(6)

 イーサは見ていた。ゴーレムが動き出した時、白狐がもう一つの出入口に向かって走ったことを。そして、途中でちらりとこちらに振り返り、まるでついて来いとでも言わんばかりに頷いたことを。

 だから、アイリスの手を引っ張りながらも、イーサは白狐の姿を見失わないように気をつけて通路を駆けた。白狐は素早かったが、時々足を止めてこちらを振り返ってくれていた。きっと待っていてくれたのだろう、とイーサは思った。

 T字路を二つ、小さな部屋をこれまた二つ抜け、辿り着いたのは先程の祭壇の間よりも数倍大きな円形の広間だった。天井の高さも今までの比ではなかった。その為か、やはりランプの火は灯っているものの僅かに薄暗い。

 広間の中央には、腰の高さくらいの円形枠に囲まれた場所があり、その内部に水が蓄えられていた。神殿にある沐浴施設のようなものかもしれない。中央には女神像が建ち、その台座から水が流れ込んでいた。

 あの女神像も神殿で見たことある、とイーサは視線を斜めにする。確か神殿でも祀っている、水神サラスヴァティーの像だ。神殿のほうは蓮の上の翼を広げた白鳥が台座となっており、その上に四本腕で琵琶などを持ち、法衣に身を包んだ像が据えられていたが、こちらは腕は二本のみでその片手に剣、羽衣のような衣装に身を包み、そのまま台座の上に直接立たされていた。しかし顔だけはどちらも同じ造形で、だからイーサはこれがサラスヴァティーの像だと思った。


 (サラスヴァティー様)


 イーサは女神像に向けて手を合わせ祈った。


 (どうか二人をお守りください。…もうおやついらな……しばらくおやつ我慢しますから)


 ゴーレムが歩く音はまだ遠いが、ここの出入口は一つだけ。やがて見つかるのは目に見えていた。でも、あの白狐がここまで連れてきてくれたのだ。何かあるかもしれない…。何か希望となるものが。その白狐は広間に入った途端どこかに消えてしまったのだけれど。

 微かに呻くような声が聞こえイーサは振り返る。床に座り込んだアイリスが辛そうな表情を浮かべていた。


「大丈夫?」


 アイリスは足首から血を流していたが、なんともないよと微笑んでみせた。


「な…」


 なんともないわけないじゃん!という言葉をイーサは飲み込む。アイリスの性格は良く知っている。いつでも我慢して、なんでも一人で抱え込んでしまうのだ。ちゃんと気づいてあげられていれば…こんな怪我した足で走らせていたんだわたしは、とイーサは少し悲しくなった。


 (だから……)


 だからわたしが、アイリスを守ってあのゴーレムをやっつけるんだ!と内心でガッツポーズをしていると、アイリスの足元にあの白狐がいることに気がついた。


「おお、キツネくん!」


 すると白狐は何故か嫌そうな表情をする。


 (なんなのこの子…)


 白狐は逃げる時もずっと口に咥えていたであろう御神刀をイーサの目の前に置いた。


「わあ、ゴシントウ。これ…わたしに?」


 白狐はじっとイーサを見上げている。たぶんそういうことだろう。イーサは頷いて御神刀を手に取ると両手でぎゅつと抱きしめた。


「キツネくん、ありがとう」


 白狐は目を細め尻尾を一度だけ振ってみせた。

 刀なんて今まで持ったことはない。どうやって戦えばいいのかもわからない。逃げ場もない。はっきり言って怖い。でも…それでも!イーサは再びアイリスを見遣る。


 (わたしがなんとかするんだ!アイリスは…)


 その時、近づいてきていたゴーレムの足音が最大限にまで高まり、ついにこの広間にその姿を現した。

 イーサは御神刀を左手に持ち替える。気づいたアイリスもランタンを持って立ち上がり、白狐は威嚇するように低く唸った。

 イーサたちを見つけたゴーレムの両目が赤く輝き、一歩を踏み出す。

 イーサは柄に手を掛け、ゆっくりと御神刀を引き抜いた。


「アイリスはわたしが守る!」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る