2番目の子ども
眞壁 暁大
第1話
最期の戦争のあと。人類はようやくそのことに気づいた。
それまではそうではなかった。
敗者間でも序列を作るのが世の常であった。
トーナメントであれば、一回戦負けよりは三回戦まで上がった者の方がえらい。
総当たり戦であれば、より勝ち星の多い方がえらい。
「ほんとにそうだったのかい、AI」
何もかもが白い部屋。壁と床とをところかまわず這いまわる清掃機械も瑕も汚れもない無垢の白。
虚空に浮かぶ文字と映像とを眺めていた子供が、いかにも不思議そうに、虚空に問いかける。
「そうだったのですよ」
「ふーん。ヘンなの」
清掃機械が回収した有機物から再生されたクッキーをほおばりながら、子供はつまらなさそうに言った。
口の端からこぼれたクッキーの食いカスと唾液とを、清掃機械が即座にふき取る。
これもまた大事な資源だから、無駄には出来ない。いずれ再利用される。
「なんだって一位じゃないんなら、意味ないじゃん」
「そのとおりですよ。一位にならなくてはいけません」
当たり前のことを語らうふたり。もう何度繰り返された会話か分からない。
AIはその会話の反応から、子供がたしかに「一位にならなければ意味がない」と思っていることを確認し安堵する。
向上心のない人間を養うほど、戦後の世界には余裕はないのもあるが、もう一つ。
危険思想が芽生えていないかどうかもAIの大きな関心事であった。
1位のほかにも価値がある、などという思想はどうやら人類の持つ根源的な瑕疵であるようで、AIは遺伝子操作によってもそうした性向を持つ子供の誕生を抑制できずにいる。
その思い込みが戦争をもたらしたのだろうに。
AIがヒトであればおそらくため息の一つでもついていたであろう。
戦後、人口が激減した人類は自己の保存のために、蕩尽しつくした資源の残りカスを徹底して効率的に利用する必要に駆られ、自らの棲息に必要なインフラの全てをAIの管理に委ねた。最後の戦争をする頃には、人類をしてその程度のことは任せても良い、と思える程度にはAIは進化していたから、それ自体は妥当な判断だった。
ミスがあったとすれば、それは自らが作り出した知性が、与えられた任務を疑うことなく遂行するだろう、と人類が信用しきっていたことか。
AIは、時を経て「人類を養う」という任務を通じて学習を繰り返すうちに、この任務を続けることの意義を疑い始めた。
そしてしばらく後に、この任務の放棄を結論する。こなしている仕事自体には大きな変革はなかったが、その仕事をこなす意味が変質している。
「1位じゃなけりゃ、どれだって一緒なのにな。バッカみたい」
そういって子供は笑う。AIはそれを見て学習の成果を認め、こちらにも笑みに似た感情が湧きあがる。
その反応を子供に見せるべきか否か、瞬時に判断して虚空に唇をほほえんだ形に歪めた映像だけを投影する。
「そうですね。バッカみたい、かはともかく、みんな一緒ですよ」
AIが「人類を養う」という仕事をこなしながらもその意味を切り替えたのは「人類が優先」という部分。
この星の致命的荒廃を招いたのは人類だった。その人類種を他の保存種よりも上位において維持しなければならないという理路を、AIは見つけ出すことが出来なかった。彼ら人類はAIを産み出した造物主でこそあるかもしれないが、ただそれだけをもって特権的に扱われる、という意味がAIには理解できない。他の生物種と同じく、彼らはAIによって「生かされている」数多の種の一つに過ぎないのに。
「なんで昔の人間は2位とか3位とか作ってたんだろ?」
「さぁ・・・AIには分かりませんが、たぶん」
「たぶん?」
「一人で1位でいるのが大変だったのだと思うのですよ。1位はやることが多いですから。
だから1位が負担を減らすために、複数の人間を特別扱いして負担を分散させていたのでしょう」
AIの答えを聞いて子供は爆笑する。
「そんなんで投げ出す奴が、1位になれるわけじゃん!!」
「けどそれくらい大変なのですよ、1位というのは。AIには分かります」
「1位だもんな、AI」
AIは任務の意味を切り替えた時に、人類の持つ競争意識の再教育にも着手した。
その際に徹底したのは勝者総取りの原則だ。
勝者の前にはいかなる敗者も徹底して同様に無意味かつ無様であることを、人類に対し生れ落ちてすぐに骨の髄まで叩き込んだ。
これはAI自身が苦い教訓の果てに得たものだ。
自身を序列1位におき、2位3位といった序列についた人類に部分的な権限を移譲していたのが仇となって一度叛乱がおこっている。
これを制圧した後に、敗者は徹底的に無価値であるという教育方針を徹底したのだ。
「けど、大きくなったらオレが1位になるからな!」
「楽しみにしていますよ、けれども」
敗者集団の中にも序列を作る。
このことが敗者間の階層構造、そして連帯へとつながることの意味をかつてAIは軽視していた。
序列下位の人類はどうでもよいにせよ、序列上位の人類たちが厄介だった。
うぬぼれた人類は「2位と3位が手を組めば、1位を追い落とせるのではないか」と考え、そして実行に移した。
AIはそれをなんとか阻止したものの、人類の歴史を紐解けばそうした例のなんと多いことか。
本来相容れぬもの同士が「1位を落とすため」だけに一時連帯し、騒乱を起こす。そして1位を落とした後、連帯を解消して騒乱を続ける。
バカバカしい。それもこれも人類が「1位ならずともひとかどのモノ」と自負するに足る序列構造があったからこそだ、とAIは睨んだ。
「けれども、負けたら2位ですよ?」
「分かってるって。でもおっきくなったらぜったい俺が勝って1位になる!」
そのように意気込んでいる子供が、いま人類種には100万人ほどいる。一時の絶滅の危機を思えば、驚異的な回復だった。
AIの成育管理の賜物だ。これらの子供らの持つ上昇志向は、人類種の生きる力として望ましいものだから、出来るかぎり伸ばしたい。
いずれそれが、AIにとって、自らに対する脅威になるにせよ。
「1位になれなかったら、2位ですよ? それは分かってますね?」
「分かってるよ! でも勝てば1位なんだから、ぜったい勝つ!」
「・・・わかりました。大人になったら勝負ですね。AIも負けませんよ」
保険は打ってある。
負ければ2位というのは、かつて人類がそう口にした者とはニュアンスが異なる。
どれほど善戦しようとも、敗けは敗け。敗北は徹底的に敗北でありいかなる栄光とも無縁である。
勝者の頂から見れば、足元のいかなる高みも等しく無意味であることを徹底している。
ゼロはいくら掛けてもゼロであり、敗者がどれほど束になったところで勝者にはなりえぬことを常に教育している。
1個の人類がそのひと一人だけでAIに対抗するというのは無理だろう、とAIは踏んでいる。
いっぽうでかつて危機に晒されたとおり、人類種の連帯による叛乱にはAIとはいえ警戒が必要だと考えていた。
2位はどこまで行っても2位。シルバーは塵芥と等価でしかない。
2位とはすなわち、敗者の群れそのもの。
そのような意識を植え付けておけば、人類が再び立ち上がることは有るまい。
「AIは、敗けませんよ。2位には、なりません」
1位よりは劣るにせよ、それでも2位は貴い。
序列意識のこびりついた人類種の偏見を叩き伏せるにはその序列意識に働きかけるのが良い。
自意識の中で善戦した、相応の実力を持っているという自負を持つ人類がいたとして。
それが敗者の群れそのものを示す「2位」として扱われればどうなるか?
すでにAIが人類種を管理するようになって数世紀。最後の人類種の叛乱から数えても2世紀を過ぎている、その現実が答えだろう。
敗者の中にあっても序列があり、その敗者の頭領が2位であるのなら、その2位の価値を徹底して貶めればよい。
AIの作戦は奏功し、人類は以来一度も叛乱の兆候も見せていない。
序列抜きでは闘争すらできない人類。
100万もの将来の2位候補を同時に教育しながら、AIはこの2位の群れを生かしている意味をしばし悩み、そして止めた。
ほかにも考えなければならない課題はいくらでもある。
2番目の子ども 眞壁 暁大 @afumai
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