ぼくと座敷……わらし?

津田梨乃

ぼくと座敷……わらし?

 小さい頃から、親に注意されてきた。


「もっと友達と遊びなさい」


 学校から帰ると自室に引っ込むか、一人で出かけていくしかしないぼくを心配しての言葉だ。


 友達いるよ。ぼくがそう伝えると、親はホッとした顔をするのだが続けて「今日も一緒に遊んでた」というと鬼のような形相で怒られた。


「あなた、今日も一人で部屋にいたでしょ!」と。


 さすがに、ぼくもおかしいことに気づいた。

 ……中学生くらいになってから。


「お主は、ぼうっとしてるからのう。普通に考えたら言わんじゃろう。親には」

 硯さんは、ぼくの芋けんぴを横からかっさらいながら言った。


「注意してくれればいいのに」

 小学校のころは、何度怒られたかわからない。ぼくが口をとがらせると、硯さんは呆れたように「したよ」と言う。


「『だって硯ちゃんはともだちでしょ?』って、こそばゆいことを言って聞かんかったろう」

 おー、はずかしはずかし。硯さんは、全くもって涼しい顔で手をパタパタさせる。


 その隙にぼくは、渾身の必殺技を叩き込む。


「む。お主、人が手を離している隙に攻撃するとは、卑怯千万」

「飽きたのかと思って」

「笑止じゃ。今日こそ、お主の鼻を明かしてやる」

 ゲームの話だ。今のところ。ぼくの連勝である。


「よし。ハンデをやる。お主は今すぐ茶を淹れて参れ」

「ただのパシリじゃないか」

「つめたいやつな。こおりもいれてな」

「はいはい」

 部屋をでると同時に、ぼくのマイキャラの断末魔が聞こえた。



 彼女は、気づいたらそこにいた。

 ある日、幼いぼくが一人トランプに興じていると、いつの間にか相手がいた。

 なんだか盛り上がった。

 それが硯さんだった。

 全くドラマチックのカケラもない出会いだと思う。


 その正体は、なんと座敷……わらしだったのだ。


「おい、なんで言い淀んだ」

「だって、わらしっていうのも無理ない?」

 ぼくは、持ってきた麦茶をすすりながら言う。画面は、レースゲームに変わっていた。


「なんじゃ、座敷ババアにでも改名するか?」

「極端だ!」

「座敷女だと、ほれ、有名なほらーまんがとかぶるじゃろ」

「よく知ってるね」

 レースは負けた。硯さんの圧勝だった。



 不思議なことに彼女は、成長する。ぼくら人間と同じように。

 おばけは死なない。

 そんな歌をフルスイングで否定するかのように。


 出会ったころは、肩にもかからなかったおかっぱ頭も、今では腰までに達するほどだ。流行りのぼぶへあーじゃと本人は気に入っている。


 丸みを帯びていた輪郭も、徐々に肉が落ち、まるでそれに阻まれていたと言わんばかりに、大きな瞳が際立ってきた。

 身長は…… 残念ながらぼくのほうが高い。出会ったころは、硯さんのほうが大きかったのにね。


「む。失礼な。これでも伸びておるのだぞ。大体お主が意味もなくにょきにょき成長するから、ワシのそれが霞んでだな……」


 少し低いところにある目線を逸らし、ぼくはゲームに戻った。第ニレースが始まる。


 正確なところは知らないが、硯さんは、少なくとも江戸時代にはもう存在していたらしい。いつの世も、子どもから認識されることはあったが姿形は、不変であったという。

「まったく、お主に憑いてから、おかしなことばかりじゃ」

 いつもの文句がこぼれる。そんなときは、お菓子をあげれば、だいたい大人しくなる。

「はいはい。これおいしいよ」

「む。新作か。うまそうじゃ」

 そんなところは、出会ったころとちっとも変わってやしない。



 一度、なぜ成長してしまうのか、話し合ったことがある。ゲームを片手に。

「風が吹いたからかな」

「桶屋が儲からんからじゃ」

「地球温暖化のせいかも」

「びーとどるぽんど現象じゃな」

「ヒートアイランド現象ね」

「お主が、早く新作のそふとを買ってこないから」

「もうすぐ給料日だから待っててよ」

「さんたくろーすのせいじゃ!!!」

「……硯さん。サンタクロースは……」

「言うな!」

 彼女は、サンタクロースを信じている。「西洋の老人風情が、わしに挨拶もないとはなにごとじゃ」と、季節関係なくぶーたれてる。

 要約すると、どうして私にはプレゼントをくれないの、だ。


「同じ赤いなら、なまはげの奴のほうがまだかわいげがある」

「知り合いなの?」

「昔馴染みじゃ」

「案外、サンタさんと仲良いかもよ」

「そしたら、茶でもしばきにいこうかのう」

「なんの話だっけ」

「しらん」

 お互い真面目に考える気もなかった。


 そもそも、座敷わらしは大人になると見えなくなるというのがお約束だ。

 しかし、ぼくは変わらず見えている。ちなみに霊感の類は一切ないのだけれど。今年で17になるのだけれど。


 これについては単刀直入に聞いた。彼女は、軽い調子で答える。


「お主には、からじゃ」

「なにが?」

「術が」

「妖術?」

「妖術言うな」


 彼女いわく、大人が見えなくなるのではなく、見えなくいるのだという。理由は、本人も知らないらしいが、そうするのが暗黙の了解なのだと。だったら、ぼくを放置しておくのは良くないのでは。自分の身より硯さんの身が心配になる。妖怪大戦争とか起きないのかな。


「効かんなら、しゃーないというもんじゃ。よゆーじゃ。よゆー。んなことより、お主それうまそうじゃな。一つくれ」

 ぼくの心配をよそに、雪見だいふくが一つ減った。



「ところでさ。硯さん」

 第五レースも敗北を喫したところで、切り出した。

「なんじゃ」

「相談があるんだけど。というか悩み」

「申してみよ」

「ラブレター貰った」


 ゴトン。

 ゲームのコントローラーが鈍い音を立てて床に落ちた。


「それから明日一緒に出かける」


 ガチャン。

 ガラスのコップも落ちた。幸い中身は入ってなかった。

 告白もされた、と言ったら次は何が落ちるのだろう。ちょっと気になったけど、口にしなかった。


「ほ、ほう。どんな奴じゃ?」

 硯さんは、顔を引きつらせながら聞く。その間も、容赦なく第六レースが始まる。


「同じクラスメイトだよ」

「かわいいのか?」

「え?」

「かわいいのかと聞いておる!」

 なにをムキになってるのだろう。それが気になるの理由もわからない。ぼくは、首をひねりながら、件のクラスメイトを思い浮かべる。


「うーん。かわいいといえばかわいいのかなあ。よくからないけど。女子の間でも人気みたい」

「ほ、ほーう。ほーう」

 硯さんは、フクロウみたいに鳴きながら画面を凝視していた。途端に操作も下手になった気がする。


「ずっと、ぼくのことを見てたんだって」

「ふん。告白としては三流の文句じゃな」


 なぜか硯さんは偉そうだ。「だいたい、めーるや、すまーとほんが普及してるご時世で恋文とは! 時代錯誤にもほどがあるわ!」

 座敷わらしとは、思えない発言だ。

 この間は、なんでもメールや、電子機器で済ませる世の中は嘆かわしいと言っていたのに。


「うるさいうるさい! わしのほうがお主のことはよー知っておる」

 謎の対抗心まで燃やし始めた。たしかに、クラスメイト、下手したら両親よりも硯さんは、ぼくのことをよく知っている。

 もっともすべてとは言い難いけど。


「というか、ちょっと待ってよ。なんでそんなに怒ってるの?」

「怒ってなどおらぬ」

「じゃあ、相談を」

「明日、なに着てけばいいかな? とか聞くんじゃろ! そんなの知らぬ! お主の母上が買ってきた金ピカセーターでも着てけば良かろう!」

 ひどい言い様だ。明らかに母のセンスは否定されている。

 同意だけども。なぜか母のセンスは、ぼくの服にだけ壊滅的な方向に発揮されるから困ったもので。

 ってそうではなく。


「話を最後まで聞いてよ」

「しらぬーしらぬー」

 そう言って、ごろごろ布団を転がる様は、見ていて面白かったが、誤解は解かなければならない。


「その告白してくれた人が」


「しーーらーーぬうー」


「男だったんだ」


「しーらー……なんじゃと?」

「だから。男なんだって」

「……」

「ぼくも驚いたんだけど、どうしたらいいのかなって。さすがに男の人と交際する気はないし」

「さ……」

「さ?」

「先にそれを言えばかものぉ!」

 その時、なぜか我が家は停電になった。




「はあ。全くお主は昔から肝心なことを先に言わんからのう」

 少し落ち着いたと思ったら、今度は頭を抱え始めた。申し訳ない反面、ちょっと反発もしたくなる。

「硯さんはせっかちだからなあ」

「なんか言ったか」

「なんにも」

 こわい。


「それで、明日は男二人で逢瀬なわけか」

「うーん。遊ぶのはいいんだけどねえ」

 そこが悩みどころだ。そういう感情を抜きにすればいい友達になれそうなんだけど。だから無下に誘いを断るのは避けたかった。

 かといって気持ちにも応えられない。絶対に。


「よし」

 硯さんは、なにか思いついたように立ち上がった。


「わしががーるふれんどの役でついていってやろう」

 この美少女がとなりにいるとわかれば諦めるよりほかなろうて、とカラカラ笑う。


「硯さんが?」思わず聞く。

「……嫌じゃろうか」

 シュンという音が聞こえそうなくらい、項垂れている。その早変わりに、ちょっと噴き出しそうになった。

 そんなこと、言うまでもない。言うだけヤボだ。



 本当は知っているんだ。

 硯さんが見え続ける理由も、彼女が成長していく理由も。


 ぼくは、硯さんの少しだけ高くなった目線を逸らしてから、ほんのちょっと喜んだフリをしてあげようと思った。ほんのちょっとだけね。

 本当は、すごく嬉しいんだけどさ。



 なんてことはない。



 恋をしているんだ。



(了)


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