第4話 騒々しさは神レベル

美麗さんと堅治さんの部屋をでて、台所へと向かう。

広いけれど、迷うほどではないし、台所の場所はさっき教えてもらったばかり。


一人で行くということが幾分不安ではあるけれどまあ、なんとかなるだろう。


そう思った矢先、廊下の目の前に現れる女の子。

同年代らしきその子は制服を着てリュックを背負ってるところからたった今学校から帰ってきたとこなんだろうなと察する。


パッと見でもわかる。綺麗な子だ。

少しつり上がった目。ひとつに括っても腰丈まである豊かな髪。つややかな素肌。そのどれもがなんだか洗練されていて美しいと感じる。


「こんばんは」なんて挨拶しようとしたらその子がズカズカとこちらに歩み寄ってくる。何事かと思っている間にすぐそばに来て手首を握られ勢いよく捻り上げられる。


「いたたたっ!」

「あなた誰。ここで何をしていたの」

全く抑揚のない声でそういうその女の子に慌てて

「私は和葉っていいます。美麗さんに家庭教育人を任されてここにいて」

と答える。

「家庭教育人??……」

不思議そうにしながらもその手の力が少しだけ緩められる。


家庭教育人という単語に納得してというより、美麗さんが、家庭教育人を、というところに納得しているように感じる。


「美麗……」


私の手首をパッと離したかと思えばすぐに歩きだすその子。

なんだかすごく怒っているように見えたけど……


「あのさ」

その子の背中に呼びかける。


「お邪魔してます、っていうのと、あなたの名前が聞きたいなー、なんて……」

後半苦笑い付きでいう形になったのは、その子が人を射殺してしまいそうな鋭い睨みをこちらに向けてきたから……。


あと、改めてその子を見て気づいたこと。来ている制服、よく見たら……


「同じ学校……」

「愛するに弓で愛弓」


ひどく無愛想にそういうと、不機嫌そうに歩き去るその子。


おそらく、美麗さんのところに行くんだろうなあ。


……頼まれて引き受けたはいいものの、誰も歓迎していない。


そんな状況をなんとなく予想はしてたものの、予想以上に心にくる。


私はどこかトボトボとした足取りで再度台所に向かい歩き始めた。







「うわあ……」

台所に着いた私は冷蔵庫を開けて絶句する。


ここまで何もない冷蔵庫あるのか。


うちにある冷蔵庫の2倍はある大きな冷蔵庫で、尚且つ玄関にあった靴の数からして5人以上は確実に住んでそうなのにここまで食料がないのはもはや不自然だ。



一応入ってるものを詳しく見てみると、ラップに包まれたお肉や、プリンなどが陳列されている。


そして全部に名前が書いてある。


ひどいものだと『俺のもの』とか書いてある。


ぎゅるるる


盛大な音を鳴らしたお腹をさすりながらこの混沌とした冷蔵庫、どうしたものか……なんて考える。


「誰……」


小さなそのつぶやきは、この異様なくらいに静かな空間でなければ聞き漏らしてしまったことだろう。


振り返ると小学校中学年くらいの女の子がうげえっという顔を私の方に向けて立っていた。


よく見ると背中に緑色のランドセルを背負っている。


「美麗さん、妹さん二人もいるんだ。小学生?私、美麗さんのちょっとした知り合いの和葉っていうんだ」


ちょうど弟と同い年ほどの子だし、これくらいの子の扱いには慣れている、そんなことを思って、極力優しく柔らかい言葉遣いで話す。



茶髪の少しウェーブのかかったボブヘアにメガネの奥から覗く鋭い瞳が特徴的なその子は、小学生なのに小学生らしからぬ知的な雰囲気がある、不思議な子。

10歳は年下だと思うんだけど、そんなの感じさせないどころか、年上なんじゃないかってまで思えてくる。



「はあ〜〜っ……」


体内の空気を全て吐き出すかのような大きなため息。


「また、美麗……!」


「また?」


「……犬を飼えばみんなの仲が良くなるよなどと根拠のないことをいいだしたかと思えば、今度は知り合い、ですか」


独り言のように一息で発せられる、色々な思いが詰まっているであろう言葉。


「知らない他人を家にあげるなんてありえない」

鋭い瞳はやはり、小学生のものとは思えない。


……そっか、改めて今思い出したけど、彼女らはみんなギリシャ神話の神様、なんだっけ。

神様、なんてそう簡単に信じられそうもないけど、この子の瞳や、美麗さんの人並み外れた美しさを見た後だと……


「人のことをジロジロ見てなんなんです。私は夜ご飯を取りに来ただけなので。」


余計なことは言うな、ということをいいたいんだろう。


だから私は、黙って冷蔵庫の前をどく。


初っ端から争ったり嫌な印象を残したくはない。


小さくため息をつくと、スタスタとこちらに歩み寄ってくる女の子。

そういえば名前はなんていうんだろ。

それに、神話の神様なんだとしたら、なんの神様かな。

瞳が随分鋭かったけど、戦の神様とかなのかな。


なんて考えているうちにその子は冷蔵庫の扉を開け、迷うことなく、何かを取り出した。

そしてそれは……


「え?……。それが夜ご飯……なの?」

「何か問題が?」


何食わぬ顔でそういってこちらをギロリと睨んでくるその子。

子供ではなく神様だというのも納得の睨みだ。


しかし、その手に持つものは見た目相応というか、なんというか……


大人の手のひらより一回り大きいくらいの白いお皿に、山のようなホイップクリーム。そして、その白い気高い山に道のようにぐるぐると、一番下から頂点まで続くチョコソース。そして、そんな山道に彩りを添えるように、チョコスプレーが散りばめられていて……


「確認だけど、それだけが夜ご飯なの?」

「そうですよ」

全く何を言いたいんだ、とばかりに私の方を呆れたような瞳で見てくるその子。

ツッコミどころがありすぎる。


それにさっき冷蔵庫の中を見たときにはこんなものがあるとは気づかなかった。冷蔵庫の中の死角にでも隠していたんだろうか……


「いつもそんな感じなの?夜ご飯」


私の言わんとしてることがわかるのかムッとしている女の子。


女の子のいいたいことはなんとなくかる。

私も子供の頃、夜ご飯もお菓子食べたいって思った時があったから。

結局すぐお母さんに怒られて実行したことは無いけど……。


「栄養とかなんとか私には関係ないんです!私は誇り高い女神なのですから」

そういった直後、フラフラと、座り込む。

「ちょっ、大丈夫?」

「……はあ。これだから嫌なんです、人間の体は」

座り込んだ女の子のそばにいくと膝をつき、顔を覗き込む。顔面蒼白、まさにそんな感じの顔色だ。

「貧血だよね。原因は栄養不足と見た」

そういうともう、世話好きな自分の心が、(悪く言えばお節介な心が)抑えきれなくなってきた。

女の子の手からお皿をとりあげキッチンカウンターに置き、それから流れるように女の子をお姫様抱っこする。

もちろん女の子は抵抗しようとしたしお皿をとりあげられた瞬間すごく睨まれたけど、まだクラクラしているみたいで特段抵抗という抵抗もなく、私はそのまま女の子をリビングの中でもひときわ存在感がある大きくて、ふかふかしてそうなソファへと連れていき、そこにゆっくりと寝かせる。


「ここで寝てて」

そういうと、近くにエプロンが置かれているのを見つけて、「お借りします」と一言いいちゃちゃっと自身の体に身につける。


「……一体なにを……」


「ふふふ、見てのお楽しみ、だよ」


そういうと私は台所に立った。


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恋したあの子はギリシャ神 爽月メル @meruru13g

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