君が殺したの?

黒神 心

僕じゃないから。

「あら。見つかってしまったわね」

 彼女は悪戯のばれた子供のような笑みを浮かべた。担任教師の死体を背にして。


 僕は早起きが好きだ。その理由は他人より早く起きるという優越感があるからでもあり、人のいない早朝の景色が好きだからでもある。そのおかげでいつも教室に着くのは僕が最初だった。今日までは。


「これ、どういうこと?」

 ポケットに手を突っ込みつつ努めて冷静に尋ねる。驚愕が悟られぬように。まさか僕より早く来ているクラスメートがいるとは思わなかったし、担任教師が死んでいるとも思わなかった。

 無言で微笑む彼女は、クラスの中でも一、二を争う美少女だ。しかし普段から全然喋らないので、その美貌の割に影が薄い。

 同じく無言で倒れている担任教師は男性で、女子を贔屓し、男子には理不尽なことを言いつけることで有名だった。勿論のこと僕も彼があまり好きではなかった。

「君が殺したの?」

 担任教師はうつぶせで倒れて血を流している。たぶんもう息は無いだろう。

「そうよ。私が殺したの。だから、この状況をどうにかするのを手伝って欲しいわ」

 そう言うと、彼女は僕に凶器であろうナイフを向ける。ナイフは僕の首の頸動脈辺りすれすれでぴたりと静止した。面倒なことになった。一番正しいのは彼女から逃げて警察に電話することだ。けれど、そうしたら僕は彼女のナイフの餌食になり、二人目の犠牲者になる。彼女は殺人犯だ。何をされるか分からないし、ここは大人しく従った方が良いだろう。

「どうにかって……、なにか案は無いのか」

 僕は両手を挙げて問い掛ける。すると彼女は笑顔で僕に礼を述べ、言った。

「あるわよ、案なら。ここ最近話題の、連続殺人犯。知ってるかしら。その犯行に見せかけようと思うの」

 ナイフはいまだに僕の首すれすれにある。下手に体を動かしたらすぱっと切れそうだ。僕の首が。

「分かった。じゃあナイフをどかしてくれないか」

 彼女はしばらく悩むと、ナイフを僕の首から離した。

「連続殺人犯の手口、知ってる?」

「首を切って殺した後に、体のどこかにアルファベットを刻むんだったよな。延々ニュースでもクラスでも聞くのに、この街で知らない奴がいると思ってるのか」

「そんなことないわ、念の為よ。それにしても都合の良いときに連続殺人がこの街で起こってるものね」

 僕はため息をつくと、彼女に何をしたら良いのか問うた。

「取りあえず、体にアルファベット刻むの手伝ってくれないかしら? そのために服を脱がせたいのだけど、重くて。あ、アルファベットは腹に刻もうと思うわ。平坦で刻みやすそうだし」

 僕が担任教師の服を脱がして、腹を露出させる間、彼女は殺すまでの経緯を語った。

 どうやら彼女は担任教師に犯罪すれすれな嫌がらせを受けていたらしい。成績を下げると脅されて、彼女は何もできなかったそうだ。しかし今日、朝早くに呼び出された彼女は、担任教師に、とても承諾できかねる事をしろと言われた。彼女は断ったのだが、担任教師は凶行に及ぼうとした。そこでとっさに近くにあったペーパーナイフで刺してしまったらしい。それが運悪く太い血管を切ってしまい、焦った時にはもう死んでいた。そこに僕が来たという事だ。

「これで良いだろう」

 シャツを脱がせた担任教師は意外と痩せていた。腹に贅肉がそんなに付いていなかったのだ。

「ありがとう」

 彼女は四苦八苦しながら、平坦な腹にアルファベットをナイフで刻んでいく。


 最終的に、彼女はそのペーパーナイフから綺麗に指紋を拭い、死体の横に置いた。

「本物の殺人犯が怒るかもね」

 そして、こう言って笑った。

「どうだかね。この後どうするんだ」

「職員室に行ってくれる? 担任が死んでますってね。私は、ここで気絶してるわ」

 そろそろみんなが登校して来ちゃうし、早くね。と彼女は付け加えて、その場に倒れた。その気絶が演技なのかそうでなかったのかは僕には分からなかった。


 その後の話。教室を出た僕はまず、ポケットに入れてあった携帯の動画の録画を停止した。そして、迷わず警察を呼ぶ。彼女には申し訳ないけど、これは僕の為だ。たぶん警察はこれを連続殺人犯の仕業とは思わないだろうけど、もしかしたらということもあるかもしれないから。


 だって、やってない余罪が増えるのは嫌じゃないか。この殺人は、僕じゃないから。

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