17、その夢忘れてました。(第三話 完、完結)

「あなたが三年前に俺に残したのは、あなたのいい匂いと、紗良という名前、そしてピンクのハイヒールと花のコサージュ」


ベッドに二人横になっていた。

愛を交わした後の気だるさがある。


「ハイヒールにコサージュ!?」

そういえば、イケてる女を装うためにそれを付け焼き刃に身につけたのだった。

それは、持ち帰らなかった。


紗良は二階堂の腕に頭を乗せて、彼の顔を見る。男にしてはうっとりするほど長いまつげをしている。


「そう。フランスで修行の締め括りに、コンペティションに出したフレグランスはそのイメージで作ったんだ。

だから、デジャン氏があなたにあれをつけようとした時には心底驚いた」


「なんですって?あの授賞のフレグランスはわたしのハイヒールとコサージュからインスピレーションを得たというの?」

紗良は驚いて聞き直す。


「ハイヒールとコサージュを身につけた、あなたのイメージから作ったんだ。

俺は心が動かないと人の心を打つものを作れないと言っただろう?」


二階堂清隆は顔にかかる髪をかき揚げる。


「ふとみたネットニュースで、メイクアップアーティストの映像をみた。

その時にメイクをしてもらっていたあなたに気がついた。

それで、A社に電話をして、あなたのフルネームがわかった。

俺には、紗良という名前しかなかったからフルネームがわかって、何をしている人かわかって、本当に嬉しかった」


あの榎原空也のメイクショーではテレビや雑誌でも取り上げられて、反響が大きかったが、まさか電話までかけているとは思わなかった。


紗良は気になることがある。


「でも、に、、清隆はその頃はフランスだったのでは、、?」

「フランスから国際電話だ。そして、空港に迎えにくるのがあなたと知って、どんなに嬉しかったか!

だけど、全然あなたは俺のことを覚えてなくて、どんなにショックだったかわかるか?」


二階堂の告白は、紗良には驚きの連続だった。

はじめましてと紗良は挨拶をしたような気がする。

それから二階堂清隆は不機嫌になった。

それは、紗良が彼のことを全く覚えてなかったからだったのだ。


「ご、ごめんなさい。本当に覚えてなくて、、、」



二階堂はそうだろうな、というあきらめの顔をする。


「だから、香りの記憶への作用を利用することにした。

あなたは初めて会ったときから、香りへの感性が優れていたので、同じ香りを嗅いだらなにかしら俺のことを思い出してくれるかと思ったんだ。

で、ようやく思い出してもらえたようだった」


二階堂の言う通り、紗良は香りに記憶が引き出された。

だが、それがなければ、あのにおい袋の中身がわからなかっただろう。

特に最後のアンバーグリスは、答えを教えてもらっていたから、書けたのだ。


「俺はせっかく再会できたあなたともう離れるつもりはない。

あなたの存在は俺の心を震わせる。

一緒に仕事をしたことで、さらにそう思うようになった。あの出来は素晴しいだろう?」


そこで、二階堂清隆は言葉をきる。

横になりながらも紗良と向かいあう。


「デジャン氏との仕事は長くなりそうなんだ。

紗良、一緒にフランスに来ないか?

そして、フランスだけではなくって、ずっと一緒にいてもらえないか?

俺は何度もいうがあなたを離すつもりはないが、その証がほしい」


紗良は絶句である。


真吾に振られてから、仕事に紗良は全てを賭けて頑張ってきた。

頑張れば頑張るほど成果が上がり、認められ、自分の企画したプロジェクトも任されてうまくいっている。

だが、それも彼と再会するまでだった。

紗良は己の全てを賭けても良いと思えるような、もっと情熱をかけたいことがあるのを知ってしまった。


「ずっと一緒にいて欲しい、その証が欲しいって、それはまるでプロポーズの言葉のようよ?」


二階堂の目は急に不安な色を帯びる。


「、、、プロポーズをしている!

あなたを一人にしていたら、假屋崎やその他の男があなたをほっておかないだろう。

あなたは、男を惑わすいい香りをしていると以前言わなかったか?

フレグランスやにおい袋でもない、あなた自身の香り。誰にも嗅がせたくない。

未来永劫、俺だけのものにしたい」


紗良は思わぬプロポーズの言葉に動揺する。

そんな風に求められて、断れる女はいるのだろうか?

このタイミングであるというのは全く思いがけないものであったが、遅かれ早かれ、彼と一緒になるような気がした。



「結婚しても、わたしは専業主婦にはならないわよ?」


紗良も覚悟を決めるときだった。


「二階堂清隆は、今に誰もが知るブランドのようなものにまでなると思うの。

わたしはあなたの横で、なんでもやって、全力で応援したい」


「今の仕事はどうするんだ?

フランスだけではなく、世界中からオファーがあるんだ」

慎重に二階堂はいう。

彼は紗良がどれだけ、自分の仕事に誇りをもって、心を砕き、真剣に取り組んでいるのか知っている。

ちゅっと紗良は二階堂の鼻の頭にキスをする。


「A社は寿退社ってことになるのかしら?

これは長年の夢だったのよ?

はっきり言って忘れかけていたけど」

「本当にいいのか」


二階堂は紗良に被さる。

顔を挟み、正面から紗良の目を除き込む。

紗良の本当の気持ちを読み取ろうとする。


愛しい人が少しでも迷うところがあるのなら、強引に自分の傍にいさせることはできなかった。

遠距離でもあえるなら、全く会えないよりは数100倍も良いだろうと思う。


「もちろんよ!」

紗良の目には迷いがなかった。

彼と死ぬまで続くであろう、あらたなプロジェクトに、心からワクワクしていた。


それを見て、二階堂は心に染み入る紗良の良い匂いと煌めく瞳に、永遠に捕らえられたのを知ったのだった。



第三話 完


「花のOLは寿退社が希望です

~フレグランスは恋の媚薬 」 完結




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フレグランスは恋の媚薬 藤雪花 @fujiyuki_hana

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