(7)
守る、とは言ったものの、イーサに具体的な案はなかった。そもそも、こういう状況になったことも戦ったこともない。自慢ではないが、かよわいただの巫女見習いである。
どうする、どうしたら良い?叔父さま、わたしどうしたら良いの。イーサの背中をつうっとひとすじの汗が流れ落ちる。よく考えてみたら、敵は石の塊。あんな岩石巨人をこんな短刀でどうにか出来るのだろうか。
轟音とともにゴーレムが一歩足を踏み出した。
御神刀を持つ右手が震えている。
その震えを抑えるかのように、いつの間にか傍に来ていたアイリスが、イーサの右手を自分の左手で包み込んだ。
「え、アイ…リス?」
アイリスは横に並んで笑顔を見せる。
「守るなんてそんな大きな声で叫ばれたら恥ずかしいでしょ」
「で、でもアイリスは足を怪我して…」
「ありがとう、でも大丈夫、心配しないで」
そんなの心配するよ、と言おうとして、その瞳が力強い輝きを取り戻していることにイーサは気がついた。
「ねえ見て」アイリスは静かに言って、二人で持った御神刀を目の前に掲げて見せる。「わたし思い出したの、おじさまが言ってたこと。御神刀は護神刀なのよ」
「え、なにそれ」
ゴシントウはゴシントウ…?何かの呪文だろうか。
「もしかしてお餅をお持ち、みたいな感じかな。あ、それとも杖は強え…」
「違うし面白くない」
アイリスの目があまりにも怖かったので、イーサはすぐにごめんなさいと謝った。そんな間抜けなやり取りをしているあいだにもゴーレムは着実に三歩進んでいた。その足の短さと自重で牛歩のような歩みだが、すでに御神刀を投げれば当たる距離にいる。
御神刀は神様を護る刀でもあるのよ、とアイリスは続けた。
「わかる?神を護る刀で護神刀」
「うん……まあ、なんとなく」
理解してはいないが緊急事態なのでとりあえず頷くイーサ。早くしないと岩石巨人が来てしまう。
「そ、それでそのカリントウが?」
アイリスももはや突っ込まない。彼女はこれ見て、と御神刀の柄に埋め込まれた青く輝く宝石を指差した。
「たぶんこれ、強化石だと思う」
強化石…確か学校で魔法の初歩について習った時に、魔力とポコロンの相互作用のページで教わったはず。
「確かこの宝石にポコロンのエネルギーが溜まるんだっけ」
「そう。強化石に溜まったポコロンは魔力を通さなくても大きなエネルギーに変換…強化されていく。そして、強化石が埋め込まれているということは、この御神刀にもなんらかの魔法が備わっているはず…だと思うの。もしそうなら、それは──」
通常、強化石の嵌められたものには特別な魔法が備わっているもの、とヴァルマが言っていたことをイーサは奇跡的に思い出していた。
「じゃあ、これに神様を護る魔法…が?」
アイリスはこくりと頷いた。
「その可能性は高いと思う。そしてもし護る魔法なら、私たちのこともゴーレムから守ってくれるんじゃない?」
何ひとつ確証のない仮説。しかし、今の二人にはそれに頼るしか術はなかった。第一、ゴーレムはさらに歩みを進めている。
「でも魔法なんて…わたし杖もうまく使えなかったし」
実際、学校の授業における魔法杖の扱いで、杖から飛ばした魔法は狙った場所には行かず、何故か足元に自分の顔よりも大きな穴を作り出したことがあった。
それを言ったら、とアイリスは苦笑する。
「わたしだって同じようなものじゃない」
確かにその時、アイリスの放った魔法は的確に狙うべき石に当たってはいたが、小指の先ほども微動だにしていなかった。先生は落ち込む二人を見て、「イーサは驚くほどたくさんの魔力を持っているけど扱い方がちょっとだけ不得意、逆にアイリスは魔力がほんの少し足りないけど扱い方は驚くほど上手ね」と頭を優しく撫でてくれた。
私たちはお互いに足りないものがある…。足りない……。
あ、とイーサは閃いた。
「そうか……二人なら……わたしたち二人なら!」
アイリスは頷き、「イーサの大きな魔力をわたしがコントロールすれば…。──ね、大丈夫でしょ?」と片目を瞑って見せた。イーサも力強く頷く。
「そうと決まれば」
二人は御神刀をゴーレムの方に向け、声を揃えた。
「やるしかない!」
ゴーレムまで僅か数メートル、二人にとって初めての敵はもう目前まで迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます