第二章 少女たちの躍進

(1)

 魔法の杖──魔杖まじょうを回す。振る、ではなく回す。この世界ではそれが正しい使い方である。

 魔杖には必ず強化石が嵌め込まれており、御神刀のように強化石に溜まったポコロンを使用して魔法を発動させる。魔法の規模・効果と必要ポコロン量は比例していて、杖自体の材質とデザインは基本的に魔法とは関連性がない。強化石と魔法自体が封印されていれば極端な話その辺に落ちている木の棒でも構わないため──稀に杖の材質が魔法発動に必要な場合もあるので一概には言えないが──理論的には最強の割り箸すら作ることも可能である。

 そして今、巫女として華々しくデビューを飾ったはずのイーサも、神殿の外にある森の中で必死に木の棒を回していた。


「ふぁいふぉ~ふぁふぉ、ふぃーふぁ」

「ファ、ファイトですイーサ」


 あんこたっぷりの串団子を頬張りながらシロがやる気なさそうに片手を上げる中、その背後から双子の妹のクロが顔を半分覗かせ小さなガッツポーズとともに小声で声援を送っていた。


「うぅ…なぜかやる気の出ない応援されてる…」


 イーサは不満を洩らしながらも、身体に対して並行に持った棒を指先を使ってくるくると回す。バトントワリングの要領である。

 杖を回すのは効率よくポコロンを補給するためで、生物とは違って無機物である強化石にはポコロンが溜まりにくく、空気中のポコロンを素早くキャッチするためには必要不可欠だ。飛んでる蝶の大群を虫取り網を振り回してキャッチするイメージと言えばわかりやすいかもしれない。

 途中で落とし、拾って回し始めては落とす、それの繰り返しを気が遠くなるほどやって自分の目が回ってきたところでイーサはペタンと座り込みため息をついた。

 三本目の串団子をペロリと平らげたシロが背中越しにニヤニヤと笑みを浮かべながら近づいてくる。


「イーサ、不器用ちゃんなの、へたっぴなのー」


 するとクロも相変わらず顔だけをひょこりと見せ控えめな声で、


「へたっぴさん…ですか?」

「違うもん、今日は調子が悪いの」


 イーサが必死に棒を回転させていたなか、もう一人の新米巫女アイリスは竹刀を持って素振りを繰り返していた。上段の構えから正面素振りという想定した相手の顎辺りに向けて振り下ろす練習法らしい。少し離れたところではサラスヴァティーとシャルヴがいつもの動きやすい服装で近接格闘の対人稽古を行っている。

 巫女服に竹刀はまだ似合っている気がするが、杖を回すのはどうなんだろ自分のイメージとは違う、とイーサは内心頬をふくらませている。


「うう…わたしも身体動かしたい…神楽覚えたい…なんで学校みたいにこんな修行を…」


 そもそもイーサが巫女になりたいと思ったのも、先輩巫女の様々な神楽を見たからである。ゆっくりしとした儀式としての神楽はもちろんだが、イーサが良いなと思ったのは激しくかつ美しい魅せる舞としての神楽だ。


「しかたないのー、イーサは魔法の基礎も魔杖の基礎もちんぷんかんぷんだから練習あるのみなの」

「練習あるのみ…です」

「クロちゃんまでー。わたし基礎は出来るもん、魔力の制御がほんのちょっとだけ苦手なだけで…」

「へー、ほんのちょっと…」


 シロとクロが同時に足元にいくつも開いた頭ほどの大きさの穴を見下ろす。本来なら狙いを定めた木に当たるはずの魔法である。


「そうね、ちょっとなの、たぶんちょっとだけ苦手だとこんなモグラの穴が地面にいくつも出来上がるの」

「モグラさーん、いますかー」


 クロがしゃがみこんで両手をメガホン代わりに真剣な表情で呼びかける。


「うっ……ご、ごめんなさい、だいぶ苦手です」


 稽古をひと段落させたサラスヴァティーとシャルヴが近寄ってくる。シャルヴはアイリスにも声をかけながらタオルを渡していた。


「どうじゃイーサ、回せるようになったかの」

「途中で落ちるか飛んでいきます、なの」

「シロちゃんひどい!三回に一回は成功するもん。…そ、そのあと魔法がちゃんと発動するのは…五回に一回…だけど…」


 シロが何かを言いたそうにアイリスに視線を向ける。彼女はタオルで汗を拭きながら苦笑した。


「え、えっとわたしは…だいたい成功する…かな」

「オレはそれ苦手だなぁ、ははっ。ちまちま棒をクルクルさせるより、身体動かしてズバーン、ガガーンのほうがわかりやすくていいよ」

「シャルヴはそうじゃろな、なにせ杖持たせたらクルクル回すどころか木に向かって投げつけおったからの」

「う、うるさい師匠」

「まあ、杖は見事に木に突き刺さっておったがの。それに比べたらイーサの杖さばきはまだマシな方じゃ」


 イーサは憮然とした表情で杖を回し地面に突き立てると、なにげなく魔力を込める。特に何も考えていない方が成功するのかもしれない、魔法はいつになくすんなり発動していた。そして杖の先端から放たれた衝撃波は狙いの木を直撃し、本来なら枝葉を揺らすくらいに留まるはずの魔法が、拳大の穴を穿っていた。


「わ、成功した!みんな見た!?」

「うーむ、威力だけなら一人前じゃの」

「確かに威力だけならズバーンだなぁ」

「またモグラの穴が開いたの…」

「モグラさーん…」


 四人がイーサとは温度差のあるフラットな反応を見せるなか、ただアイリスだけが嬉しそうに諸手を挙げて喜んでくれた。


「やったね、さすがイーサだよ!」

「うう…アイリスだけだよわたしの味方は…。絶対うまくなって四人を唸らせてやるんだから!」


 イーサとアイリスが、そもそもこんな修行めいたことをするようになったのは二日前──巫女の儀式が終わった翌日にサラスヴァティーにこう言われたからであった。


「よし、ぬしら二人、今日からわしの弟子じゃ──」

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