(9) 水神祭編【5】
「あんたさぁ付喪神だっけ。なんかさぁ、人間じゃないやつが巫女とか気持ち悪いんだけど」
神殿の食堂で質素な昼食を摂っていたクロームのテーブルを、先輩巫女の三人組が腕を組んで囲んでいた。半歩ほど前に出ている中央の金髪がおそらくリーダー格だろうが、クロームにはそんなことは分からなかったし知っていても興味はなかったであろう。
「うん、ボクは付喪神。付喪神になったばかりだよ」
クロームがパンをちぎって食べながら三人組を見上げると、横の黒髪がテーブルを叩いた。
「おい、先輩が喋ってるのに食べ続けるってどんな神経してんだよ」
「謝りな」
茶髪の先輩巫女もクロームを睨めつける。
「謝る?」
「そうだよ、悪いことしたら謝る、そんなの当たり前だろ。ごめんなさいって頭下げな」
「そうか、ごめんなさい」
クロームは無表情のまま頭を下げる。しかしその頭を茶髪が押さえつけさらに深く沈めたものだから、クロームの顔は皿に盛り付けられた炒り卵の海にダイブするはめになった。が、彼女はそんなこと気にもしない。そもそも理不尽という概念をクロームはまだ知らない。
どんな世界にもいじめや差別はある。戦争がなくならないように、思考できるほどの脳の容量が確保されている限り、それはどれだけ進化しても不変であり、世界は常に不公平の上でバランスを保っている。だからこそ、どんな世界でも優しさや温もりが光り続けるのかもしれない。
クロームも付喪神という異質な存在であるが故に標的にされる毎日であったが、彼女はふたつの幸運によってその難をうまく逃れていた。ひとつはなりたての付喪神であったために感情が乏しく、それをいじめと認識できていなかったこと。そもそもいじめの概念を知らなかったに違いない。そしてふたつめは──
「こらあ!ちょっとあなたたち何やってるのよ」
そう叫びながら飛んできたのはフォステリアだ。
「げ、チューリップ……」
「先輩でしょ」
フォステリアは睨みつける。
「……先輩」
「そもそもフォステリアと言う立派な名前があるんだけど」
「フォステリア先輩……」
フォステリアが腰に手を当てると、三人組は気まずそうに一歩後退した。
「クロームにこんなことして、あなたたち恥ずかしくないの」
「わたしたちは別に……先輩として注意しただけだし」
黒髪が伏し目がちに答える。
「先輩なら先輩らしい振る舞いをしなさい」
金髪は悪びれる様子も見せずに、舌打ちをして踵を返した。
「二人とも行くよ」
三人組の後ろ姿に厳しい視線を送ったあと、フォステリアはハンカチでクロームの顔を拭く。
「大丈夫?」
「うん、この炒り卵は美味しいよ」
「そうじゃなくって」
フォステリアが白い歯を見せたが、クロームには彼女が微笑んだ理由はわからなかった。
「はい、これでよしっと、炒り卵は顔で食べるものじゃないんだからね」
「うん」
するとフォステリアはクロームの額を指でつついた。
「違うでしょ、こういう時はうんじゃなくって、ありがとうよ」
「ありがとう?」
「そう、でも疑問形じゃ威力半減なんだから、さっもう一度」
「ありがとう……フォステリア」
「うん、よろしい。何か困ったことや分からないことがあれば、すぐにこの素敵な先輩を頼りなさい。あなたはもう、この神殿の仲間なんだから」
「ナカ……マ?」
「そうよ、仲間」
「うん……良くわからない、ごめんなさい」
「いいのよ、そのうちわかるようになるんだから。仲間っていいものよ、仲間がいればどんな辛いことだって乗り越えられる。仲間のために頑張ることだって出来るんだから」
──ふたつめは、先輩の巫女にフォステリアがいたこと。これが彼女にとっての最大の幸運だった。フォステリアも言わば異質の巫女で、彼女は花──それもチューリップの妖精族だ。異質であるからこそまた、クロームの立場が良く理解出来たのかもしれない。
「そう言えば──」
クロームは乱雑に飛び散った炒り卵を綺麗に食べ終え、思い出したように言った。
「フォステリアはおかずをみんなの三倍くらい大盛りにしてもらってたけど、それも仲間のために頑張ってるの」
フォステリアは笑顔のままクロームの肩を強く掴み、
「次それ言ったらぶっ殺すから」
クロームは、目が笑ってないと言う表現方法をこの時初めて覚えたのだった──。
「仲間──」
その意味は今でも良く理解出来ていない。しかし、仲間のためになら頑張れる、とかつてフォステリアから教えられていたクロームは、今がその時ではないかと思った。そして、バットガールと正々堂々と戦いたいと言う、新たに芽生えたこの思い。
おそらくこれが最後の攻撃になるはずだ。バットガールにはもう魔力がほとんど残ってない。彼女自身、あの空を跳べるスキルは三回が限度だと言っていた。あれがある限り、例え空中でもクロームの銃撃は回避する可能性があるが、ならば、あのスキルを三回使わせてしまえばクロームの勝利は揺るがない。何故なら、彼女には奥の手が残されているから。
「ボクは勝つ。仲間のために」
バットガールがこちらに向かって走り出すのが見えた。
クロームはガルーダベヨネットを自分の前方に回り込ませる。そして、銃弾を放った。
× × × × ×
まずは、クロームの攻撃を受けること。そして三秒間わたしの攻撃はギリギリまで溜めて一気に解き放つ!
”踏み出す
シンフォノアは魔法を発動させる。と同時に周囲の水ポコロンが両脚に集まり、太ももに予め施された魔法陣が浮かび上がると、くるくると回転四散したのち、彼女の身体を魔法によるエンハンスコーティングが覆った。
水属性のエンハンス魔法。その中でもかなり特殊なもの。この魔法は発動してから三秒間、歩いた歩数分、身体能力や攻撃力を大幅に強化することができる。最大で十五歩、それだけ歩ければ魔法の効果も最大となる。
「さあ、ついに最後の攻防の幕が切って落とされましたぁ。最終対決、先に仕掛けたのはクロームだあ!」
会場に白ウサギの実況が響き渡り、客席から一際大きな歓声が沸き起こった。
正面に対峙したガルーダベヨネットが火を噴く。シンフォノアはなるべく体を左右に振りながら距離を詰めていく。人の動体視力は横の変化には強いが縦の速い動きには比較的に弱い傾向がある。左右に揺さぶりをかけた後、スキルを使った二段ジャンプで先程のようにクロームの背後を取れれば──。
銃弾が左腕を掠めた。
『三』
左前方で例のカウントダウンが始まる。泣いても笑ってもこの三秒間で決着がつく。
クロームの弾幕をいくらか浴びつつも、シンフォノアは距離をあと数メートルという所まで詰めた。
十歩──
(よしここ!)
弾幕をまたぐように、シンフォノアの体は宙を舞った。
高く、もっと高く──!
”空を支配する
空中で踏み出した十一歩目はスキルの力でしっかりと踏み込まれ、さらに高く、前方へとシンフォノアの体を運ぶ。正面にしか撃てないガルーダベヨネットの銃弾が届かない空へ──
──その、はずだった。
が、ここにインフォノアの誤算があった。
クロームが見上げるよりも早く、ガルーダベヨネットがその機体を垂直に傾けたのだ。無論、クロームの奥の手はこれではないが、シンフォノアは知る由もない。
(そんな……垂直のまま飛べるの!?)
予想外の対空砲火を受け、シンフォノアの体は失速。
『二』
(しまっ……!)
さらに追撃の弾幕が来る。
(もう背後は取れない……でも諦めない、わたしは最後まで……!)
シンフォノアは二回目のスキルを使い、十二歩目を強く踏み出すと同時に鉄球を力強く投げ下ろしていた。
「当たってぇっ!」
エンハンスの効果は鉄球にも効いている。だから、当たれば十二歩時点での高められた攻撃力をのせたダメージをクロームに与えることができる。ダメージ量だけで言えばシンフォノアが受けた銃弾のダメージよりも遥かに大きいはずである。
つまり、当たれば勝ち。
が──
クロームが避けるまでもなく、無情にも鉄球はその背後へと姿を消していった。
『一』
ふいに、天を向いていたガルーダベヨネットの機体がその形状を瞬時に変える。鳥をさらに銃寄りのデザインにしたかのようなシルエットの、翼のようなものを左右に浮かせた銃剣のフォルムへと。
それがいつの間にかクロームの右手にあった。
彼女は静かに、だが勝利を確信したかのような輝きをその目に浮かべ言う。
「これがボクの奥の手。ポコロンを大量に使うから何度も撃てないけど、当たれば銃弾よりも痛いと思う。この距離なら確実に当たるけれどね」
大型銃剣の両翼が煌めき、そこから巨大なくちばしのような銃口へと光が収束していく。
「ごめんね、これでボクの勝──」
しかし、クロームの奥の手が放たれることはなかった。
突然、彼女の体を激しい衝撃が襲ったからだ。
それは背後から、普通なら来るはずのない衝撃だった。何故そこから、と思ったかもしれないが、クロームの表情に別段動きはなかった。
背後から彼女を襲ったのは鉄球──シンフォノアが先程放ってクロームの背後に落ちていったはずの鉄球だった。
クロームの体はその衝撃で前方に投げ出され、大型の銃剣もその手を離れ地面に転がり落ちる。銃口に収束していた光は刹那で拡散、消えた。
『0』
同時にカウントダウンも消え、それと入れ替わりに大型モニターに勝者の名前と数字が表示された。
体勢を崩していたシンフォノアはなんとか着地をする。
そして、モニターを見て大きく、ゆっくりと息を吐き出した。
「ついに決着!なんとダメージは圧巻の87344ポイン!第一回戦の勝者はぁ、バットガールだぁっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます