恋したあの子はギリシャ神

爽月メル

問題だらけの大家族

第1話 フラれて知って


「亜蓮くんと同じクラスになったときからずっと好きでした。お願いします。わたしとお付き合いしてください!」

「……むり」

「……」


差し出した手が、行き場をなくして、ふるふると震えながらゆっくりと落ちていく。


スタスタと立ち去っていく背中。


目頭が熱くなってきて、学校にいるっていうのにわんわん泣き出してしまいそうになる。



こんなに辛いことってない。



そりゃ、わたし、亜蓮くんとそんなに接点なかったし、ラインも交換したけど少し話してはすぐ途切れての繰り返しだったし……。


付き合える可能性の方が断然低かったけどさあ……。



でも、やっぱり悲しいし、悔しい。



涙を押さえ込みながら、スカートのポケットからスマホを取り出してラインを開く。


そもそも今日告白することになったのは、ある人と約束をしたから、なのだ。


[早速フラれた……]


それから、泣いているスタンプを投下する。


校舎裏にいる私は、影になっている人目につかないような場所に座り込む。

誰かがやって来たときに、この今にも泣き出しそうな汚い顔面を見せたくはないし、今は立っている気力すら湧いてこない。


少し鼻をぐすぐす言わせながらスマホの画面をじっと見ていたら、早速既読がつく。


[俺も……]

そんな一言ともに、大泣きしている何かのキャラクターのスタンプ。



結局二人とも玉砕かあ。


私達らしいといえばらしいのかもしれないけれど……。


今現在高校三年生の私、月宮和葉は、昨夜、久々に幼馴染の近藤みかげ(現在大学二年生の男子)とラインで話していて、話題が恋バナになった。


そして、話していくうちにどうやら二人とも強烈に片思い中なことが判明した。



それで、深夜までそのことで盛り上がって話しまくった挙句、二人共、明日玉砕覚悟で告白しようってことになったのだ。



悔しいけど、客観的に見て私と亜蓮くんが付き合える確率は10パーセント以下だったし


思いを伝えられただけよかった。


みかげのほうもそんな感じだ。



[今日の放課後会えない?俺、今日は午後からの授業なくてさ……。和葉がよければ慰め合おうよ]


そんな言葉の後に、傷の舐め合いという言葉に、猫の絵が添えられたスタンプが送られてくる。


[いーよ。放課後あいてるし。四時にいつものカフェでいい?]


なんだかんだでみかげと話すの二、三年ぶりだし

いつものカフェでわかるんだろうか


なんて思いながスマホの画面をぼーっと見つめていたらOKというスタンプが送られてくる。


さっきまでのズーンと沈んだ気持ちが少し軽くなった気がする。


振られたのは悲しいししんどいけど慰め会える仲間がいてよかった。


キンコンカーンコーン

チャイムの音だ。

急いで教室に戻らないと……。


みかげとのラインの画面を少し名残惜しい気持ちで閉じてから私は教室に向かった。






「和葉〜〜」


「あ、みかげ!」


のんびりとした声が私の名前を呼んで、そちらを見やれば駆けてくる人。

フワフワした寝癖のついた茶髪に透き通るような白い肌の美少年。


改めて見て、幼馴染の贔屓目とかなしに整った顔立ちをしてる。

昔は女の子みたいだとからかわれていたその容姿は大きくなった今は、THE美少年、という感じ。

こんなイケメンを振るってどんな女の人なんだろ。

気になる。

たとえ、好きでないとしても、これくらいのレベルのビジュアルの男の子なら試しに付き合ってもいいかなくらい、私だったら思うんだけどなあ。


「遅れちゃってごめんね」


「大丈夫。だって十分だよ。遅刻にはいんないって。んじゃ、カフェの中入ろうか」


「うん」


ふんわりとした笑顔を浮かべてそう答えるみかげ。


「和葉、また綺麗になったね」


不意にそんな言葉をかけられて、吹き出しかける、が、なんとか冷静を保ち

「まあねー」

なんて答える。


そうだった。

久しぶりすぎて忘れてたけど、みかげは天然人誑しなのだ。


動揺してはいけない。


けれど……そう考えると尚、不思議だ。

こんなにもスッと人のことを綺麗と言える人誑しのみかげに振り向かないなんて。

一体どういう人なの?……。


「和葉?注文しないの?」


「あ、そうだね。えーと、カプチーノ一つで」


「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


そんな店員さんの言葉に頭を下げて、すぐにみかげに顔を向ける。


「みかげ、改めてだけど相手はどんな人なの」


こんなことを急に聞くのもどうかと思うけど、頭の中がそのことで一杯で、聞きたい衝動を抑えられなかった。


すると、みかげは、お冷やを口元に持ってったまま、口をぽかんとあけて、固まる。


「……みかげ?……いいたくないなら大丈夫だよ」


「……美麗ちゃん……」


「美麗ちゃん……っていうの?」


明らかに私の顔を見てない視線をゆっくりと辿っていく。


その視線が向かうのはカフェの入り口。


そして、そこを見た途端に私の表情がみかげと全く同じものへと変わっていく。


「嘘でしょ……」


そこにいたのは今の私のブルーな気分を作り出した張本人。

私のことをフッた、好きだった……いや、今も好きな人。


亜蓮くんだった。


そしてその隣には目を疑うような美人さんがいる。


もしかして


「あの人が美麗さん?」

そうたずねると黙ったままこくんと頷くみかげ。


こちらに向かってくる二人に慌てて顔を背ける私。


心臓がバクバクしている。

なんでだか涙が出そう。


「では、こちらの席にどうぞ」


よりにもよって、後ろの席。

高い仕切りで気づかれることはなさそうだけど


「亜蓮、迎えに来てくれてありがと」


「別に。美麗の為なら俺はなんだってするさ」


会話は丸聞こえ……。


目の前には明らかにシュンとした様子のみかげ。


なんだかすごいことになってしまった。

失恋の痛手を癒し合おうとしたら、その失恋の元凶がよりにもよって二人揃って現れて今現在近くにいるのだから……。



「家では堅治がいてゆっくり二人で過ごせないし?」


「そうだな……。」


聞こえてくる会話に息を飲む。

家って。二人は同居してるの?!

亜蓮くん高校生なのに、親はどうしたんだろ。


「なんで美麗があいつのものなのか、未だに納得いかない」


「やあね。私はいつでもあなたのものよ、亜蓮」


え……浮気したる感じなのかな……。

え、ええ。



段々とパニックになってくる。


なんて思ってたら、すっと立ち上がるみかげ。


「ちょっ、みかげ?!」

小さな声をあげるのは、みかげが今のこの状況で美麗という人に会うのは不毛だろうと思うから。


でもみかげは私の声も御構い無しに歩み始める。



迷いなく後ろの席にいくみかげに、私はただ呆然とする。


「美麗さん」


「あら。みかげくんじゃない。こんなところで、偶然ね」


「その子、誰?」


「私のダーリンよ。」


「君、今日僕のこと……たときに、婚約してる人がいるっていってたよね?それが彼?」


「いいえ」


どこまでも悪びれもなく、そしてなおかつ可愛らしく答えるその人には同じ女ながらにぞっとするというか引いてしまうというか……。

ここまで"女"という魅力を全開に押し出せる人がいるんだな。


「お前、なんなんだよ」

怒った亜蓮くんの声。


慌てて立ち上がり、みかげの手首を掴む私。


「みかげ……」


「あら。彼女、いたんじゃない」

クスクスとそういう美麗さん。

段々イライラしてきた。

というか、この人、わざと怒らせようとしてる?


「あの、あなたさっきからひとのことバカにし過ぎです。大体、高校生と浮気ってどうかと思いますよ。今あなた、大学生で、成人もしてるんですよね?大声で笑って話すことでもないし、もっと慎みを持ったらどうですか」


言い切ってからはっとする。


私ってばなにをお説教しちゃってんだろ。


怖くて亜蓮くんの方見られない。


美麗さんもきっと怒ってるだろう。知らない奴からこんな言われたらそりゃ、ね……。


「あははっ」

けれど、聞こえてきたのは笑い声。


「あなた、面白いわ!家庭教育人にぴったりじゃない!うちに来なさいよ」


「……な、なんですか?家庭教育人?っていうか、今うちに来いって」


「おい、美麗」


「いいじゃない。なんにしてもそういう人を探してたんだから。ここだけの話、私たちはギリシャ神なの。でも、訳あってここに人間としている訳」


ウインクしながらそんなこといいだす美麗さんにいよいよ頭がパニックを起こしだす。


「あの、なんの話ですか」


「私たち、家族みんな仲良しになるまで元に戻れないの。だから、あなたの力で私たちを仲良くさせてみてくれない?叶えてくれたらなんでも願いを一つ叶えてあげるわ」


な、なにいってんのこの人……。


「みかげ……」


助けを求めるようにみかげの方を見たら、みかげは心底驚いた顔をしていた。


「愛と美の女神アフロディーテと軍神アレス。婚約相手はヘパイストス……」


「あら。みかげくんギリシャ神話に詳しいみたいね。ならこの子に説明してあげて。それで、私の頼み受けてくれるかしら。」


私は昔から、長女ってのもあってか頼み事は……。


「……わかりました。なんだかよくわからないけど受けます。でもその代わり、みかげの話をちゃんと聞いてあげてくださいね」


断れないのだ。


それに、みかげの力になってあげたい。



かくして私はひょんなことからギリシャ神話の神々の家庭内不和を解決する、家庭教育人になることとなったのだった……。



そしてこの時の私は知らなかった。

彼女らの家族がどれだけ厄介で面倒くさい人物達であるか、ということを……。


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