第2話 みんな、みんなに会いたくない
「さ。ここが我が家よ」
「あの」
「なに?」
「大体今ってみんな家に帰ってきてる時間帯だと思うんですけど誰も居間にいないんですね」
目の前に広がるのは、広くて綺麗だけれど、誰もいなくて、たった今電気がついてみてもなんだか冷たい感じのする寂しい雰囲気のリビング。
「いいえ。帰ってきてはいると思うわよ。玄関で靴、見たでしょ?」
そう言われればたしかに、玄関には男物の靴と女物の靴、小さいものも大きいものもどちらもあった。
「そうですね。じゃあ、みんな自分の部屋にいるんですか?」
「ええ。だって、みんな、みんなに会いたくないんだもの」
「はあ?……」
家庭教育人。
そんな聞いたこともないものを押し付けられ、自分は女神だとカミングアウトされ、年上ながらに呆れさせられることが多いこの人、美麗さん。
だけれど見た目は本当に綺麗で愛と美の女神だといわれて簡単に頷けてしまう。
薄い茶髪は透き通って、サラサラ、ツヤツヤ。
目はくりくりした茶色の瞳で光を浴びるたびに少し色が変わる。
バラのような唇はぷっくらとしていて愛らしいし、肌は白く滑らかでスタイルはよく、だからといって背丈は高過ぎず、男の子から可愛いといわれる程度の感じ。
服装はフェミニンで、みかげが好きそうなタイプ。
「あら。ジロジロ見ちゃって。どうしたの」
そういたずらっぽくたずねてくる美麗さん。
そして、その後ろをふらふらと亡霊のように通り過ぎていく人。
「あの、今、誰か」
もしかして気のせい?そう思って慌ててそうたずねると、その人が消えた方を見て
「さあ?ママンかな?」
という美麗さん。
「ママン……」
「最近パパンとかなーり激しい喧嘩をしてるから常にふらふらなのよ」
「はあ……」
「まあ、正直いって、ママンとパパンが喧嘩しているのは常に、なんだけどね」
「……それ、大丈夫なんですか」
「これが大丈夫な顔に見える?」
そういっていつの間にそこにいたのか、美麗さんの後ろからぬっと姿を現す女の人。
綺麗な人だけど怒ると怖そう。
こげ茶の少しウェーブのかかった胸程までの長さの髪の毛。つり上がった茶色の瞳。服装はシンプルでジーンズに無地の七分袖。スラッとしていてスタイルがいい。
この人が……。
「うちのママンよ」
「誰なのこの人は」
まるで私のことを射殺すような勢いでそうたずねてくるその人には、流石にぞっとする。
「ママン、大丈夫よ、安心して。」
そういって母親の肩を撫でる美麗さん。
「私が見つけてきた、とっておきの家庭教育人なんだから」
とっておき。
彼女からしたら何気なく使ってる言葉なんだろうけど、つい惹かれる。
そんなこといわれたら頑張らざるをえない。
幼い頃から三人姉弟の一番上として、親や弟たちの頼みを聞いてきた。
誰かの頼みを聞くことや頼りになるということには少なからず自信があるし、頼りになれることが嬉しいと感じる自分がいる。しかも、とっておき、だなんて。
家庭教育人。
まだよくわからないけど改めて頑張ろう。
それに、興味がある。
あまりに奔放で、なのに綺麗で、みかげを虜にしたこの人がどんな人でどんな家族と暮らしているのか。
「家庭教育人??」
私が初めてその言葉を聞いた時みたいに険しい顔をさらに険しくさせる、ママンと呼ばれる、おそらく美麗さんの母親であろう人。
「バカなこというなら一人でやってなさい。そして人間を勝手に家に上げないでちょうだい」
自分も人間なのに……なんて内心ツッコミをいれているうちにスタスタとその場を去ろうとしたその人だけど、パパンとの喧嘩とやらのせいなのか、その足取りは重く、のっしりとしたものになっていた。
「ごめんね。うちのママンいつもあんな感じなのよ」
「あまり仲良くないんですか?」
「うーん。そういうわけではないわ。まあ昔、アテナと三人で美しさを競ったりだとかはしたけれど、それは取るに足らないことだし」
「そうですか」
どこが取るに足らないのかわからない私の方がおかしいのだろうか……。
家族と美しさを競い合うって中々聞かない。
「ともかく、今日和葉には私の部屋で寝てもらうわ」
「はい……」
そう。
謎の家庭教育人を引き受けるとともに、私は今日はこの家に泊まることとなったのだ。
美麗さん曰く、問題は間近で見なければわからない。だから明日(土曜日で、わたしの部活も休み)一日うちにいてほしい。とのこと。
改めて考えるとなんでこうなったのかわからないくらいだけど、不思議と美麗さんのいうことには逆らえないというか。
自然と頷いてしまうのだ。
「私の部屋はこっちよ」
そういって歩き出す美麗さんに続きながら、家に着いてすぐ自室にこもってしまった亜蓮くんのことを想う。
亜蓮くんは常に不機嫌そうな面持ちの人だけど、さっきは特にそれがひどかった。
亜蓮くん……。
フラれてしまってかなり落ち込んだけど実はまだ完全には諦めてなかったりする。
家庭教育人を引き受けた理由の一つに無意識に亜蓮くんのこともあった。
家庭教育人はよくわからないけど近くに居られる可能性が高いし、近くに居られればまだまだ私にだって可能性があると信じてたい。
「和葉?ボーっとしているようだけど大丈夫?」
そう尋ねてくる美麗さんの姿を改めて見たら、途端さっきまでの意気込みは嘘みたいに自信がなくなる。
亜蓮くんの好きな人、なんだもんね、こんなにも綺麗で愛想の良い女の人が……。
私は美麗さんの後に続きながら、パンパンと頬を叩いた。
気合い、気合い!
私はバスケ部で試合も今まで何度も経験してきたけど、これをやると大抵緊張が紛れる。
そんなコロコロと変わる心情を抱えながら、私は美麗さんの後に続いていった。
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