(2)

 ──時は遡り二日前の神殿執務室。


「それで、転生した戦友を見つけて何をなさるおつもりですかサラ様」


 神と神官を怪訝そうに眺めるキダクが部屋を去るのを待ってから、ヴァルマは頬をさすりながら訊いてきた。


「ふむ…」


 サラスヴァティーは思案するように腕を組む。話して良いものかどうか…。神の秘密の一端を。が、彼女はすぐに思い直し、


「神の転生にはふたつのルールがある」


 と人差し指を立てて見せた。


「ひとつめは通常の状態で死亡しそのまま転生した場合じゃな。神とて不死身ではない。心臓、もしくは脳を再生不能なまでに破壊されれば神とて死ぬ。が、その場合は自分で転生できる時と場所を選ぶことができ、瞬間的に転生が行われるのじゃ。神は何年後に転生するかでその容姿が変わる、二十年後に転生であれば二十歳の容姿を保ったまま転生先に選んだ場所に突如現れることとなる。もっとも二十歳を越えればその後数百年は容姿の変化はないから二十年以降に転生する意味はないと言って良いの。理論上は死んだ瞬間にも復活転生することが可能じゃが、その場合は0歳児、すぐに死ぬのがオチじゃから今まで試した者をないはずじゃ。問題はふたつめ──」


 サラスヴァティーは指を二本立てた。


「世界の理を変えるほどの強力な能力を使用、あるいは自身の能力を第三者に分け与えた。この場合、神の心臓は徐々に消えていきやがて死に至るのじゃが、転生できる日時も場所もランダムに決められ、能力こそ消えはせんが記憶を封印されたうえで人の子として転生させられる。これはある意味神に課せられたペナルティじゃな。神の使命が世界の秩序を保つことゆえのセーフティーとも言える」

「つまり、転生された親友──シャルヴ様は」

「シャルヴで良い、本人は神であることさえも忘れておるからの。もっとも本当の名は──いや、今はそれは良いか」


 ヴァルマは複雑な表情を見せたが、咳払いをひとつして、


「つまり…シャルヴ…あの子は強大な力を使用したか能力を誰かに分け与えたかをした、と」

「そのどちらもじゃ」


 サラスヴァティーは悲しげに表情を曇らせる。


「百年前の魔塔大戦を終わらせるためにの、禁忌を破ったのじゃあやつは」

「それでサラ様は、いつどこに転生するかもわからないシャルヴを探して定期的に旅に出ておられたのですね」


 サラスヴァティーは頷いて視線を斜めにした。


「あやつは北の島国のとある村におった。が、記憶を失ったことによる能力の暴走により村ひとつ消し飛び、村人はあやつ以外を除いて誰ひとりとして…。わしが見つけたのはそんな時じゃ、あやつはかつて村だった場所の真ん中で呆然とひとり泣いておった。それが三年前のことじゃ──」

「なんと……」

「それからはゆっくり旅をしながら、あやつの心を癒しながらここを目指したというわけじゃ」


 ヴァルマは悲しげにため息をつく。


「そんなことがあったのですな…。なんということか…まだ幼いと言うのに」

「あやつが笑えるまで一年以上かかったかの」

「それで、記憶は…もう戻らないのですか」

「伝え聞いた話では、徐々に封印が弱まりそれとともに記憶も元に戻るそうじゃ。が、果たして何年かかるのかわしにもわからん」


 結果的に、シャルヴはこの時代の人間を何人も犠牲にするというペナルティをさらに課されてしまったということだ。皮肉にも、世界を守るために禁忌を破った結果、人間の命を奪うことになるとは…。かつて紅焔の塔でともにプロミネンスと戦った戦友だけに、サラスヴァティーはやるせない想いでいっぱいだった。

 だが、今は悲しみに身を沈める時ではない。

 彼女は巡る記憶と自らの想いに蓋をするように大きく息を吐いてから話を再開させた。


「さて、ここからが本題じゃ」


 サラスヴァティーはいつになく真剣な表情でヴァルマを見た。


「シャルヴを探していた理由ですかな」

「うむ。無論、友であったことも理由のひとつじゃが──急いで探していたのはこちらの理由が大きいの。再び、あやつの力が必要になるかもしれんからじゃ」

「と仰るとまさか…」


 ヴァルマも察したのであろう、一転して驚きの色を浮かべた。


「そのまさかじゃの、四大魔塔を世界から隔離していた封印がまもなく解ける。つまり再び──」

「魔塔大戦の危機だと?」


 サラスヴァティーはゆっくりと首を縦に振る。


「し、しかしサラ様、伝え聞いた話では四大魔塔の魔神たちは全員──」

「ああそうじゃ。神々によって結成された#黄道十二柱__ゾディアック__#、そして数多の他の神々や人間たちの奮闘により、あの大戦で生まれた水の魔神フィンブル、火の魔神プロミネンス、森の魔神アースガルド、雷の魔神カタストロフィの四魔神たちの中で#生き残っているのはプロミネンスのみ__・・・・・・・・・・・・・・・・・__#となった。そのプロミネンス自体にも厳重な封印がなされておるが、こちらは塔の封印とは違い自然に解けることはない、誰かが解かない限りはの」

「ならば塔自体の封印があるいは解けたとしても…」

「いや、塔自体を封印したのにも意味はあるのじゃ。今は別次元に隔離されておるが、封印が弱まってくればこの世界にも徐々に干渉をしてくるはずじゃ。もし完全にこの世界に現れれば、塔の中に残っている魔物たちも黙ってはいまい」

「なれば、封印が解ける前に再度封印をしては」


 しかしサラスヴァティーは即座に首を横に振った。


「それが出来るなら既にしておるわ。あの封印術は解かれた後でなくては再度かけることは出来ん。おそらくは、塔の封印も持ってあと数年というところじゃろうな」

「では我々は一体どうすれば…」

「備えるのじゃ」サラスヴァティーは静かに、だが力強く言葉を解き放つ。「数年後に起きるであろう災厄に備え、人間も我々も十分な戦力を準備しておかねばなるまい。その為にも、素質のある者たちを今から育成しておく必要があるじゃろうのう。というわけであの二人、わしが貰い受けるぞ」

「は?」突然のことにヴァルマは思考が追いついてないようだった。「あの二人…と言うと、ラヴィとキダクですかな」

「いやそっちではない、新米巫女の方じゃ。来るべき日の為にあの少女たちはわしの弟子にする」

「な、なんですとあの子たちを!?」


 開いた口が塞がらないを体現しているヴァルマを前に、サラスヴァティーはイーサとアイリスを早速キダクに呼びに行かせ、まるでホームパーティーにでも誘うかのような何気ない口調でこう言った。


「よし、ぬしら二人、今日からわしの弟子じゃ、おめでとう」


 こうしてイーサとアイリスは巫女になったのも束の間、いつの間にかサラスヴァティーの弟子として修行を始めることになったのだった。

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