぐ発せない自分がいる。


ここの家族みんながギリシャ神というのだから、彼もまたギリシャ神の一員なのだろうけれど……。


「二人は同室で?」


「そう……」


帰ってきたのはそんなうんざりした声と

「ああ」

当たり前だと言わんばかりの声。


どうなってんだろう、これ……

そういえば美麗さんには婚約者がいてどうのって、みかげ、いってたっけ。

もしかしてこのひとが、その……?


「ともかく、寝ましょ。今日は疲れちゃった」

そういうとボスっと布団に座り込む美麗さん。


「はあ……」


男の人の若干恨めしそうな目を受けて、濁したような答え方をする。


「あの、あなたのお名前は」


名前くらいは聞いておこう。


「堅治」

ぼそっと、一言だけそういうその人。



「ほんっと、愛想のない人よねえ」

嫌味のようにそういう美麗さん。

いや、嫌味のように、というか、嫌味そのものなんだろうけどさ……。

同室だし、なんとなくこの人が美麗さんの婚約者なんだろうとは思うけど、誰に対しても愛想よく接しそうな美麗さんが、珍しい。

「そういえば、夜ご飯は食べないんです?」

大体、いつもはこの時間には夜ご飯を食べ終えているからお腹がすいてきた。

「ああ、私は夜ご飯食べないわ。和葉はお腹が減ったのね〜。であれば、台所にあるものなんでも取って食べてちょうだい」

化粧台の前に座り、鏡の中の自分を見つめながらそう受け答える美麗さん。

どうやらお化粧を落としてるみたいだけど、まるで鏡の中の自分に話しかけているみたいだと感じる。


それはきっと、美麗さんが鏡の中の自分に夢中だからだろう。


「自分に夢中」


一人で行くのもなんだなと思いながら「わかりました」といって部屋をでていこうとしたら、そんな言葉が耳に飛び込んでくる。


「そう思ったんでしょう?」

ふふっという柔らかい笑みとと共にそういう美麗さん。


「まあ」


「和葉は鏡の中の自分を見つめたりしないの?今日の私って最高に可愛い!とか」


「特には……」


小学校の頃からバスケばかりしていて、オシャレとかお化粧とは縁遠い。

そんな私が鏡を見るのは歯を磨く時か、寝癖がついてないか確認するときぐらいなもの。


「私は毎日必ず私を見てるのよ」


そこらの人が言えば鼻にかかってるとか、ナルシストだとかいわれそうなセリフも、美麗さんがいうとまったく気にならない。


「私を見て、今日も可愛くて綺麗ねって褒める時間、大事よ。和葉もやってみたらどう?自分が可愛くて綺麗で魅力的だと思ってないのに、誰か他の人がそう思ってくれることってあり得ないもの」


柔らかな声音でそういう美麗さん。


たしかに……。


自分がまず可愛いとか魅力的だとか思ってないで、それを人に求めるのは酷なことだ。


当たり前のことなのかもしれないけど、なんだかグッときて、家庭教育人、大変そうだけど自分自身の学びにもつながっていきそうだななんて思う。


「教えてくれてありがとうございます」

一言そういうと、「いいのよ」なんて美麗さんの言葉を聞きながら、私は部屋をでた。

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