二番煎じの異世界チート

ちかえ

二番煎じの異世界チート

 異世界に転生すれば、誰でも知識チートが出来ると思っていた。

 でも、それは幻想だった。



***


 私は、今、国際列車に揺られている。

 この世界には電車もあるので、国交の盛んな国は列車で繋がっているのだ。私の住んでいる国、レトゥアナと、今から行くミュコス国も国交の盛んな国同士だ。どうやら王家とむこうの上層部がチョコレートの取り引きをしているらしい。


 電車、チョコレート。少し挙げただけでもこれだけのものがこの世界には普及しているのだ。


 私の今回の旅の目的は表向きは家族旅行だ。転生者の私とその子供たちに、私の夫が和食を食べに連れて行ってくれる事になっている。


 でも、私の真の目的は違う。


 私は会いたいのだ。私より先に知識チートをしてしまった人間に。


 別に作りたかった味噌を先に作られてしまった事で喧嘩を売りに行くわけではない。材料を探す段階で計画が潰されてしまった事を悔しいかと言われればうなずくより他はないが、恨み言を言う気もない。ただ、少し興味があるのだ。


 和食——醤油や味噌を含む——を作れるくらいだ。きっと彼、または彼女も元日本人だろう。


 少し前世トークがしたいだけだ。


 いつもは乗らない電車という乗り物に子供たちがはしゃいでいる。私はそれを横目で見ながら、まだ見ぬ転生者に思いを馳せた。



***


 そして食べてみた『新ミュコス料理』は、分かっていたが完全に和食だった。盛り付けはある程度洋風ちっくだが、間違いなく私の食べているのは前世でよく食べていた肉じゃが定食だ。


「懐かしい?」


 夫がとり天を食べながらからかいまじりに聞いてくる。息子はカレーライスを辛いと言いながらも美味しそうに食べているし、娘は柔らかな角煮が気に入ったようで、先程からはしゃぎながら夢中で頬張っている。


 昔、見慣れていたものでこの世界の人間が喜んでいるのは嬉しかった。たとえ、それが私の発案でなくても。


「うん。懐かしいよ」


 何でもないように答える。でも、その言葉は意識とは裏腹に私の気持ちをしっかりと込めてしまっていた。


「おや、奥さんはここに前にも来たことがあるんですか?」


 少し老年に差し掛かっているとわかる店主が話しかけてきた。


 ここは、はい、と答えるべきだろうということは私にもわかる。


 でも、そんな風に嘘をついていたらチートをした人間に会えない。なので正直に首を横に振った。


 私の予想外の言葉に店主は目をぱちくりさせる。


 どういう事だ? と聞かれたので正直に話す。ここで利用されたらそれまでだ。でも、お客は少ないし、問題はないだろう。


 そうしてこの料理の発案者に会いたいのだ、と言うと店主は困った顔をした。


「おいおい。そんな急に聞いても店主さんが困惑するだけだよ。きっと彼は知らないよ」


 興奮した私を夫が小声で嗜めてくる。それもそうだ。私は店主にお詫びを言って引き下がろうとした。

 だからこそ、次の店主の言葉には本当に目を見開いてしまった。


「ここを主におさめている家の当主の妹君とそのお嬢様ですから、会っていただけるかどうか……」


 店主は彼女たちとも面識があるという。


「無理で元々です! お話だけでも通していただけませんか!?」


 手がかりが見つかった喜びで私はかなりの無茶を店主に向かって夢中で叫んでいた。



***


 それでも、本当に会えるとは思っていなかった。


「はじめまして、カルローエ・シンガスと申します。ミュコスに、いえ、アトミス異世界にようこそ」


 聞こえてきたのは懐かしい日本語だった。


 私の目の前で優雅に淑女の礼をとるこの国の最高権力者の姪だという女性は、私より少し年下に見えた。少しだけ西洋っぽい顔立ちをしているが、日本人にも見える。

 不思議な女性だ、と思った。


「あの……あなたも転生者なんですか?」


 不躾だが、そう聞かずにはいられなかった。


 カルローエさんは笑顔で『いいえ』と答える。


「いいえ。私はハーフなの」


 そして彼女の口から出てきたのは予想もしていなかった言葉だった。


 呆然とする私に彼女は笑う。


「だから、母が日本にとある理由で嫁いで、その結果私が生まれたの」


 日本食も婚家の文化してきちんと説明して広めているという。とはいえ、外国にそこまでの事情を話すのは大変なので、新しくミュコスで広まった料理として説明しているらしい。でも、別に隠しているわけではないし、聞かれたら今回のようにきちんと説明しているようだ。


 ただ、私が考えていた『チート』が全部彼女とその母親の発案ではないらしい。

 チョコレートは、かなり昔に私の前世の世界に行った人間が必要に迫られて手に入れたものだし、カレーは他の転生者がチートして作ったものだったという。

 電気にいたっては魔術のような力を欲して独自に研究して出来たものだ、と言っていた。


 異世界にあるもの全てが転生者転移者による特別なものであるという考えは間違いだったのだ。電気以外にもきっといろんなものがこちらの人間の発明で作られたのだろう。


 異世界に行けばチートが出来ると思い込んでいた自分はとんだ間抜けだったと言うわけだ、と分かる。


 ただ、異世界の食べ物で、最初はミュコスで広まったという事を説明するなら、味噌や醤油を生産することは何も問題はないと言う。あまりの太っ腹さに驚いてしまった。


 いいのか、と確認するが、元々私が発明したものじゃないし、とあっさりと言われる。この料理が定着してから何十年も経つ。別に他国で広まっても問題はない、と。


 これでは二番煎じにしかならないが、こんな幸運を逃す気は無い。


「なんか、私は初めての転生者としての権限を行使する図々しい女として歴史に残りそうですね」


 冗談まじりに言うと、カルローエさんは楽しそうに笑う。


「それはないわ。だって二百年ちょっと前に、自分は転生者だから特別だと思い上がって、彼女の出身国の王太子の妃になろうとした愚か者がいるもの」


 ここでも私は二番目だったらしい。しかも最初の人は信じられないくらいの厚顔無恥だ。


 私程度では敵うわけがない。


 私はただただ苦笑するより他はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二番煎じの異世界チート ちかえ @ChikaeK

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ