朝ごはん[2]

「ええ、わかったわロレン。」


「うん一時休戦にするね。」


「できれば永遠にそんなことない方が俺にはうれしいんだが。」


 一時間ほどすれば、食卓には料理が並び始めた。

 今日はロレンが選んだとの事だが、冒険者志向のロレンらしく簡単だが栄養が取れるもので統一されている。


「割と調理道具や調味料はあったからな、パンも焼いてみた。明日からはもう少し凝ったものも作れそうだ。」


「ごめんねロレン、朝ごはん作らせちゃって。」


「しっかしロレンもやるな、俺はこんなもん作ろうとすらしなかったわ。」


「貴方が料理するとどうなるかわからないから調理場には立たせたくないわ。」


 調理道具や調味料がどれだけ揃っているか分からなかったせいか凝ったものというよりはシンプルなものが多かったが、彩りや盛り付けは完璧と言えた。


 ユウゾウにはまず作ろうとすら思わないだろうコッペパン、プレーンオムレツにスープなどなど簡単だが消化に良さげなものが並べられている。


 好き嫌いはないが基本的に簡単な家庭料理を好んで作るアンネとしては、ほんのり申し訳なさそうなロレンにこういうものを求めていたと言ってやりたい程だ。


「……すごくおいしそうにできてるわ。特にオムレツなんて見事な半熟仕上げ。」


「そう言われると照れるな。冷めない内に食べてくれ。」


 ロレンがそう言って椅子に座るので、皆も席に着く。


 元々レナの一人暮らしでダイニングテーブルが小さめなため、どうしても距離はそれなりに近い。

 一応の来客用として椅子が三つあった事が幸いだが、目の前に嫁姑戦争の冷戦下という状況はなんとも言えない感覚を呼び起こした。


 ただ、料理に手をつけてしまえば嫁姑戦争の冷戦下などはどうでもよくなってしまった。


 いただきますもそこそこに、まずはスープに口をつける。


 スプーンで口をつけた瞬間に香る干し肉と香草の香りを堪能しながらゆっくりと口に含めば、香り通りに広がる干し肉の出汁の風味と、香草の風味。

 アンネの作るスープとは全く違う柔らかな味わいは計算し尽くされたものだろう。冒険者の勘でなされる技術は家庭料理をレストランの料理に変えてしまった。


 香草の香りは強ぎず、干し肉の出汁の風味を引き立てるほどよい塩梅。


 一口目は少しだけ薄いと感じてしまうのは、他の料理と一緒に口にする事を考えて、飲みきったくらいでちょうどよく濃さを感じるといった味付けにしたからだと思う。


 物足りない、というよりはほっとする味であり、ご飯や他のおかずを食べるように促してくる味だ。


「美味しくできてるわロレン。」


「どうもありがとう母さん。」


「うまいな、これはサヒフのクリフォトのスープかよくできてる。」


 素直な感想を口にすれば、ロレンの瞳がほんのりと安堵に細められる。

 普段からファニには美味しいとは伝えられていたのだが、大勢の前で言われるのはまた緊張があったのだろう。ロレンがどのような人生を歩んだかは知らない。でも大勢の前で料理をふるまうのはこれが初めてらしい。


 こちらを様子見していたロレンも食事に手を付けだしたのを見て、レナもおかずに箸を伸ばす。


 並べられたものを一通り口にして思ったのが、やはりロレンは料理が非常にうまいという事だ。


 ベーコンは表面だけに焦げ目がつけられカリカリかつ中はしっとりとジューシーに肉本来の味わいを引き出していた。


 オムレツに至っては非常にレナ好みの味付けだ。

 表面の鮮やかな黄色に惹かれて口にしたが、中はトロトロでギリギリフォークでさせるところが見極められていた。バターは抑えられており卵本来の味わいが口いっぱいに広がる。


 かすかに、それでいて柔らかく感じるこの甘味ははちみつだろうか。

 量はそんなに入っていないだろうが、コクのある甘味が卵本来の味の深みを出していた。


 もちろん甘いデザートオムレツもしょっぱいおかずオムレツも嫌いではない。

 ただ、一番は卵本来の旨味を際立たせた卵を美味しく食べる半熟オムレツがレナは一番好きだった。


 美味しい、と誰に聞かせるでもなく呟いて、また口に運ぶ。

 火の通り具合も完璧。白身を大きめに含んでいるので瑞々しい食感をゆっくりと噛み締めつつ、静かに味を堪能する。


 アンネより確実に美味しい、目の前に本人がいるのに失礼な事をこっそり思いながら幸福に舌鼓を打っていると、ロレンがじいっとこちらを見ている事に気付く。


「……レナそんなに美味しかったのか?」


「実際美味しい。多分私のよりも。美味しいものは正義、今度作れるようになるから教えて。」


「うーん、俺はレナの作る料理の方が好きなんだよな。なんというか俺が作るとどうしてもレストランっぽくなっちゃって。」


「ロレンの言うことも一理あるがそれでも美味しいって顔に出してくれるのはうれしいだろロレン。」


「ああ、それはうれしいな。」


 美味しいと思っていても顔に出さなければ作り手は不安になるだろうし気になる筈だ。無表情で美味しいと言われても本当に美味しいのか疑念が湧く事もある。


 それよりは、素直に感じているものを顔に出して言葉にした方が、双方のためになるだろう。感謝するのもされるのも、気持ちがよい方がいいのだから。


「……そうですね」


 ユウゾウの言に納得したらしいロレンが、少しだけ微笑む。

 気の抜けたような、安堵の含まれた柔和な笑みは、一瞬レナとアンネの思考全て放棄させるほどに、成長しつつもあどけなさをもつカッコよさだった。


「……レナ?母さん?」


「「あ、……いやなんでもない」」


 見とれていた、なんて言える筈もなく、レナとアンネはじわっと浮かぶ羞恥を押し隠してごまかすように夕食を口に運んだ。そしてユウゾウは少しばかり苦笑しながらも変なところで純情な嫁と娘を見ながら息子の大変さに冥福を祈った。




「「「……ごちそうさま」」」


「お粗末様でした」


 並べられた料理を綺麗に平らげたユウゾウ達が満足げに告げると、ロレンは淡々と返す。

 しかし、表情は穏やかなもので、こうしてパンのかけらひとつ残さず胃に納めた事を喜んでいるようであった。


「うまかった。まさかロレンがここまでできるとは。」


「そりゃあできねえと殺されかけたからな。」


「むー、ロレンが私を超えていき過ぎな気がする。」


「レナの手料理は俺よりも入れ過ぎの上限がない調味料がいっぱい入ってるだろ。」


「♡」


「仕方がない、ロレンとの結婚は認めるけど式の日取りはちゃんと決めてよね。」


「ようやく終わりが見えそうだ。」


 ロレンの料理はちょっとやそっとの料理経験では培えないほどの腕前だ。


 恐らくアンネの方が料理経験としては年季が入っているのだが、味付けの好みが違ったり大雑把な味付けが多いため、計算し尽くされたロレンの味には叶わない。


 そもそもレナよりもむしろロレンの方が料理が上手いので、それの基礎となるアンネと比べても仕方ないのだが。


「じゃあ帰るわ、すまねえな昨日何とか止めるつもりだったんだが止められなくって。」


「構わないぜ親父。また稽古つけてくれよな。」


ユウゾウに連れられアンネは帰っていった。

ファニとマッコリは確実な安全が確約されたことを感じると今まで分裂達に食べさせていた食事を吸収し始めたのだった。


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