御家デート

「レナちゃん、料理うまいわねえ。」


 あれほどの戦いがあればほとんどのお店が閉まり皆体力を取り戻そうと休む。禁書店での昨日の兼ね合いも配慮して管理者さんと父ユウゾウを家に呼んだのだ。放課後お呼びじてから帰って来て少し休めばもう夕方で、レナは着替えて夕食の準備を始めたのだが……新婚夫婦のレナの手際を観察するべく管理者さんがキッチンに居た。


「ありがとうございます。」


「ほんと、17歳なのに上手よねえ。私が17の頃なんてこんなに出来なかったわあ。」


「管理者さんは今でもレナより出来ないだろサヒフの禁書店の人が言ってたぞ。」


「何か言ったかしら。」


背後に見てはいけないものが見えた。


「別に。」


 キッチンからワントーン下がった声が飛んできたので、ロレンは知らない振りをしておきソファの背もたれに体を預けた。


 隣でくつろいでいる修斗が「あまり管理者さんをいじめない。」と窘めてきたが、これくらいは許容範囲だろう。管理者さんの話は実は禁書店の業界では有名で激マズか普通かの両極端で紅茶とお茶菓子だけは外れない。


 知らぬ存ぜぬを通すレナにキッチンから「失礼しちゃうわ。」という声が聞こえたものの、すぐにレナに明るい声で話しかけている。

 レナも管理者さんに話しかけられて戸惑う事なく返していた。若いエキスを吸い取るお姉さまの勢いと性格に慣れたもののようで、穏やかな表情を浮かべている。


 遠目に二人が仲よさそうに調理しているのを眺めて、レナはそっと安堵のため息をついた。


「管理者さんは、相当レナの事を気に入っているな。」


 同じように二人の背中を眺めていた修斗は、微笑ましそうにしている。ある意味で男子不可侵領域に準ずるため入りづらい。


「まあ、器量いいし可愛いし性格もいいから、行きつけの店の人が気に入るのは予想出来ただろ。ずっと一人にさせちまったしな。」


「ロレンはどうなんだ。」


「……別に、普通にいいやつだと思うし、何よりレナが信用しているからな。」


「そうか。」


「そうだよね。マッコリから聞いたけどお母さんと仲もいいんだね管理者さん。」


 さりげないチェックかと思ったが、ユウゾウの性格上あまり子どもの将来や人間関係には詮索はしないタイプなので純粋な興味なのだろう。ファニもファニで管理者さんに関して情報収集していたらしい。どうやらユウゾウともかかわりのある人物だったために仲が良くなるきっかけになったらしい。


 ロレンの返答に、それ以上追及をしない。


「ロレンがこれから毎日食べる料理、楽しみだな。俺もアンネに交じって練習しているのは知っていたが味を見るのは初めてだ。」


「味は保証する。管理者さんが余計な事しなければ。」


「心配しなくても管理者さんはレナさんの料理を食べたがってるから、あくまでお手伝いくらいだと思うぞ。」


「それならいいけどな。」


実はユウゾウもロレンも処理に困った危険物として禁書店で流れてきたものを食べたことがあるのだ。その時の味わいは……黙っておこう。


 幸い管理者さんもレナの手伝いに留めているらしいので、ほっと吐息をこぼして二人の調理風景を眺めた。 


「うん、美味しいね。」


「ありがとうございます。」


 二人で使ってぴったりなダイニングテーブルでは四人食卓を囲む事は不可能なので、互いの勉強用にしまっていた大きめの折り畳みの机を取り出しての夕食となった。


 ロレンの素直な感想に安堵したレナは、体から少し力を抜いている。

 練習でもない本番の手料理をアンネ以外に食べさせる事はなかったらしく、些か緊張していたようだが……ユウゾウの柔らかな笑みにようやく強張りもとけたらしい。


「すごく美味しいわ。これなら一人暮らしでも結婚しても困る事はなさそうね。」


 こちらを見ながらしみじみと呟く管理者さんに頬がひきつりかけたものの、無表情を保ってポトフをすする。管理者さんはレナの母親代わりのような存在だったのだろう。王都に居る間は心配してくれていたらしい。


 干し肉の出汁のきいた滋味深い味は母アンネの手料理のようで随分と懐かしくなってきたもの。


「ロレン、レナの作った料理の感想は?」


「もちろん美味しいよ。俺のためにありがとな。」


 ユウゾウに求められずとも言うつもりだったのだが、急かされてしまった風に聞こえるだろう。

 二人きりの場合は毎日美味しいと伝える事は忘れていないが、両親が居るので控えていたのだ。結果的には失敗であったが。


 今回もいつものように褒めたのだが、レナは何だかんだそわそわ、というか居心地悪そうに身じろぎしつつ「……はい。」と小さな声で返事した。


 ほんのりと頬が朱を含んでいるのは、恐らく二人が居るからだろう。

 三人から立て続けに褒められれば、ロレンに言ってほしかった感情も多少は薄れる。ただほんのりと顔を赤くしていた。


「可愛いわねえレナちゃん。」


「これブラウニアさん、あまり義娘をからかわない。」


「からかってるつもりはないのよ。本当に、今時珍しいピュアないい子だなあと思っただけよ?」


「そ、そんな事は……」


「まあ、それはあるな。ピュアっつーか純情っつーか」


「ロレン!?」


 ピュア、というのは間違っていない。完全なるピュアではないのだがずっと自分のことを思い続けてくれたのだ。自分が行動するたびに顔をほんのり赤くさせる。今日一緒に玄関を出る時だってそうだった。


「あらあら、私達が知らない間に何かあったのかしら?」


「別に何も。」


「何もありませんっ。」


 レナからも否定の声が飛んできた。てっきり言うかにも思えたがそれは自分たちだけの秘密にしたいらしい。

 純情やピュアは別に貶している訳ではないのだが、あまりそう言われるのは嫌らしいレナが強く否定しているので、ロレンもそれ以上口にする事はしない。しかしそんなレナやロレンをからかってかファニやマッコリは食事の手を止めながらツンツンと触手でちょっかいを出した。


「まあ、私はロレン君がレナちゃんを傷付ける事がなければ好きにしていいと思っているけどね。からかうのはほどほどにするんだよ、ロレン。」


「分かってるよ。」


「……ほら、からかってるじゃないですか。」


「純情ってのは本気だった。レナはずっと思ってくれただろ。」


 隣に居たレナに、机の下で腿をぺちりと叩かれた。

 頬を赤らめてこちらをほんのりと睨んでくるので「ごめんごめん。」と返せば、端整な容貌にむっとした表情が浮かぶ。その仕草が妙に可愛らしくて、ロレンはレナに怒られないように笑みをこらえた。


「……なんというか、こう、私達が見せてるようなものを目の前で見せられてるのよねえ。」


「いいんじゃないかなあ。ロレンもいつになく表情が柔らかいしな。つうか旅してた時のお前ともう一人の状態そっくりだったけどな。」


「からかうな、ユウゾウ。アンネちゃんに言い寄られたくせに。」




「ん、ごめんなあんまり手伝えなくて。」


 夕食を終えて二時間程談笑したところで、お開きとなった。


 二人は先に帰ったがなんでも旧知の仲らしく少し話をしてから帰るらしい。。今はマッコリとファニも交えて仲良く皿洗いをしている。


「いいよ、楽しかったし。」


「そうか。」


 気分を害した様子がないのは幸いだった。

 むしろ、楽しそうだったのかもしれない。

ファニたちに洗い終わったお皿を渡して吹いてもらうがファニたちは空気を読んでいるのか黙っている。


「……それに……」

「それに?」

「……少し、しあわせな気持ち。」


 か細い声で吐息にも似た呟きを口にしたレナが浮かべるのは、どこか寂寥を伴った笑みだった。

 風が吹けばかき消されてしまいそうな、そんな儚い笑顔。瞳にかすかな憧憬が混じっているのが分かるようになったのは、互いに孤児で親から見捨てられをユウゾウ達に会い、目指したしあわせを手にしたからだろう。


 なんだか放っておけなくて、レナはたまらず彼女の頭に掌を載せて、わざと少し乱雑な動作で撫でた。


 嫌がるような表情は浮かばず、ただ驚いたようにロレンを見上げてくる。自分が催促したわけでもないのにどこか愛、というよりも親しみをもって撫でてきたから。


「急にどうしたのロレン?」


「別に。」


「別にじゃないよ……髪ボサボサになっちゃう。」


「どうせ朝、風呂入るから大丈夫だろ。」


「それはそうだけどだ。」


「……駄目だったか?」


「だ、駄目じゃ、ないけど。……せめて、言ってくれるかな。」


「触った。」


「そう言う意味じゃなくて。」


「ごめん。」


 親しみになれっ来ていないんだなと思ったものの飲み込み、素直に謝るとレナは小さなため息をついた。


 一応、レナとは愛とは別に親しい分類に入るとロレンは思っているのでレナが嫌がってない事を確認しつつ触れてしまうが、レナ以外にはしようとは思わない。

 そもそも、触れようとすら思わない。望むのは精々悪戯をしたビアンカにお仕置きする時くらいである。


 他に触る訳ないだろ、と付け足せば、レナは頭に載せた掌を振り払う事なく大人しくなる。


「……見てて思うけど、ロレンは義父さんそっくり。」


「どこがだよ。性格も顔もそんな似てないぞ。」


訓練馬鹿に似たくはないお年頃である。(似てる)


「……そっくり、本当に。」


 今度は大きくため息をこぼしたレナにちょっとむかついて頭をまた撫で回してついでにキスしてみたが、彼女は嫌がらなかった。


(……そんなに似てるか?)


 疑問は幾つも浮かぶが、レナはそれ以上何も言うつもりはないのか、瞳を細めてロレンにされるがままになっている。


 思う存分撫でてから手を離せば、レナはハッと我に返ったらしくロレンを見上げて微妙にうろたえていた。


「なんだ、もう少しして欲しかったか?」


 からかい混じりに聞いてみれば、レナのうっすら赤らんだ顔による「からかわないでくださいっ」と反論がきたので、この辺でやめておこう。


 どうやらご機嫌ななめになってしまったのか、不服そうな顔を隠さず寝室のドアを開けて中に身を滑らせてしまう。


 ちょっとやり過ぎたかな、と後悔したのも束の間、レナがドアの隙間からこちらを覗いてくる。


「……ロレン」

「何だよ」

「……ロレンの、ばか」


 淡く紅色に色づいた頬で拗ねたような、それでいてほんの僅かに甘えるような響きの言葉を紡ぎ、扉を閉めた。


(……相変わらず可愛いな。)


 レナのせいで、心臓が突然跳ねてしまった。


 そっとため息をついて、ロレンはしばらく熱を持った体を冷やすべく廊下の壁にもたれて、いつもより白く感じる息を吐き出した。


今日は流石に一緒に寝れない。互いに悶絶して寝れなくなりそうだ。


俺はソファーで寝た。マッコリとファニがいいクッションになって慰めてくれた。

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