箱庭の中の幸せ

ギンギツネ

幼馴染の生徒会長

 今日は予告もなく高校の時間割が午前で終わった、だからこんなことになったのかもしれない。


 同じエレベーターの中、目の前にうちの高校の生徒会長である、中本あずさが目の前にいて、


 このエレベーターは停電のためにドアを開かないまま、動きもしない密室となっていた....。




 そもそも、午前で終わることを聞いてなかった僕はなんとなくやる気を無くしながら帰り道を一人トボトボと帰る。


 友人がいない訳では無い、仮にもこの僕、中田は、生徒会の中でも上から5本指ぐらいの立ち位置にいる。


 そして頭が"ちょっと変な方向に"良いのが有名ともなっている。 知能指数が良くても中身がなければ意味ないんだけどさ....。


 他の人は僕よりもっと早く帰る人と、居残りをさせられる人の2種類がいた。


 僕はといえば....生徒会の会議のために少し遅れて帰ることとなる。


 まぁ、慣れてはいるから良いんだが....


 こういう時にはほとんど"彼女"が来る....。


「やあやあ中田じゃないか、今日の調子はどうなんだ? まぁ一緒のマンションなんだからゆっくり帰ろうじゃないか」


 強引に馴れ馴れしく絡むのは、生徒会長である彼女だ。中本は幼馴染であり、小学校から高校まで同じであった。


 ひどい偶然もあるものだ、彼女は男友達にも近い付き合いだから深いことも考えずに昔は風呂に一緒に入ってたこともあったか。


 彼女、中本あずさは美人だ。毎年、何回も告白のために男子がフラれ、帰った現場を幾度となく見た。


 それはコイツが僕と一緒に帰りたがるから、断るのに丁度いいのさ、といつだか言ってたか。


 俺は中本をそこまで注視せず、黙って先にスタスタと歩いていく。


「冷たいじゃないか、中田。 一緒に風呂に入ってた仲だろう?」


「....だから、その話はやめてくれよ! 一年の初めの頃にそれをみんなに言ってからみんながアホみたいにからかうんだから!」


 そう、彼女は男友達のような関係なのだ....だから男女の関係を考えたとしても、僕はそこに入らないだろうと感じていた。





「で、一緒に帰ってる途中に今に至る、と」


 簡単な回想が明け、目の前の中本を見やる。


「どうする? 生徒会長」


「お前がその呼び方をする時は大体、私に問題を丸投げする時だな?」


 そうですとも、このやり取りは結構な頻度でやっている。


「"昼頃からの計画停電のため、エレベーターは停止致します"、ってボタンの上に小さな張り紙ってのは不親切だよなぁ....」


 僕はそう言って小さなエレベーターの端っこの方に荷物を固め、座り込んでいる。


「うーん、まぁ1週間前辺りからポストにお知らせを入れてはいたんだから、予想できてなかった私達にも非はあるさ」


 中本も同じように僕とは別の端っこに荷物を固め、礼儀正しく座り込んでいた。


「今は連絡しても計画停電なんだから救助も望むべきではないだろう、私達は完全に閉じ込められてしまったわけか」


 そう言って中本は暇なのか僕の手前まで四つん這いで近寄ってくる。


「ここで密室殺人なんかが起きれば、すぐに疑われるから辞めておけよ?」


 と言って俺の首に人差し指を押し付ける。


「僕のことなんだと思ってるんだ....」


 僕はあまり反応せず、とりあえずカバンの中にある小説でも読もうかとカバンを漁る。


 すると、中本はそれを見て


「そういえば中田、ここで用を足したいと言ったらどうする?」


 突然の質問に俺は困惑する。


「....水筒ならあるけど....大丈夫か?」


 僕はカバンに突っ込んでいた手で水筒を出し、恐る恐る彼女の前に差し出す。


「中身、まだあるけど....あっち向いてようか?」


 と言うと、中本は水筒をバシッと受け取り、


 蓋を開けて




 中身をごくごくと飲み始めた。


「あぁーーっ!!」


 目の前で僕の麦茶が飲まれていく。


「んっ....ぷはーっ! いやー!いいのどごし!」


 ビールを飲んだあとのおっさんの如く、中本は良い笑顔で俺に空になった水筒を返す。


 僕は呆れながら


「飲みたかったら飲みたいって言ってくれよ、なんでそんな回りくどい....」


「だって遠慮したくないからな!」


 中本は悪びれもせず、堂々と胸を張って言う。


「しかも中田、午前ってことを予期せずに水筒を準備していたろ? 水を入れる容器があるなら中身があると確信していたのサッ!」


 そう言ってまたえっへん、と胸を張る。


 彼女のこういうとこ、賢くてすごいとは思うが、ずる賢い方に振り切っているんじゃないか?


「....水筒、僕も1口ぐらい飲みたかったなぁ」


「ははは、私の間接キスを狙うのもバレバレだよっ!」


「そんなん狙ってねぇ!!」


 はぁ....中本の強引さは断れないところがある。


 いつも親切にはいはいと返事してしまう僕にも一端の責任はあるのだろうけどね....。


「じゃあ、私の飲むか?」


 中本の意外な提案。


「水筒を持ってきてるのか?」


「いや?」


「じゃあどういう....?」


 中本は僕のすぐ目の前まで来て、僕のあごを両手で支えてから


「さっき飲んだ分、私が返そうか?って」


「いやいやいや、それって口移しじゃ....」


「あぁ、間接キスは許さないがな....」


 ちょっちょっちょまてまてまて


 反射的に僕は目を閉じる。


 R18かかっちゃう、かかっちゃう....


 から?


 ん?


 目を開けると目の前で中本は腹を抱えて笑っていた。


「お前、ふふっ....キス顔ブフッ....」


「What?」


 英語のリスニングばりの発音が出来た。


「これは....ネタになるフブォッ!」


「あぁあぁぁぁころしてくれぇぇぇ....」


 多分今、人生の中で1番恥ずかしいかもしれない。




 数分後、生徒会長の笑いが収まった頃、ひとつの提案をされた。


「この停電ってあと何分、何時間続くか分からないだろ? 脱出してみるのも良いんじゃないか?」


 そんな突飛な提案である。俺はそれに対し、


「別にやることは止めないけど....何をするつもりだ?」


 と質問する。いや普通に開くの待たないところも彼女のすごいところだな、悪い方で。


「善は急げ、だ。 よくスパイ映画にある天井から上に抜けるやつ、あれをやってみたい!」


「....それ、脱出より興味が勝ってるじゃないか」


「良いから中田、お前が踏み台になれ!私だけじゃ天井に届かないからな!」


 と言ってエレベーターの床を何回か足でコンコンと叩く。


「はいはい....」


 僕はエレベーターの真ん中に四つん這いをして彼女が乗れるようにする。


「靴で乗るなよ?」


「あぁ、痛そうだしそれで喜ばれるのも困るから辞めておくぞ」


「僕にそんな趣味はないんだが....?」


 中本はぐいっと僕の背中に足を乗せて体重をかける。


 そこまで重くはない。しかも、中本は運動神経がいいからエレベーターの天井の一部を外せると分かると、外して上の方に手をかけた。


 体重がほとんどかからなくなったから四つん這いをやめて立ち上がり、後ろを見る。


 中本の下半身がジタバタしている。


 なんか....これだけ見ると変な気を起こしてしまいそうだが、R18にはならない、安心して、そしてちょっとだけガッカリしておいてくれ。


「おーい、中田、下から押せるか?」


「押せないことはないけど....パンツ見えるぞ?」


「えっ....悪い気は起こすなよ?」


「だから僕をなんだと思って....」


 ガグォォンー


 エレベーターに少し強めの振動が来た。


 停電の期間が終わったのかな? 動き出すような状態なのかも....ってちょちょちょ


 中本の身体が微妙にずり下がって来ていた。


「お、おい中田! 落ちる! というか足場どこ行った!」


「ちょちょ、足場じゃないけど危ない、危ないから....いいや、受け止めるから落ちてこい!」


「は?中田お前、こっちの立場考えてくれ!普通に怖い!というか受け止められるのか?」


「良いから落ちてこい、尻もちつかないようにはしてやるから!」


 中本はジタバタするのをやめ、観念したのか


「....よし、せーので行くからな....」


「分かった、来い!」


「せーっ」


 ズルッ


 ドサァアッー


「おまっ、せーのどこ行った!」


 中本は俺の上に一応着地できていた。


「何言ってるんだ、せーのは"の"で終わりじゃないか!」


「普通は"せーのっ"の小さいつまでタイミング入れるだろうが!!」


 俺は上にいる中本に怒鳴る、その後


「....ケガ、ないか?」


「ああ、丈夫なクッションで良かったよ」


「じゃあどいてくれないか?」


 俺の体勢はエレベーターの床に仰向けで寝ている状況、中本は俺の腰元辺りにまたがっている。


 この体勢は....なんかまずい。


 何かあったらR18タグを付けられてしまうのだ。


 いやそんなことはいい、良くないが


 中本はまたがった姿勢のまま上半身だけこちらに近づけてきて


「中田....今まで言えなかったけど」


 え?この状況で?お前から来るのか?


「中本....その....私と....」




 ポーン


 1階です。


 グォォオー....


「あーやっぱり気づかないで乗ってた人が居たか、ごめんね!おじちゃん張り紙が小さく....て....」


 管理人さんがエレベーターの前でこちらを見て完全に数秒硬直していた。


 そうしてドアが締まり始めるタイミングで


「停電、しとこうか?」


「いや、結構です!」

「いや、結構だ!」


 声を合わせてそう叫んでいた。




「なぁ、中田、さっきはゴメンな」


「まぁ、別に気にしてないから、いいよ」


 結局、階段で上の階へ登っていた。


 いつも偉そうにしている中本が、小さな密室で見せる表情が少し新鮮にも思えた。


 あの中にいたから正直になれた、そんなことも考えられるが、またいつも通りの男友達のような関係に戻ってしまうのかもしれない。


「中本、今度は俺からで良いですか?」


「へ?何がだ?」


「さっき最後に言いかけた言葉ですよ」


 少し緊張して部分的に敬語が混じってしまう。


 階段の途中で足を止め、中本の目を見て


 深呼吸をしてから。


「あずさ、僕と....」


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