幕間

(1)


 紅焔こうえんの塔の最上階にある大広間。その中央に柱のようにそびえ立つ水晶の中で、は目覚めた。


 (ここは…どこだ………)


 何かの中に閉じ込められているのだ、と彼は揺らぐ意識の中でぼんやり自覚した。虹色に輝きながら流れている透明な何かが体にまとわりついているのは気がついたが、自分の存在が不確かに思えるほど体の重さを感じなかった。


 (これはなんだ…俺は一体……)


 疑問と不安の渦に飲み込まれていると不意に水晶の外側で声が響いた。


「ようやくお目覚めですか、王よ」


 妙にくぐもった、男女の判別すら難しい声音。

 声のした方に首を動かしてみる──彼を覆っているそれは水晶の塊であるはずだが体はわずかに動かせた。水晶柱は外観はしっかりした固体でありながら、内部は虹色に輝く流動体で満たされていた。

 まだおぼろげな意識と、揺れ動く視界。視線の先にいたのは漆黒のローブに身を包み、上下を灰色と黒の二色に塗り分けられた奇妙な仮面を被った人物だった。仮面の下半分は獣の口らしきものが突き出している。


「誰だ…お前は…」これが俺の声なのか、と言葉を紡ぎながら彼は思う。まるで実感の無い声だ。「ここは一体…」

「お分かりになりませんか」仮面の人物が静かに答えた。

「なん…だと…。お前は……、つっ!」


 思い出そうとして頭に鋭い痛みが走った。まるで、考えようとするのを体が拒んでいるかのようだった。


「ダメだ…何も思い出せない…俺は…」

「あなたは封印されていたのですよ」

「ふういん……だと?」


 封印とは一体なんのことだ。彼は痛む頭に手を添える。しかし記憶が呼び覚まされる気配は微塵もなかった。


黄道十二柱ゾディアックの手によって、この紅焔の塔にね」


 仮面の人物はそんなことはなんでもないとでも言うように平坦な口調で続けた。感情はすべて排除したかのような声だった。


「百年も前の話です」

「百年…俺はその間、この中にずっといたということなのか」


 封印?黄道十二柱?

 何の話だ……彼は痛む頭をゆるりと振った。


「わからない、何もかも……」


 自分の名前すらわからないことに苛立ちと焦燥を覚えた。俺は何故こんなところに閉じ込められているのだ。


「教えてくれ」彼は訊く。「お前は何者で、俺は一体誰なのだ」


 仮面の人物はその冷たい瞳を彼に向けると、やはり温度の感じられない口調で答えた。


「カタストロフィ…私の名はカタストロフィです。そして王よ、あなたの名は──」

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