(5) 水神祭編【1】

 神殿からのなだらかな傾斜を下り、村の中心を走る大きな通りを抜けてしばらく森を歩いていくと、それはある。

 水神祭一番のイベントである巫舞奉納が開催される巨大な闘技場。階段式の観客席が正方形の石造りの舞台を円状に取り囲んだオーソドックスなものであるが、よくある闘技場とは違い、舞台の周囲に深い堀が作られ、そこになみなみと水がたくわえられている。さらに舞台の四隅には大きなかがり籠が設置され、開催当日には煌々と火が灯されることとなる。これは舞台上の火と水それぞれのポコロンを増やすためであり、また火や水を直接戦いに取り入れることもできるという、言わば戦略に幅を持たせるための配慮でもある。

 水神祭初日にはまずここで巫舞奉納の開会式──ヴァルマによる巫舞奉納の説明と挨拶から始まり、前回優勝者の宣誓、参加者によるトーナメント抽選等──が行われるのが通例であり、それが祭開始の合図でもあった。

 水神祭の期間は一週間。その間に様々なイベントが開催され、各地から訪れた観光客を楽しませることになる。巫舞奉納自体は初日に開会式、翌日に初戦をした後は、それぞれ一日おいて二戦目、最終戦、そして水神祭最終日には閉会式が執り行われ祭りの閉幕を迎える。間に一日休息日を設けているのは失ったポコロンを十分に補給し万全の体制で臨めるようにするためでもある。

 サラスヴァティーを除くいつもの神殿の面々も勿論無事に開会式に参加し終え、今は闘技場前の広場で賑わいを見せる屋台を巡っていた。


「でもさ同じブロックじゃなくて良かったねー、アイリス」


 イーサはトーナメント表の書かれた紙を見ながら肉野菜入りのクリケット饅頭を嬉しそうに頬張る。

 うん、とアイリスは頷いてイーサの手元を覗き込んだ。

 

 以下がトーナメント表の内容である。


 Aブロック第一回戦

 《バッドガールVSクローム》

 Aブロック第二回戦

 《イーサVSアトラス》

 Aブロック第三回戦

 《ロンギヌスVSシェンメイ》

 Aブロック第四回戦

 《フォステリアVSデネブ》

 Bブロック第一回戦

 《キダクVSリリー》

 Bブロック第二回戦

 《エキドナVSヒメツル》

 Bブロック第三回戦

 《フレイVSアイリス》

 Bブロック第四回戦

 《ランスロットVSアモウ》

 

「えーと、わたしがBブロックでイーサがAブロック、キダクさんはBブロックかぁ」

「当たるとしたら決勝戦だよ!」


 シロが飲んでいた瓶入りのサイダーを吹き出した。


「な、何言ってるの勝てるわけないの。初参加、しかも最年少巫女なのに生意気なの」


 苦笑するキダクの背中から顔を覗かせ、クロは小声で囁く。


「が、頑張って二人とも…」

「クロちゃんありがと!うん、頑張るねわたし!」

「ちぇー、二人は楽しそうでいいよなぁ。オレも巫女だったら出れたのに」


 ぼやくシャルヴにイーサは、


「だからシャルヴも巫女になろうよって誘ったのにー」

「でも師匠に止められてるんだよな何故か知らないけど」

「なんでだろ、シャルヴ強すぎるからかな」

「え、そうかな強いかなオレ?」


 シャルヴが照れたように言うと、キダクは冷静にトーナメント表のある部分を指さした。


「シャルヴも強いと思うけれど、この方はもう五年連続優勝してるのよね」

「あ、女王…シェンメイさん」

「女王?」

「シャルヴは──あ、勿論シロちゃんもクロちゃんも知らないよね」


 アイリスは近年の巫舞奉納最強巫女の説明をした。

 『女王シェンメイ』

 他者を寄せ付けない圧倒的な戦い方とその美しい容姿からいつの間にか女王の名を冠された巫女──。


「そう言えばキダクさんも今年初参加ですよね巫舞奉納」


 アイリスは思い出してキダクを見上げた。今日は巫女服ではなく東国の民族衣装と言われているユカタにゲタという格好で、いつもは下ろしている美しい黒髪を纏めあげている。大人の女性という雰囲気がもうこれでもかと周囲に拡散されて、水神祭の仕事に忙しい神官のラヴィも今朝は鼻の下を伸ばしていたし、すれ違う男性のほとんどは振り返ってキダクを二度見していた。

 そして、キダクが子供用のユカタも持っているということで、実はここにいる全員借りていたりもする。初めて着るシンプルな花柄のユカタは新鮮で可愛くて、裾が狭いので歩きにくくはなるけどそれがまた可愛らしい歩き方にならざるを得なくて、とにかくアイリスは一目で気に入っていたし、来年は自分でユカタを作ってみようと密かに考えていたりもした。イーサはと言うとユカタの可愛さよりもクリケット饅頭のことで頭がいっぱいのようであったが。


「ええ、昨年までは水神の神殿にも先輩さんがいたから、あの方に巫舞奉納はお任せしてわたしは辞退させてもらってたわね」

「あ、そうかあの巫女さん辞めちゃったんですよねウチの神殿」

「先輩さんも強かったけれど、シェンメイさんには一度も…ね」

「でも属性的にあの巫女さんの方が不利だったんじゃなかったっけ」


 とイーサが視線を斜めにすると、うーんとキダクも一瞬だけ上の方を見た。


「確かに先輩さんは火属性の魔法を得意とされてたわね。でも、それ以前の問題だった気がするかな、たぶん。まあ、強いて言えば戦い方の相性の問題かしら」

「ふーん」

「要するにその女王さんは強いってことだろ?いいなぁ、楽しそうで」


 シャルヴはまたちぇーと口をとがらせる。


「今から巫女になれば間に合うかもよ?」


 アイリスが提案するとシャルヴは、


「いや、やっぱいーや。巫女になったら神殿の仕事しなくちゃいけないもんなぁ」

「それはただのナマケモノなの」

「ナマケモノタイプ…です……」

「あらまあ、それじゃダメね。ウチの神殿、けっこう忙しいもの」


 キダクが口元を押さえてふふっと上品そうに笑った。

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