頼んでいたもの

「それでねえレナちゃんったら貴方の情報ばっかり集めていたのよ。もう恋する乙女ってキュンキュンしちゃうわ。」


この魔女の年齢を知るものがいたら歳を考えろと言いそうな若い人の言葉を無理に使っている魔女。ちなみにこの魔女はマライア王立アカデーメイアの学園長よりも年上との噂がある。学園長の歳は74歳となっている。それより年上とは容姿と実年齢が一致しないのは確実に魔術の類を匂わせるものだが魔術、もとい魔力は一切感じられないのだから学園長以上の実力者でおそらくはユウイチやユウゾウ、セイゴに限りなく近い実力を持っていると思わせた。ちなみにファニは既にエキスを完全に吸い取られお菓子を食べて気力を補充することにしていた。


「そりゃあ俺だってレナ姉のこと好きだしプロの受かったって聞いたときは本当は飛んでいきたっかたんだぜ。」


「あらもう愛されてるのねえレナちゃん。アンネさんたちを思い出すわ。」


思春期の娯楽に飢えた方の会話のようだった。実際そうなのだが若いエキスを根こそぎ吸うおばさまに負けない惚気をみせるロレンもロレンである。惚気話のパワーは若々しい若者のエキスを吸い取る老人どもが柱の一族の上級クラスだとするなら赤石込み波紋パワーといったところだ。その火山の噴火活動を一気に頂点にまで達することのできる力の前に成す術もなく倒されるはずの柱の一族は流動によってその太陽のエネルギーをモノにした。両者一歩も引かぬエネルギーの使い方である。


「っともうこんな時間か。じゃあ頼んでいたものを貰おうか。」


「ええ、この国では禁書ではないけれど。なかなかお目にかかれない代物よ。」


魔女は本棚から一冊の本を取り出しロレンにすっと本を差し出す。その本は平民の中でも誰もが憧れ誰もがその頂の険しさから諦めた物語。否、ユウイチという転生者が解明しようやく道を開拓し始めたが危険なことには変わりない山のようにただ険しいことだけがわかった最強への頂。


叡智の主人達


ロレンたちが目指すべき最恐を定めるきっかけになった本。この本は壁画に基づいて書かれているがその壁画はその国によって厳重に秘匿されているらしい。それでも本ができたのは当時はそれだけ親しまれた物語ということに他ならず王族たちや貴族に脅威と成る前に平民、弱き《世界の祝福》の希望となった物語であること。


その複写され続けた物の中でも初版に近ければ近いほど原点に近づきその時代の最高峰の製本技術と魔術的コーティング処理といった今では再現不可能の技術が満載なことからコレクターには高く売れるが国によっては禁書指定されるため禁書店にも置いてある。ロレンもそのコレクターの一人でこれはこの国に来る次いでにあるならと取り置きしてもらったものである。


「初版とまではいかないがそれでも第三版。いい買い物をした。」


「解読は困難に近しいけれど魔術と呪術的要素が含まれた《世界の祝福》のカギとなるかもしれない本。なかなか仕入れるのが難しかったんだから今度はちゃんと買ってね。あ、そうそうレナちゃんも一緒に。」


そう第三版などの古い本は一部の人間、神族などの長命なモンスターしか読めるものがいないというもので。第三版では魔術が表だって存在した時代に起きたできごとで《世界の祝福》はまだできて間もない時代であることが書かれている。裏の住民の噂では初版には《世界の祝福》の本質が暗号化されて記されているらしい。


唇に手を当て大人っぽい雰囲気を纏わせ、妖艶かつ保護者のような親心を醸し出しながら彼女は言った。そこら辺の思春期真っ盛りの男子なら即座に前かがみになっていたであろう魅力がそこにあった。


ロレンには聞きこそしないがその相棒であるファニは大人の妖艶さが自分に無い者であるがために精神的ダメージをもろに食らうくらいには破壊力のある攻撃だった。そんなファニに呆れつつロレンは話を勧めた。


「わかったよ。」


「ええありがとう。」


彼女は手を振りながら俺を見送った。


「叡智の主人達、ね。あれは夢見物語と笑う者も多いけれど禁書店の人間なら百パーセントではないにしろ。その危険性と可能性を知っている。彼にあげた第三版も初版までとはいかないけれど魔力が込められている。あの時代の文字は暗号化されていたものがほとんどで魔術による保護されているものがほとんど、年代を跨ぐにつれその魔術が込められていた部分は消えてゆき暗号化されていた業魔の使い方も失伝していった。報告によれば彼は業魔が使えるらしいけれどあの様子じゃあ完全とは言えないのかしらねえ。どう思うモフィーちゃん。」


彼女は相棒のリスをモフりながら話しかける。ふかふかの尻尾は子どもでなくとも思わず触りたくなるような毛並みで実に感触がよさそうであった。例えるなら毛の一本一本が滑らかなゼラチンのようなハリと艶があり色はミルクチョコレート色でその滑らかな手触りはシルクとゼリーを掛け合わせたような極上の柔らかさと弾力。そして尻尾から放出させる熱は暖かすぎず夏場でも程よい温度に保たれることでさらなる快感が手のひらを襲う。尻尾の肉は脂肪と筋肉のバランスが良くプニプニと手のひらを押し返してくれる。主人に至福の一時を与えたモフィーは主人から突然降られた言葉に


「きゅう?」


可愛らしく首を傾げた。そんなモフィーは顎を撫でられながら今度は答える容認鳴く。


「きゅうきゅう。」


わからないよーとでも言うようにモフィーは鳴くと撫でられたのがとても気持ちよかったのか魔女に甘えてきた。その姿は撫で返したくなるほどに可愛い。


「ふふっ。わかんないかあ。まあ、しょうがないわね。けれども叡智の主人達、ある国では弱い《世界の祝福》の持ち主が夢を見させて反乱を起こさせては行けないと禁書にするところもある。たしかにその本の力は本物。それでも使いこなせたものはユウイチさんと10年前から現れた実力者セイゴさんぐらいかしら。転生者は恐ろしいわね。平民最大の願望にして貴族最恐の物語、次に語られるのは彼かも知れないわね。」


そう言い彼女は紅茶を入れなおした。紅茶は薫り高くお店の中に充満する。このお店に来る人間は稀だ。紅茶の香りがしたくらいではクレームも来ない紅茶を飲むケーキは存分に頂いたことだしお茶を楽しもう。新たなお茶菓子物語が綴られることを信じて待って居よう。時代と共に禁書になった物語の続編を


「そう叡智の主人エンツォのような修羅の道を歩んだ彼ならね。」


紅茶をすすりながら魔女は高らかに宣言する。綴られない番外編が始まることを

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