(7) 水神祭編【3】
《巫舞奉納におけるルール》
①試合時間は一律二十分、決勝戦のみ三十分とする。
②試合開始時間より十分経過しても対戦相手が現れない場合、舞台上にいる巫女の勝利とする。双方現れない場合は両者失格扱いとし、これが決勝戦の場合、その年の優勝者は不在とする。
③試合はポイント制により勝敗を決し、二ポイント先取した者が勝者。ただし決勝のみ三ポイントとする。
④攻撃がどちらかに当たった瞬間から、三秒間を判定猶予時間とし、時間内に最も大きなダメージを与えた側に1ポイントが付与される。ただし一定値以上(ダメージ値10000ポイン※)のダメージが計測されなかった場合、これを無効とする。また攻撃間隔が0.5秒以内の攻撃はすべて連続攻撃(コンボ)とみなしその合計をダメージ値として加算する。
⑤試合終了時間を経過しても二ポイント(決勝は三ポイント)を先取した者がいない場合、自動的に10分間の延長が行われる。そこでも決着がつかない場合、与ダメージ値の総合計が高い巫女の勝者とする。
※ダメージ値の単位。
☆ルール補足
試合開始前に、出場巫女には魔法によるコーティングが体全体に付与(このコーティング術式には一時間以上かかるため、出場巫女は集合時間に余裕を持って来場すること)される。これはあらゆる攻撃を吸収緩和し、その衝撃を和らげるとともに、受けたダメージ値を自動計算、会場の大型スクリーンにリアルタイムで表示させるための複雑な魔法である。斬撃系の攻撃でも身体に切断等の影響は出ないため、武器の持ち込みも可とする。また、攻撃を受けた瞬間から巫女の頭部から斜め前方に三秒をカウントダウン表示をする長方形の半透明な小型スクリーンが浮かび上がる。なお、このスクリーンはいかなる改変も無効、また停止、破壊することもできない。
× × × × × × ×
「さあ、ついに始まりました。水神祭のメインイベント、今年の最強巫女を決める巫舞奉納の幕開けです!司会は実況も努めますわたくし白ウサギのシェリル、そして解説には謎の忍者、飛影丸さん!」
舞台から離れた解説ブースの前で、リボンのついたシルクハットにタキシードという出で立ちの白ウサギが、可愛らしく飛び跳ねながら高らかに巫舞奉納開始を宣言した。獣人族の中でも白ウサギは猫系の獣人と並ぶ人気を誇り、数年前からこの巫舞奉納では白ウサギのシェリルが司会に抜擢されていた。
「さあ飛影丸さん、一言どうぞ!」
シェリルがマイクを向けると、ブースのデスクに座り青黒いメカニカルな忍者衣装に身を包んだ飛影丸は、目元まで覆ったヘルメットのような頭巾の下で無愛想な口元を動かした。
「分身の術を見せてやろうか」
「さあ今年もこのセリフから始まりました巫舞奉納、誰だこの無能ヤローを今年も解説に呼んだやつは!さあ続きまして、最近ヒットチャートを賑わす、ご存知アイドルグループ『ポコの坂47』からの派生三人組ユニット『
ドロシーがブースから出てくるとポップな曲が会場に大きく鳴り響いた。赤毛の三つ編みツインテールとトレードマークの大きなリボン、そしてアイドルのお手本みたいなひらひらしたスカートに身を包んだ彼女はブースから飛び出すと、両手を振りながら『極幻虹結晶』今年一番のヒットソング『妄想ポコラー』のサビを歌い、
「みんなー、ドロシーだよぉ。今日もキュラアラルハートでみんなのココロをプリティーキュアーっ!」
と笑顔を振りまいた。
「いやあ今日も嘘くさいほど可愛いですねドロシーちゃん!今日は他のメンバーさんはどうされました、人気ひとりじめするために毒殺でもしましたか」
「やだもーウサちゃん毒舌ー。ノアは別のお仕事だよぉ。そしてデネブは…もう知ってるよね、彼女は今日が巫舞奉納デビュー戦だから、みんな応援してねー!よろしくキュアキュアー!」
ドロシーが手を振る度に観客席に興奮の波が押し寄せる。
「さすがアイドルは違いますねオーラとか化粧の濃さとか。観客席にいるファンの何パーセントがサクラなのか気になるところですが……さてネクラ忍者マンは置いといて、本日はわたくし白ウサギのシェリルと『アルみず』ぶりっ子担当のドロシーちゃんで盛り上げていきたいと思います!では早速、巫女の入場ぉっ!」
「よし!」
アナウンスを聴いて、バットガール──もといシンフォノアは、両手で頬を叩き気合を入れると舞台の中央へ歩いていった。
彼女はあがり症である。
知らない人が大勢いる前では緊張して喋れなくなったり体が硬直してしまったりする。集中していればある程度は大丈夫だが、初めての場所、初めて見る人の前では余計にあがり症が悪化してしまう。しかも巫舞奉納は最長で二十分間も衆人監視に晒されることになる、耐えられるわけがなかった。
昨年の巫舞奉納デビュー戦は、そのあがり症のおかげで文字通り何も出来ず、その場からほとんど動くことすら出来ずに舞台から降りることになってしまったのだ。その屈辱を晴らすためにも、あがり症根治に向けて様々な方法を試みたが、しかし半年経っても結局治ることはなかった。
そこで悩みに悩んで出した答えが──
そう、バットガールになること。
バットガールとは絵本に出てくる正義の味方、いわゆるスーパーヒロインである。子供の頃からバットガールが好きだったシンフォノアは、そのコスプレをして街中の掃除をしてみたりそのセリフを真似したりしていたのだが、バットガールになっている間は恥ずかしさもなく、むしろ妙な高揚感さえあった。
だからバットガールの姿なら、と考えたのだ。そして今、その企みは成功していると言って良かった。
(わたしはバットガール、わたしはバットガール……正義の味方……よしいける!)
頭にコウモリの耳、顔には正体を隠すための黒いヴェネチアンマスク、背中の左右にはそれぞれコウモリの翼を、魔法により具現化している。一度に複数の具現化は難易度が上がるが、事前にやっておけば問題はなかった。
向こう側から歩いてきたクロームとわずか数メートルの距離で対面した。
(あの付喪神はわたしが昨日会ったシンフォノアだと気付くだろうか……)
「さて巫舞奉納Aブロック第一回戦、舞台に対戦者が揃いました!」
シェリルの声が舞台に響く。
「北サイドは今回初参戦となる殷雷の神殿、もちろん初参加となる巫女、付喪神のクローム!雷の神殿の巫女、属性的には水に対して有利ですよぉ。武器は未所持のようです」
水の神殿がメインとなる祭のためあまり歓声が上がらないが、クロームは特に何も感じていない様子で、ただ静かにシンフォノアを見つめていた。
「そして南サイドは巫舞奉納常連、海皇の神殿からこれまた初参戦、バットガールぅ!わたし子供の頃絵本で見ました、まさしくあの格好はスーパーヒロインバットガールそのものです。果たして絵本の世界から抜け出してきたのかただのコスプレか。武器はチェーンのついたトゲトゲの鉄球、これまた絵本通り!謎のコスプレイヤー、バットガールの実力やいかに!?」
ここで盛大な歓声が上がった。シンフォノアのことを知っている観客はほとんどいないはずであるが、バットガールは有名な絵本である。彼女のことはほとんどの人が知っているはずだ。
鼓動が高鳴る。だがこれは緊張からくるものではない、高揚感だ。大丈夫、できる、動ける、戦える。
「では巫舞奉納一回戦、はじめーっ!」
(よし、最初から全力でいくよ!)
シンフォノアは地を蹴った。クロームは昨日披露したあの鳥の乗り物を瞬時に具現化して飛び乗った。
「おおーっと、クロームは鳥のようなものを具現化。空から攻める作戦でしょうか」
予想通り。しかし手の内を知っているアドバンテージは大きい。このまま空高く逃すわけにはいかない。シンフォノアは魔力を高める。
(スキル発動!)
”空を支配する
シンフォノアは何もない空を蹴り、一歩、二歩、空高く駆け上がる。
クロームが気づいた時には既にそのはるか頭上にシンフォノアはいた。
「先制貰うよ!」
彼女は鉄球をクローム目掛けて投げ落とす。鳥を駆って回避行動に出たクロームだったが、鉄球がその腕を掠めた。と同時にシンフォノアとクロームの斜め前に小型スクリーンが現れた。
「早くもバットガールの攻撃がヒットー!」
『三』
カウントダウンが始まる。
(よし、当たってた)
クロームを掠めた鉄球が鳥の翼に落ちる。機体が傾き、バランスを失ったクロームは宙に投げ出された。
”踏み出す
シンフォノアはそのまま落下せず、下向きに姿勢をくるりと反転させると今度は天を蹴った。さらに二歩蹴り出し加速。
『二』
(短いけどいけるはず。お願い!)
シンフォノアは右拳に力を込め、四歩目を蹴り出すと同時に、宙に浮かんだクロームの腹部に目掛けその拳を振り下ろした。武術は苦手だったが、この一年エキドナやロンギヌスとの組手で修行を積んできたのだ。自信はある。
「うおぉっ!」
「おおっと、ここでさらに追撃、雄叫びを上げながらバットガールの右ストレート!ただのパンチが炸裂ぅー!地味なただのパンチがぁっ!」
クロームの腹部が波打ち、彼女はそのまま落下──はしなかった。ダメージはあったようだが、やはり魔法コーティングが効いてるのだろう、空中でくるりと回転すると落下の衝撃を和らげて着地していた。
『一』
シンフォノアもふわりと着地する。
『0』
小型スクリーンが消え、舞台横の大型スクリーンに今の攻撃のダメージ値が表示された。
《バットガール・10812ポイン》
観客席から歓声が上がる。
「やりました、先制はコスプレバットガール、正義の拳で一ポイント先取ーっ!」
ふう、とシンフォノアは息を吐き出し、控えめにガッツポーズをとった。やった、戦える、わたし動けてる!でもあのダメージ、魔法使ってなかったら危なかったよね。
「こらー!」
見ると観客席からフォステリアが叫んでいた。
「クローム、あなたも攻撃しなさいよ!見てるだけじゃ負けるんだからね!」
クロームは地面に落ちた鳥の乗り物と自分の腹部を交互に見やっていたが、「あそうか、忘れてた」と無表情のままフォステリアのいる方向を向き、
「攻撃していいんだった。今思い出したんだ、ごめん。そう言えばフォステリアは試合前なのにクリケット饅頭を五個食べてた」
そこで観客席にどっと笑いが起きた。顔を真っ赤にしたフォステリアは、
「何言っちゃってるのよアンタ!そこは思い出さなくていいのよ!あ、あとで覚えときなさいよクロームぅ!」
「うん、頑張って覚えておく。ところでキミ──」
クロームは試合中だと言うのにスタスタと無防備にインフォノアに近づいてくる。
「キミの魔力の質はどこかで感じたことがある。どこだったかな。あと、さっきの空を歩くのは昨日見た。キミは誰?」
(うわぁ、気づかれてた。そりゃそうよね。でも……)
「わ、わた……」
「ワタ?」
「わたしはバットガール、正義の味方よ。今からあなたを懲らしめるんだから」
と、悪人に啖呵を切る絵本のバットガールを真似て、クロームを指さす。
「ふうん、そうか、じゃあキミは知らない人だ。知っている気がしたけどたぶん気のせい。でもバットガール、知らない人ならボクはキミを全力で攻撃できる。セイメイも言ってた」
そう言ってクロームは手のひらをインフォノアに向けた。
その瞬間、空間が歪んだような感覚にインフォノアはとらわれた。そしてすぐに体から力が抜けていくような脱力感。なにこれ、体の内部が重くなっていくようなそんな感覚。しまった、ポイント先取出来たからって油断してた──!これ……は……。
「ごめんね、勝つのはボクだ」
無表情なクロームの目に輝きが宿った。
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