(10)

 ”召喚・シロコダイル”


「…か……カバっ!」

「ワニのシロコダイルなの!」


 シロはイーサのお尻を蹴りあげ、カバと言われショックを受けたように見えるシロコダイルの頭を撫でてやる。そして、命令した。


急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう、ゴーレムをがぶっとやっちゃうの!」


 プカプカと宙に浮いていたシロコダイルは、宙を滑るように想像の上をいく速度でゴーレムに接近、それを察知したゴーレムが腕を振り上げるよりも早く、その強靭な顎でゴーレムの頭を噛み砕いた。そして、煎餅でも食べるかのような勢いで貪り始め、気がつけばゴーレムの頭と肩の一部は綺麗に消え去っていた。

 だが──


「あ…食べる場所、指示するの忘れたの」


 シロは決まりが悪そうに笑って舌を出す。なんの事だろうとイーサが思っていると、シロコダイルは満足したのか大きなゲップを吐き出し、ポンっと白煙を上げて消えてしまった。

 どうやらあのワニは満腹になるとその役目を終えたことになるらしい。

 そして、いまだ手足が健在なゴーレムはと言うと──やはり、何事も無かったかのように動き出していた。


「ゴーレムの弱点は魔力の注入された胴体なの、えへへ」


 アイリスが顔を引きつらせる。イーサは「ど、どどどうするのシロちゃん」とシロにつめよった。


「あのワニさん消えちゃったよ。もう一回出せるの!?」


 シロは笑いながら首を振った。


「今のが最後の式符だったから、もう無理なの」


 ワニを召喚するためにはさきほどの式符と呼ばれる紙が必要であると、イーサは後から知る。


「わ、笑ってる場合じゃないよシロちゃん。しかも何かゴーレムの様子がおかしいよ!?」


 見れば、ゴーレムは歩くのをやめ、立ち止まったまま腕をこちらに向けていた。

 嫌な予感を覚え、イーサは一歩あとずさる。

 その刹那、イーサとシロの間に物凄い衝撃と風を巻き起こしながら何かが通り過ぎた。あまりにも速すぎて見えなかったが、おそらくその何かはサラスヴァティーの石像にぶつかったのだろう、石像の膝から上が見事に吹き飛んで消えていた。


「ちょ、ちょっと今のなんなのシロちゃん!」


 イーサもアイリスも顔が青ざめている。シロは石像を見ながら、それが壊れたことに対して顔を引きつらせていた。


「わあ…サラ様の石像壊れちゃったの…。あとでヤバいの…」

「や、ヤバいのは今だよシロちゃん!」


 ゴーレムはある一定以上のダメージを受けた際、自動的に緊急攻撃モードへと変わり、最終手段であり自身が持つ最強の攻撃手段でもあるロケットパンチを放つ。つまり、その巨大な拳を超高速で撃ち出して目標を破壊するのである。が、もちろん二人はそんな知識を持ってはいない。

 そして、ゴーレムの拳はあとひとつ残っている。

 これは…三人が違う方向に逃げたほうが良いのでは。最悪、自分が囮になるしかない、とイーサは覚悟を決めていた──のだが、

 シロが頬を膨らませながら叫んだ。


「もう、サラ様!そろそろ出てきてくださいなの!」


 この言葉で戦況が一気に変わった。

 ゴーレムが最後のロケットパンチを放つ為に腕を持ち上げようとした瞬間、沐浴場の水が大きく渦を巻き、そこから大きな水柱が立ち昇った。それは天井に届く前に軌道を変えゴーレムに向かって一直線に飛んでいき、胴体を見事に撃ち抜くと、ゴーレムのバランスを崩していた。


「シャルヴ、今じゃ!」


 ふいに、大人の女性の声が広間に響き渡る。

 そして、舞い上がる水飛沫の中、イーサの横を沐浴場の方から飛ぶように一人の少女が駆けた。動きやすくするためかショートパンツにブーツという格好だった。

 すれ違いざま、つり上がった目がイーサを捉え、そのシャルヴと呼ばれた少女は軽く微笑んだ──ような気がした。

 (ふわぁ…カッコイイ…)

 さきほど放たれた水柱の影響だろう、広間には霧雨が降っている。

 さきほどのワニも速かったが、それの何倍も少女は力強く速い。雨に濡れた金髪のツインテールが風になびいていた。

 シャルヴは体制を崩したゴーレムの前まで瞬時に辿り着くと、その勢いのまま腰を落とし、右拳に力を込めた。 


「右手に魔力が集まってる…」


 アイリスが呟く。確かに、少女の右手は薄い光の膜に覆われていた。

 シャルヴは左足の踏み込みと同時に、ゴーレムの胴体目がけてその拳を振り抜いた。


 ”大黒氷帝拳だいこくひょうていけん・【攻の型の三】『氷華ひょうか』”


 踏み込んだ足元の床石に亀裂が入る。

 ゴーレムの胴体が陥没し、放った拳を中心に氷の華が放射状に咲いた。

 シャルヴが雄叫びを上げながらそのまま拳を撃ち抜くと、氷の華は瞬く間に飛散し、同時にゴーレムの胴体も四散させていた。

 それはあっけないほど、簡単な幕切れだった。


「よし終わり」


 シャルヴは倒したゴーレムには目もくれず、振り返って笑顔を見せる。


「どうだ、百点だろ」

「まあまあじゃが、百点にはほど遠いのう」


 いまだ降り注ぐ霧雨の中、背後からの声にイーサは振り返った。さきほどの大人の声だ。

 その女性は沐浴場の奥から、コツコツとヒールの音を響かせながら現れた。


「左足の踏み込みがまだまだ甘い。拳の振りぬきも魔力の溜めも弱すぎる。六十点てとこじゃな」


 ちぇー、とシャルヴは口を尖らせる。

 その女性はふふんと鼻を鳴らした。背中まである赤みがかった茶髪に黒い瞳、額には三日月の形のアザのようなもの。なぜかビキニの水着にカーディガンを羽織り、デニムのショートパンツというこちらもラフな服装であったが、胸のサイズが規格外だった。あそこには巨大なマシュマロが詰まっているに違いない、とイーサは密かに確信した。

 そこへシロが駆け寄る。


「サラ様、出てくるの遅いの!」

「おお、シロよう頑張ったのう。その割にはゴーレムがピンピンしとったがの」

「うっ、それはサラ様の出番をとっておこうと…」

「サラ…様…?」


 イーサは黒い瞳の女性を見上げながら呟いた。サラ様…………あれ、……。


「ん、なんじゃぬしは、わしを知らんのか有名なのに」


 女性は片手を腰に、その美しい髪をかきあげながら、イーサに向かって白い歯を見せた。


「わしは超絶最強美女じゃ、よろしくの」


 水神サラスヴァティーは名前すら言わずに自己紹介を終わらせた。

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