第一章 少女たちの邂逅

(1)


 始まりは闇であった。

 やがて闇の中に光が生まれた。

 それから悠久の時を経て、闇は荒れ狂う炎と駆け巡る雷を生み出した。

 すると、まるで調和を求めるかのように、光は優しく広がる大地と森、涼やかに流れる水を生み出したのである。


 ──ポコロン年代記・創世の章 第一節より抜粋──


 ※ ※ ※ ※ ※


 世界を構成する元素、光と闇。

 派生して生まれた新たな元素、水、森、雷、火。

 六大元素はのあらゆる場所に存在し、それらには世界の理が記録されていると伝えられている。また使い方によってはその理すら変えることのできるエネルギーであるという。人はそれらを、

 Power to change the order&Record of narrative.

 頭文字をとってPO・C・O・R・O・N、すなわち【ポコロン】と呼ぶ──



 × × × × ×



 海で染め上げたような瑠璃色の髪がふわりと揺れた。


「大丈夫?」


 遠くから響く地鳴りのような音が石造りの床を微かに震わせ、広間の床に置かれたランタンの青い炎がシンクロするように揺れていた。

 イーサはしゃがみこみ、座り込んでしまったアイリスの顔を──長い髪に隠れ、辛そうに俯くその顔を心配そうにのぞき込んだ。

 アイリスのいつもは力強く輝いている薄花色の瞳は不安に揺れている。いまにも涙が溢れそうであったが、唇を噛み締めてイーサを見上げるその姿は彼女の芯の強さを物語っていた。

 とは言え……イーサは彼女の足に目を向ける。緋色の袴からのぞく足首にうっすらと血が滲んでいた。先ほど逃げてる途中で怪我を負ったに違いない。

 なにげなく視線をスライドするとその横には一匹の狐──雪が降り注いだかのような純白の毛に覆われた彼(彼女?)が、こちらを見上げていた。可愛らしいこれまた白い花の飾りがその耳元にちょこんと収まっている。口には棒状のものを咥えていた。


「キミも無事だったんだね、良かった」


 その頭を軽く撫でてやる。白狐は気持ちよさそうに目を閉じていたが、すぐに思い直したかのように身を捩り、イーサの足元に咥えていた棒状のものをそっと置いた。


「わ、ゴシントウだ…」


 それは一振りの短刀だった。

 〝御神刀〟

 魔力を宿し、彼女たち二人が正式な神殿の巫女となるための証として必要なもの。この石造りの地下迷宮にて彼女たち二人の目的であった宝剣である。きらびやかな装飾はないが、その柄の中央に小さな宝石が埋め込まれている。


「キツネくん持ってきてくれたんだね、ありがとう」


 白狐はなぜか不満そうに目を細めたが、やがて頷くように尻尾を振ってみせた。

 それを拾い上げ、胸に押し付けるように両手でぎゅっと抱きしめる。私が…しっかりしなくちゃだよね。イーサは再びアイリスに目を落とす。二人ともまだ両手で数えられる年齢である。彼女自身怖くないわけでは決してない。涙は先程走りながら見えないように拭いたし、今も手が震えそうになるのを必死に御神刀を抱きしめて堪えていた。怖い…けど…イーサはにこりと微笑む。

 私がなんとかする!

 決意したまさにその時、近づいてきていた地鳴りがついに彼女たちの背後で大きく鳴り響いた。

 イーサは振り返り身構えた。白狐も威嚇するように尻尾を立てる。アイリスは痛みを堪えながらそれでも目いっぱい素早く立ち上がると、魔力によって灯されたランタンを手に取り、その音の方向に掲げてみせた。

 広間の入り口──暗闇に覆われた石造りの通路。そこを塞ぐようにして、それは立っていた。

 彼女たちの優に三倍以上はありそうな高さと、力強さだけを象徴とするかのようながっしりとしたフォルム。魔法によって造られた石の巨人、ゴーレムだ。

 イーサは唾をひとつ飲み込み御神刀の鞘を左手に持ち替えた。三十センチ程度の短刀であるが、まだ幼い彼女にとっては十分な重みがある。

 イーサはつい先程のことを脳裏に浮かべながら、御神刀の柄に手をかけ、ゆっくりと引き抜いていく──


 夢にも思わなかった、まさかこんなことになるなんてあの時は──



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