(11)
「さ、サラスヴァティー様…」
本物の神様がいることに動揺し両手を合わせて拝んでいたイーサは、わしは仏様じゃないぞちゃんと生きておると苦笑され、改めて頭を下げた。
「た、助けていただいてありがとうございました」
「うむ、実際に助けたのはこの子らじゃからの、礼なら二人にな」
水神サラスヴァティーはそう微笑んでシロとシャルヴの頭をぽんと叩く。
シロは頬をふくらませ、
「そう言えばサラ様、御神刀の魔法を発動した時にはもうここにいたのに、出てくるの遅いの!」
「なんじゃ、本当のピンチの時に現れたほうがカッコイイじゃろ。それにわしは神じゃからの、ギリギリで助けた方がありがたさが増して神格も上がるというものじゃ」
妖狐のシロは、双子の妹クロと一緒にサラスヴァティーの従者として長いこと仕えているらしい。そのクロはと言うと、サラスヴァティーの足にしがみつくように後ろから顔だけを覗かせていた。元々は黒狐のためかシロとは正反対に黒髪、褐色の肌、天球儀のようなものが乗っかっている杖を片手に持ち、大きなオレンジフリルの白ワンピースという格好で可愛らしいのは同じだが、どうやら極度の人見知りらしく、クロを触ろうとしたアイリスから逃れるためにサラスヴァティーの周りを三周ほどぐるぐるし、結局触るのを諦めさせていた。この話をあとで若き神官ラヴィにしたところ、それはモフモフしたものを触りたくなるモフモフ病だねと真顔で言っていたので、いつかアイリスの病気を治してあげなくてはとイーサは本気で思った。
「ふむふむ、もっと褒めて良いの、シロがいなかったら二人ともペチャンコのお煎餅だったの」
偉そうに胸を張るシロを横目に、でもさとシャルヴがにやけながら、
「シロが御神刀に触ったからゴーレムの封印が解けたんじゃないの?」
「うっ…それは…言わない約束なの」
守護者であるゴーレムが動き出すスイッチは、ある程度の魔力量を持つ者が御神刀に触れる、というものだった。イーサの魔力量も子供にしてはかなりのものだが、妖狐に比べれば天と地の差がある。もともと、ヴァルマは魔物による盗難を想定していたため並の人間が触れたくらいではゴーレムの封印が解かれるはずもなかったのだ。要するにこの騒動はシロが起こしたものと言って良い。
シャルヴはひとしきりシロをからかった後、イーサとアイリスに挨拶して二人ともよろしくなと握手を交わした。
シャルヴは金髪のツインテールに太い眉が印象的の、いわゆる美人系の整った顔立ちをしていた。どうやら彼女も孤児のようで、今はサラスヴァティーとともに修行をしながら日々を過ごしているらしい(ちなみに彼女はサラスヴァティーのことを師匠と呼んでいた)。シャルヴの一人称は「オレ」で、ぶっきらぼうな話し方はまるで男の子のようだと最初は思ったが、その快活で明るい雰囲気はイーサには心地よかった。そして他は男の子っぽいのに何故か可愛らしいフリルのついたカットソーを着ていて、それを指摘すると「オレは嫌だって言ったのに師匠がこれ着ないと晩飯抜きって言うから仕方なく着てるんだよ」と照れたように言い、
「女の子はオシャレをするもんじゃろ」
というサラスヴァティーの言葉には口をとがらせたものの表情は満更でもなさそうだった。
もっと大人びて見えたが訊くとイーサたちより二つだけ年上で、背も高く、やっぱりカッコイイ!とイーサは思った。
「──で、結局ヌシらは何しに地下まで下りてきたんじゃ?」
サラスヴァティーがふと思い出したように訊く。
「特に魔物がいるわけではないが、子供が来るようなところではないじゃろ」
そう言われ、イーサはアイリスがいつの間にか大事そうに抱えている御神刀を見遣った。
「わたし達、巫女になるために御神刀を取りに来たんです」
「ほう、巫女の儀式か」
サラスヴァティーは得心したように頷いて、
「それにしてもまだ幼いというに、神殿はよほどの人手不足と見えるの。ヴァルマは何をやっとるのじゃ」
「おじ…大神官様をご存知なんですか」
「知ってるも何も、あやつの父親とはよう酒を飲んだ仲じゃ。父親が逝ったあとは息子と…と思っとったが、ヴァルマは下戸での。酒のひとつも飲めんとはまったくつまらん男じゃ。今までわけあって旅をしていたのじゃが、ついさっき数年ぶりに帰ってきたのであやつに挨拶でも──ん、ヴァルマは大神官になったのか」
「はい、前の大神官様はご高齢のためお辞めになったので」
「なんと、そうじゃったか。あのクソ生意気な坊主がもう大神官とはのう、人の世は時が経つのが早いの」
視線を斜めに滑らせしみじみと語るサラスヴァティーの顔にはシワひとつなく、肌も雪のように美しかった。やはり神様だからずっと若いまま何百年も生き続けるのだろう、とイーサは想像をめぐらせたが途方もないことなので実感はわかない。
しかし、実際に神様と会えるなんて…。しかも初めて会った神様はなにか威厳がないというか偉そうでもなく、普通に笑って冗談も言って、最初は緊張したものの今はどこかほんわかした優しい気分になっていた。またこうやってお会いしてお話し出来たら良いな、とイーサは思った。
この後、みんなで神殿に戻り事の顛末を報告すると、まずはサラスヴァティーがいることに一同驚き、そしてゴーレムが動き出してしまったくだりでかなり動揺したあとヴァルマは二人に怪我がないかどうかを三回尋ね、無事なことを二度確認して安心したのちに巫女になれたことを盛大に祝福してくれた。
さらに祝福すると言う名目でサラスヴァティーが催した宴のために神殿内は仕事どころではなくなり、その代わりと言ってはなんだが、夜遅くまで笑い声が絶えることはなかった。
このサラスヴァティーとの出会いが少女達の運命を大きく変えていくであろうことを、イーサも、そしてアイリスも、無論この時は知る由もない。
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