私がある人を好きになるまでの話を聞いてほしい

杜侍音

私がある人を好きになるまでの話を聞いてほしい


──突然ですが、私がある人を好きになった話を聞いてもらいたいです。


 私は女の子から非常にモテます。

 廊下を歩けば花道が出来るし、授業を受けるだけで手紙が年賀状の量ぐらい私の机に届くほど。

 体育で着替える時にはマジマジと見られるし、週4で女の子から告白されるために、学校では恒例行事として親しまれているほどである。


 しかし、私には彼女はいません。

 なぜなら私は女の子だから。

 そしてもちろん、彼氏もいません。


 ここは女子高。全校生徒からは王子様と呼ばれ、先生にもその名で呼ばれるほど浸透している。

 確かに私は中性的な顔で綺麗に整っているし、スラリと手足も長く、背も男性並みに高い。もちろん自慢でもなんでもなくて客観的に見てだけど。

 この身長や控えめな胸はむしろ私にとってコンプレックス。

 私だって可愛い服を着て、彼氏を作ってイチャイチャしてみたい。

 髪を伸ばせば、少しは女の子として扱われるだろうか。

 けれどそれは学校のみんなが許さないだろうし、私は悪くないけど裏切る気がして躊躇っていた。

 きっと、私には普通の女の子のように、人を好きになって恋をするという権利などないと思っていた。



 でも、そんな私にも運命の人が現れた。

 それは私が来年の大学受験に備えて通う塾でのこと。

 消しゴムを落としてしまい、左前に座っていた人の所まで転がっていってしまった。

 消しゴムが転がってきたことに気付き、その座っていた方は拾ってくれた。その時の渡し方が、上からじゃなく下から差し出してくれたのだ。


 ……え、分かりにくい?

 えっと、簡単に言えば、普通は拾った物を渡す時、クレーンゲームのように上からポンと差し出す。

 けれど私の消しゴムを拾ってくれた方は、執事が料理を出すがごとく下から渡してくれたのだ。

 そして一言。


「はい、どうぞ。次は落とさないようにね、盗られちゃうかもしれないから」


 カッコ良くないですか……。え、私だけですか?

 おそらく私はチョロいと思います。そりゃ、今まで女の子として優しく接してくれることはないから、こういった耐性がないんです。


 他にもたくさん私は女の子として扱われることがしばしばありました。

 例えば、塾の授業中です。

 塾は自由席なのですが、偶然にもよく隣になったことがありました。

 ……偶然です。狙ったわけではないです。


 ある日、強い雨風の影響で、塾が停電を起こしました。


「きゃっ!」


 私は思わず高い声を上げてしまいました。

 人前では男らしく振る舞うことが義務の私ですが、昔から暗いところと虫だけは苦手なんです。

 当然、塾内でも私が王子様として広まっています。だから暗闇に怖がっているという醜態を晒すことは出来ませんでした。みんなをガッカリはさせたくない。


 けど、震えている私を見かねて彼は──紺野さんはそっと手を握ってくれたんです。


「え、こ、紺野さん⁉︎」

「しっ、静かに。君も期待を寄せられてるから誰にも助けを求めることが出来なくて大変だよね。でも大丈夫。僕がこの手を離さないよ。幸い真っ暗だから誰にも見られることはない。だから安心していていいよ」


 その時の紺野さんの手はとても温かかった……。

 彼の手は私よりも小さく細いけど、とても大きな安心感がありました。


 彼だけが私を一人の女の子として扱ってくれる。

 身長も体格も私より小さくて、彼も私と同じように中性的な顔立ちをしています。

 けど、彼の中身や行動を見て、彼こそが本当の王子様と言えます。私のように見た目だけではないんです。

 もちろん私も好意を寄せてくれる女の子を蔑ろにはしていませんけどね。


 彼のことを好きになってしまった私は、一ヶ月前のバレンタインデーでチョコを渡しました。

 いつも貰ってばかりだった人生でしたが、私が誰かにチョコを渡したのが紺野さんが初めてでした。


「ありがとう。凄く嬉しいよ。一ヶ月後にちゃんとお返しをしないとね」




 そして、一ヶ月後のホワイトデー。

 私は紺野さんと二人きりで出掛けることになりました。

 私は精一杯のおめかしをして挑みます。



「ごめん、早く来たつもりだったけど、待たせたかな?」

「いえ、全然待ってないですよ……!」


 待ち合わせの時間の15分前に彼はやって来ました。黒を基調とした彼の服装。カッコいい……。


「じゃあこれ。お返しのチョコレート。渡すことに勿体ぶる必要はないからね。今回、初めて手作りしてみたんだ」

「手作りですか⁉︎」

「慣れないことをしちゃったよ。一晩中かかってしまった」


 私のために一晩中……。

 チョコを食べる前に鼻血が出そうです……。


「でも3倍返しだからね。まだまだお礼は足りないよ。どうしようかな、とりあえず色々回ってみようか」


 こうして私たちは当てもなく都内を色々と見て回ることに。


「あ、でも先にお手洗いに行ってもいいですか……?」

「じゃあ、僕も行こうかな」


 私たちはデートの前に、まず最初に女子トイレに入った。


「……って、あれっ⁉︎ え、いやここ女子トイレですよ……⁉︎」

「そうだよ。だって僕は女子なんだから、使うのは当たり前でしょ? もしかして君も僕のことを男だと思ってた?」


 そう彼は、いや彼女は女の子だったんです。

 紺野さんも、別の学校で王子様というあだ名で呼ばれていました。それに伴い一人称も僕になってしまったそう。

 そう、私が好きになったのは女の子。


「じゃあ、まずはどこから行こうか?」

「えっと……服、買いに行きませんか。お互いの」


 私が彼氏役なのか彼女役なのか、相手が彼女役なのか彼氏役なのか──

 それは分かりませんが、必ず私はこの気持ちを紺野さんに伝えようと思います。


「じゃあ行こうか」

「……はいっ!」


 紺野さんに手を引かれ、私はそれを強く握り返しました。


 これが、私がイケメン女子を好きになるまでの話。あなたにとって面白い話でも、刺激溢れる話でもなかったかもしれません。

 けれど、誰かを好きになるときって意外とつまらない所から始まるものなのです。

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