始まりのバス停
HaやCa
第1話
バスを待っている間、どうしようか悩む。普段ならスマホを触るのだけど、あいにく今日は充電が切れていた。はあ、こんなことならちゃんと充電しておくんだった。
そんなため息を道端に吐いて、私はちょっとだけ散歩することにした。
そういやこのバス停の近くに駅があるんだっけ?
記憶を頼りに道なりに歩く。5分ほどすると、こぢんまりした駅が見えてきた。
誰もいないがらんどうの駅、風に吹かれて飛んでしまいそうなくらい脆弱だ。
「この駅、ファンタジー映画に出てきそうね」
そういったのは私ではない。声のするほうを向くと、そこには知らないひとが立っていた。
「あなた、だれですか?」
「さあ。名前なんてどうでもいいじゃない。それより、どう思った? わたしの感想」
「感想って、この駅のこと? んー。確かにファンタジーだと思う」
「それだけ?」
「それだけって、言われても。。。何もほかに思いつかないし」
知らないひとはまくしたてる。せかすみたいだった。
「貧相なのね。考えも胸も」
「ちょ、頭悪いのは認めるけど! 最後のセリフは聞き捨てならないぞ?! そういうあなたもちっぱいじゃない??!」
「な、なにを根拠に! わたしは着やせするだけで、その……、断じて貧乳などではないわ!!」
おかしかった。こうしてがみがみ言い合うのも、たまにはいいかもしれない。
知らない人で、よくわからないひとだけど、なんだか気が合いそうだった。
「-とまあ、茶番はこのくらいにしておいて。わたし、貴方に聞きたいことがもうひとつ。貴方はどこから来たのかしら?」
「茶番ってなに?! まるでわたしたち小説のキャラクターみたいじゃん!」
「はあ? 何を支離滅裂なことを。。。それよりも、質問に答えてなさい」
「わたし、わたしは向こうのバス停から来たよ。ほら、あそこに見えるでしょ」
私は指さす。けれど、見える範囲にバス停はなかった。
「あれ? おかしいな。わたし、あそこから来たのに」
「春の陽気にでもやられたのか? この付近にバス停などありはしないが」
嘘だ。
「何をしている?」
「もっかい振り返ったら、バス停が見えるんじゃないかって!」
「無駄なことを。バス停がなかったらなにか困ることでもあるのか?」
「帰れなくなるじゃん! わたし、今日も塾なのに。。。」
「そうか。いわれてみれば、そうだな。―貴方はわたしと違う」
知らないひとは悲しそうにうつむく。
「どういういみ?」
「ああいや、なんでもない。ただの独り言だ。とにかく、バス停を探そう。貴方が塾に遅れる前に」
「優しいひとなんですね」
「まあな」
こうして、私と知らないひとのバス停探しが始まった。
2時間が過ぎても、一向にバス停が見つかる様子はない。そればかりか、もっと深いところまで来てしまったみたいだ。
「疲れたのか?」
「うん。だって探しても探しても見つからないんだもん」
「ほら。これを飲め。-まあ、この辺りは人気も少ないし、結局はわたしたちだけで探さねばならないだろうな」
「ありがとう。ごくごく。はい、ありがとう」
喉は乾いていたけど、もらった水筒の水は少ししか飲まなかった。だって、このひとも私と同じ気持ちだと思ったから。
「それだけでいいのか? もっと飲まないと、死んでしまうぞ?」
「大丈夫だよ。わたしのことばっか気にしてないで、自分も飲みなってば」
「殊勝な人間だ。感謝する」
知らない人はわたしの隣に腰を下ろし、水筒を仰いだ。この木陰は涼しい。風の音、少し春を過ぎたせいか暑い風が流れてるけど、言葉にできないさわやかな気持ちになる。
たぶん、知らないひとがいるからだ。
って、なにいってんだろわたし。これじゃ、日本語めちゃくちゃだよ。
「貴方は、本当に帰りたいと思うか?」
「当たり前でしょ。早く帰らないと、お母さんに怒られるし、あと弟の勉強も見てあげないいけないし。それに友達のいる塾もある」
「そうか。貴方が帰りたい理由はそれだったんだな」
知らない人は何かを悟ったように、小さくうなずく。
雰囲気から、このひとは何かしらの問題を抱えてるんじゃないかって思った。
「そうだよ。バス停の向こうにはわたしの、大切な居場所がある。あなたもくればいいよ」
「ダメだ」
「なんで?」
「わたしがわたしでなくなるからだ」
「もっとわかりやすくいって。私、あなたの力になる」
握った手は不自然に冷たい。血が通ってないみたいだった。
「なにこれ。。。あなたってもしかして……?!」
「っ!」
「待って!!」
知らない人は私の手を振りほどいて、森の奥へ走っていった。
その瞬間、私も反射的に走り出していて、すぐ、知らないひとの後を追った。
走って走ってようやく追いついたとき、知らないひとは大樹の下で泣いていた。
「うっ。うっ。うわああああああああああああああ」
私と変わらない年の女の子が、子供みたいに泣きじゃくる。そんな光景を見ると、胸が熱くなった。痛みを伴う熱さだ。
私は知らないひとの隣に立って、背中を摩ってあげることしかできなかった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああ」
「泣かないで。大丈夫だから。大丈夫。だいじょうぶだよ」
知らない人はずっと泣き続けた。
知らないひとは、ようやく話してくれた。
「私は人間ではない。ファンタジーのなかの人間なのだ」
そう切り出す知らない人、涙はもう乾いている。
「ある日、森の中で人間が本を読んだ。ソイツは帰らねばならなかった。貴方と同じように大切な居場所があったからだ。しかし、ソイツは帰ることに気を取られて本を、私が住む世界を捨てていった。いつしか私はこの森の精となり、住みついたのだ。文字通り、小説のなかの私は小説の力を持っていた。人間世界ではなしえないことも、すべて思い描くことができた」
「じゃあ、あの駅も」
「そう。私の力だ。この不思議な力を使えば人間が来てくれると思った。みな興味を示さなかったがな。―貴方が思う通り、あの駅は私が作った幻想だよ」
知らない人は私の手を握り返した。木漏れ日が光を射る。
「私は人間になりたかった。貴方のように優しい人に」
私は正しい言葉を探していた。このひとにいうべきたったひとこと安心させられる言葉。
でも、わからなかった。バカだから。
「なれるよ! だってもう、あなたは私とおしゃべりしてるから!」
「?」
「人間の私と小説の中の人だった貴方がちゃんとお話してるんだよ。これってすごくない? このこと、みんなに自慢していいかな?!」
「ちょ、ちょっと待て。何を言っている。貴方は、もっと筋道を立てて話すべきだ」
「そんなの、わかんないよ。バカだし。でもさ、私の手、ちゃんとあったかいでしょ?」
きょとんとする知らない人の手を、もういちど握った。
すると、知らないひとの顔はまた涙に染まっていった。悲しみの涙じゃなくて、今度は嬉しさを爆発させた。
「感じる」
「じゃあいまから私とあなたは友達ね!」
知らないその人は、もう知らないひとではなかった。友達、そうだ聞き忘れたことがある。
「友達ってのはね、まず名前を聞くの。私はイズミ。あなたは?」
「わたしはハルカ」
「ハルカ。いっしょに帰ろう」
始まりのバス停 HaやCa @aiueoaiueo0098
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