第三から第六夫人の娘さんはあなたの妹になるわけだから、仲良く暮らすのよ
千住
俺は高校へ行くために朝めしを食べていた
「再婚して新しい父さんの家に住むとは聞いていたけれど」
俺は焼きたてのスコーンにクローテッド・クリームを塗りながら言う。
「でかくね?」
二十人は並べるであろう長机、その反対端で母さんは応える。
「父さん、石油王だからね」
「初耳」
大きな窓から降り注ぐ朝陽の下で、メイドさんがワゴンで紅茶を淹れている。それを横目に見ながら、俺はスコーンをかじった。
「どうして石油王が父さんに……」
「半月前、パチンコに行った帰りのことなんだけどね」
「母さんパチンコやってたの?」
「この街を視察に来たって言う石油王の一行とすれ違って、そのとき見初められて第二夫人になってほしいって言われたの。相手は石油王よ。どう考えてもこういう暮らしが約束されてるじゃない。二つ返事でOKしたわ」
「動機が不純」
「それで昨日やっと豪邸が完成したから移り住んだというわけ」
「完成はえーな」
昨晩遅くに外からぱっと見ただけだが、リゾート地の高級ホテルぐらいの大きさはあったぞ。
小さな器に卵が刺さっている。食べ方がわからない。俺は諦めて、鮮やかに濁るブラッドオレンジ・ジュースのグラスを手に取った。
「で、ここに俺と母さんと新しい父さんの三人で?」
「ううん。父さんなら国に帰ったわ。ここには第三夫人から第六夫人とその娘さんたちが住むの」
俺はジュースを噴いた。テーブルクロスが赤く染まる。
「はぁ?!」
「全員この街の人だから、知り合いもいるかもね。第三夫人から第六夫人の娘さんはあなたの妹になるわけだから、仲良く暮らすのよ」
「そうなの? 本当に法律上そうなるの?」
「わからないけど皆で相談してそういうことにしたわ。あんたが部屋にこもって妹もののエロゲやってるあいだに」
いろんな意味で動揺を隠せない。そんな俺の右側に、紅茶のカップが置かれる。俺が見上げると、メイドは一礼した。
「よろしくおねがいいたします、お兄ちゃん」
「おまえかよ!!!!」
思わず机を殴る。紅茶のカップがガチャンと鳴った。飛び散った紅茶がアロマと紛うほどの芳香を放つ。
「っていうかなんで石油王の義理の娘がメイドやってんだよ?!」
「母が第五夫人になるより先に私がメイドに内定しておりましたので……」
「そこは別な人を雇いなおさない?」
「拒否しました。ここ、前の仕事の52倍の給料出るんで」
「あ、そう……」
「ということであんなご奉仕やこんなご奉仕もこの妹メイドにお任せください」
「誤解を招く表現はやめてくれる????」
「第二夫人様より妹とのピーがお好きと伺いましたので」
「いろいろツッコミたいけどとりあえず口でピー音鳴らすのはどうかと思う」
ふと遥か向こうにある宝石だらけの時計に目を移すと、待ち合わせの時間になってしまっていた。
「やっべ、それじゃ! 行ってきます!」
「いってらっしゃーい」
「いってらっしゃいませ、お兄ちゃんご主人様」
訳のわからない呼称は無視して家を飛び出す。飛び出すのに5分かかった。
俺は毎日幼馴染と高校に登校していた。引っ越しても一緒に通いたいと言ってくれたから、待ち合わせ場所を変えて約束していたのだった。必死に走る。
「ちょっとー!」
後ろから聞き覚えのある声が。振り向くと、ツインテールを揺らして幼馴染が走ってきていた。短いスカートも危うげに揺れている。
「なんだ、おまえも遅れてたのかよ」
俺は笑いながら立ち止まる。幼馴染はすぐに追いついた。さすが陸上部だけあって、全然息が切れていない。手に持った包みを俺に突き出す。
「はい」
「え? なにこれ」
「お弁当忘れてるわよ、お兄ちゃん」
「おまえもかよおおおおおおお!!!!」
俺は頭を抱えてその場に座りこんだ。
「なにその反応。すでにフラグの立ってる幼馴染が妹になったのよ? 男なら喜びなさいよ」
「それは宗教戦争が起こるからダメだ! というか同じ家に住んでるのになんで待ち合わせ場所を指定した?! そこは部屋まで起こしに来いよ!」
「古典的幼馴染シチュと妹シチュの醍醐味よね」
「マジレスは求めてなかった」
俺は2度深呼吸をしてから立ち上がる。
「まあいいや。とりあえず学校に急ごう! 遅刻しちまう」
幼馴染とかけ足で学校に向かう。途中、いつもすれ違うポニーテールのジョギングお姉さんが通りかかった。今日も大きな胸がゆさゆさと揺れている。俺の視線に気づき、お姉さんは片手をあげて微笑んだ。
「おはよう、お兄ちゃん! 今日も元気そうだな!」
俺は無視をした。
チャイムと同時に教室へ飛びこむ。な、なんとか間に合った。
席につきながら戦々恐々と周囲を見渡す。まさかここにも妹が潜んでるんじゃねぇだろうな……。
しかし誰にも声をかけられなかった。先生が教室に入ってくる。
「出席をとるぞー。相田、飯村、江藤……」
はい、はい、と無機質な返事をしていくクラスメートたち。女子が返事をするたび落ち着かない。朝から走ったせいで全身汗だくだし。
「……渡辺? 渡辺どうした」
「っ! はい! すみません」
思わずぼーっとしてしまっていた。慌てて返事をする。薄化粧でスレンダーな新人教師は、ニカッと笑った。
「朝からどうした、お兄ちゃん」
「おまえもかーーーーーーーー!!!!!」
第三から第六夫人の娘さんはあなたの妹になるわけだから、仲良く暮らすのよ 千住 @Senju
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