16、仕事とプライベートの境界線

身に付けることで女性に自信を与えきれいになれる、さりげなく香る和のフレグランスのプロジェクトは、実力のある調香師、二階堂清隆を獲得したことにより、着実に進んでいる。


たちまち、紗良をうならせるサンプルも出来上り、大規模なマーケティング調査も、大変良い評価を得ていた。

上層部の受けも良く、来春からの販売は内定している。


紗良ができることは完了し、後はパッケージデザイン、販売戦略など、別の戦略チームに引き渡して、紗良の企画したプロジェクトは完了である。

とにかく、何もかもが順調に進んでいる。



二階堂清隆とは、仕事相手として大変やり易い男であった。

理性的で、思慮深く、人に対してリスペクトを持っているために、意見が違っても気持ちよく議論ができるのだ。


とにかく、紗良の仕事の相手として文句ない、好感度の高い男である。


彼は、業界第五位の紗良のA社の本格的なフレグランスブランドの顔になり、日本の女子たちに新風を吹きいれるだろうと確信できる。


A社との仕事が終われば、彼は他のオファーを受けるだろう。

紗良が獲得したのは、一番目に二階堂清隆と仕事をする権利のようなものである。

この仕事が終われば、彼が専属契約を結ぶかどうかはわからないが、山田美嘉のK王とも仕事をすることもあり得るだろう。



紗良としては、彼が他の担当者と仕事をすると思うと、いい気持ちがしない。

最近、二階堂清隆を独占したいという強い気持も自覚している。


そんなことは、紗良にとっては初めてで、どう対処したらいいのかわからず、その気持ちを持て余しているのである。




「先輩、さっきからため息ばっかりついていますよ?ため息をつくと、幸せが逃げていきますよ?」

さやかは言う。


このさやかの理想の先輩は、最近ぼうっとして、人の話をきいていないことがある。


「現場でも回りますか?」


プロジェクトが進行していない時でも、百貨店やスーパーなどの、売り子や展示のアドバイスなど、することは山ほどあるのだ。


「そうね、、、」

と紗良の気の乗らない返事が返る。


「もう、プロジェクトも完了だから、次のにいかないと!先輩」


完了すれば、二階堂清隆との接点はなくなる。

彼とは仕事の関係者だからだ。

仕事の関係者というものは仕事を一緒にするものであって、それ以上でも以下でもない。


そうではあるのだが。

紗良に不完全燃焼感が残る。

全て順調、なのにである。


ピロロロンと紗良の携帯が鳴った。

すぐさま紗良は携帯を手に取り、目にも止まらぬ早さでスライドする。


「二階堂先生!はい、今大丈夫です。今夜打ち上げですか?もちろん!うかがいます」


その電話一本でさやかの目の前で、ぼうっとしていた紗良が生き生きする。

さやかはあることに気がついた。


「先輩、今の電話、プライベートの携帯にかかってきましたか?」

「うん?そうよ。二階堂先生とは初めからいつもこの番号よ?それが何か?」

「いえ、、、」


当然のように、仕事の相手とプライベートの携帯を使って話をする紗良を見る。


「そっか。先輩は初めからそうだったのですね」

さやかは言う。

「?初めからって?」


紗良は、頑なに男を避けていた。

それなのに、二階堂清隆には自分のプライベートの携帯番号を教えている。

仕事の携帯も持っているのにである。


初めから、二階堂清隆に関してのみ、このお固い先輩は仕事とプライベートを一緒にしてしまっているのだ。

そして、そのことに関して当人は何の疑問も感じていないようなのだ。


紗良先輩は本当にきれいになった。

二階堂清隆に関してのみ、仕事とプライベートの線が曖昧になっている。

このまま二階堂清隆とゴールインなんていうこともあり得るのではないか、とさやかは思う。


「先輩の昔の夢は寿退社だったよね?まさかね、、、」

さやかの目の前には、電話一本でスイッチが入り、手際よく仕事を片付けていく紗良の姿があるのであった。




「打ち上げってどういうところがいいかわからなくて」


二階堂清隆が選んだのは、ホテルオークスのコジャレたイタリアンである。

ざわざわと陽気な雰囲気である。

ここは以前は中華料理屋であった。


ワインもプロシュートの入るカルパッチョのサラダもパスタも、他愛もない話と笑顔でどんどんと進んでいく。

二階堂清隆と過ごす時間は仕事でも、そうでない今日のような時間でも素敵である。



デザートはブラッドオレンジのシャーベット。


紗良はどうしても聞きたいことがあった。


「二階堂先生は、この後の仕事はどうされるのですか」


二階堂は、じっと紗良を見る。

「いろいろオファーはいっぱいなんだけど、デジャン氏との仕事も断れなくて」

デジャン氏はC社CEOである。

「フランスですか!」


それを聞き、紗良の血の気が下がる。

仕事で関わらなくなっても、日本にいる限りばったりどこかで会うことも期待できたのに、彼がフランスに行くならばその可能性もなくなってしまう。


「しばらく会えないのですね、、、」


それを聞き、二階堂清隆は眉をあげた。

紗良は言ってしまって、しまったと思った。

残念そうな気持ちをそのまま言葉にしてしまった。

しばらくも何も、紗良のA社とのフレグランスプロジェクトが終われば、二人はもう会うこともないのだ。

この打ち上げは、二人でした仕事の最後の〆のデザートのようなものだ。



「俺はあなたとこれっきりにするつもりはない」

二階堂はテーブルに置かれた紗良の手にその手を重ねた。

思いも掛けない親密な触れあいに、紗良はびくっとする。


「こっちを向いて、、」


紗良が、伏せていた目をあげると目の前には端正な二階堂の顔があった。

あっと思うまもなく、唇が重なる。

そして、彼の匂い。

それを吸い込むと、紗良はもう自制が効かない。


「、、部屋を取っている」


二人はそのまま部屋に雪崩れ込むと、紗良はベッドに押し倒された。


「シャワーを浴びたい」

紗良はベッドから体を起こそうとするのを、強い体で押し止められる。


「そのままでいて。あなたのいい匂いに包まれたい」

あっという間に紗良は脱がされた。

二階堂もシャツを一気に脱いだ。


展開の早さに、紗良は酔いが醒めた。

「ちょっと待って、、。心の準備が、、」

二階堂は紗良の手首をベッドに縫い付ける。

そして、真剣で、余裕のない目をして紗良を見つめる。


「俺はもう三年もあなたを探していた。もう待てない」


今度のキスは紗良の全てを奪うキスであった。そのキスは紗良の全身に落ちていく。

紗良も我を忘れる。

男の手が優しく紗良の体を開いていく。

彼が触れるとことが燃えるように熱く、全てが快感を高めるところになった。


男は紗良を何度も突き上げる。


「先生、、」

紗良が腕を伸ばすとそのなかに彼は自ら捕らえられに行き、キスをする。


「先生ではなくて、清隆と呼んでくれ」

「清隆、、」

「紗良!あなたをやっとこの手に捕まえた。もう離さない」


その夜、何度も二階堂清隆は紗良を抱いたのだった。





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