220

木下たま

お題「2番目」


「やったぜ! 2番ゲット~」

「あー、おまえ、ずりぃー」

「イエ~イ」 


 私は頬杖で、放課後のグラウンドを眺めている。

 トラックで『2番』という栄光を手にした彼は、デッドヒートを繰り広げた1位のライバルから世界最高ランクの賛辞である『ずるい』という称賛を浴び、集まってきた友人たちと次々ハイタッチをしていった。


「なになに~オリーヴ、余裕じゃん」

 つい微笑んでしまった頬をショコラにみつけられてしまい、私は観念した。

「だって久々、ずるい戦いだったからさあ」

「はいはい。和んでる場合じゃないから。現実に戻りなさい」

「ハアー」

 私は机に突っ伏す。

 でもまあ、一瞬でも現実逃避できたことに感謝することにしよう。


「じゃあ決めますか、そろそろ本気で」

「そうしてちょうだい。私たちの学校で決めてないのはオリーヴだけなんだからね」

「よし!」

 ショコラに励まされて、私は両手の拳を振った。

 ……でもすぐに挫折して、またグラウンドの彼らをぼんやりと眺めてしまう。


 そういえば220年前は「1番」が最高の名誉だったらしい。

 図書館にある世相辞典に載っていて、それをショコラと一緒にみつけたときは驚いた。

 あ、ショコラというのは半月前からの彼女の名前だ。

 私たちは12才になると自由に自分の名前を選べるようになる。多い子は17才にして名前を100も変えた。まあ、それはやりすぎだと思うし、呼び掛ける方もこんがらがってくるのでせめて一か月はもたせてほしいものだが、決められている権利なのでしょうがない。ちなみに、これまで一度も名前を変えていない私はみんなから珍しがられている。



「ねえ、オリーヴ、ここ見て」

 あのとき、世相辞典を見ていたショコラが信じられないという表情を向けてきた。私も開いたページに顔を寄せた。

「なになに、――――約200年以上前、世界中のアスリートを一か所の国に集めて『世界一』を競う『オリンピック』という競技大会が開催されていてその種目数は300を超えた、だって!」

「どういうこと? 300以上の競技で1番を決めるために競ったっていうの?」

「嘘でしょう。1番なんてハズレくじを引くようなもんで、競うようなものじゃないのに」

 遥か昔のショッキングな歴史に自分たちの価値観を混乱させつつも、好奇心を持ってページを捲っていった。

「――――世界中のあちこちで『1番』『1位』を最高権威とした試験やコンテストなどが行われていた、だって!」

「試験ってなに? コンテストってなに?」

「――――勉強や運動や芸術や美や、あらゆる分野で『1位』を決めた、いわゆる競争社会である、って書いてあるよ」

 1位になれば様々な恩恵が得られたらしい。

「いったいどういう時代だったのよ、怖い!」

 私たちは身を寄せ合って慄く。

 この時代にも当然『競争』はある。けれど辞典の中の『競争』とは違う意味らしい。たとえば『狡い』という言葉の意味が220年前には「不誠実な方法で人をだます行為」といったネガティブなものだったことと同じように、『競争』も時代を経て変化していったもののひとつかもしれない。



「イエーイ!」

 グラウンドからあがった歓声と一緒に、私も小さく「イエーイ!」と叫んだ。

 ショコラはしょうがないなあもう、と呟きながら『2位』の栄冠を手にした生徒と、それを祝福する友人たちを見る。彼らは『ずりぃ!』と『2位』の友人に拍手喝采だ。

 私とショコラは顔を見合わせて、ふふふ、へへへ、と笑った。『ずるい』行為を目の当たりにしたら、私たちは感動するようにできている。それが人間というものだ。


 私たちは、全力で『2番』を取ることがどれほど困難か知っている。初めから手を抜いては勝負にならず、運よく2番につけても、1番とのデッドヒートにかまけていると3番手に抜かれてしまう。力の抜きどころを間違えると『2番』は取れないのだ。

 私たちが生きている時代での競争は、全力で相手を出し抜く頭脳戦であって、負けて勝つという微笑ましい娯楽だ。だから歴史の中の、そうじゃない勝負は想像ができない。


 恋愛も結婚も、仕事も同じだ。

 私たちはおなかの中にいるときから『2番目』に欲しいものを大切にするようにと、お母さんに語りかけられて育つ。生まれてからは思想教育を受ける。なぜなのか考えたことはなかった。でも世相辞典から、地球上の国の大半が消滅したと記録されている2022年以前の時代がおぼろげに見えてくる。その時代が良かったのか悪かったのかわからないけれど、少なくとも私は、『1番』を目指す時代に生まれなくてよかったなと思う。



 でも今、私は人生の岐路に立っている。

 私だけではなく、この世に生まれたすべての人が18才を前に受ける試練だ。


 選ばなければならない。

 この先の長い人生をどの分野で生きていくのか。地球に残るか他の惑星へ移住するのかも含めて、『2番目』にやりたいことを選ぶ儀式だ。


 でも私は、自分が『2番目』やりたいことがたくさんあって選びきれない。ショコラもみんなも「3番目よりちょっとだけやりたいことでいいんじゃない?」とアドバイスをくれるけれど、それが難問なのだった。



「2番目を選ぶのも楽じゃないなあ……」

 私はまた机に突っ伏した。



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220 木下たま @773tama

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