14、昨日の敵は今日の友。

次は、二階堂が用意した香木は、香道では基本となる沈香の六国の香り当てである。


微妙な違いにより、羅国や真南蛮など、6種類に分けられる。


紗良が精神を集中させて聞くその香りは、甘 、酸、辛、苦、鹹の五味をすべて含んだ香りのように思えた。

心がどこまでも大きく広がっていくような、豊かな香り。


「伽羅」


紗良は書いた。

正解である。


「これは、沈香のなかでも特にバランスが整った本当にいい香りですね。

店で出せる最高品質のものです。

いかがですか?せっかく来ていただいたので」

正解できなかった人にも二階堂清隆は優しく言う。


6人が泣く泣く脱落する。

デジャン氏は感動に震えている。

「トレビアン!!」

C社のCEOは香りの感性にすぐれた人だった。


「フレグランスにもよく使うので、、邪道ですがこれはいかがですか?」


二階堂清隆は、銀葉と呼ばれる透明な板に、瓶から1滴垂らす。それを銀葉ばさみで挟んで灰の山にのせた。


ジャコウのようなムスクの香り。

だがそれよりも、すこし淡白な感じがする。

「アンブレッドシード」

紗良は答える。


「さすが、香水を作ろうとしている会社の人たちだね。

植物からもジャコウジカと同じような香りが取れる。

植物だと命を奪わなくてもよいからね、それにこのアンブレッドシード、日本名のニオイトロロアオイは女性ホルモンの分泌を促進して、内側からきれいにしてくれる。高価だけどこれから使いたいものだ」


アンブレッドシードで2人が脱落する。


香水メーカー2名のおばさまと、山田美嘉と紗良が残った。

続けて5問。

彼女たちは正解する。

山田美嘉は本当によく勉強しているようだった。

このまま勝敗がつかなそうな感じである。


「やっぱり神野さんは勉強家ね!」


お互い感じることは同じである。

だんだんと集中しすぎてくらくらする。

皆疲れきっていた。


ここでいったん休憩となった。

デジャン氏と真吾、紗良と山田美嘉、香水メーカーの二人のおばさまは、待ち合いへ、庭を歩きながら体を伸ばす。

外の眩しい光を浴びてくらっとしたのを、真吾は手を伸ばして肩を支える。


「大丈夫?紗良」

「あ、ありがとう。大丈夫だから」

紗良は真吾から離れる。



待ち合いに戻ると、亭主が甘い季節の和菓子とお抹茶を出してくれる。


「お疲れでしょう?」

「精神集中しすぎて脳内エネルギーが不足しているから本当にうれしいわ!」

甘さと苦さが染み渡るようである。


「お前、頑張りすぎ」

真吾が紗良の隣に座ろうとする。


「なんか、おかしいと思ったらあなたたち、知り合いなの?」


それを見とがめたのはB社のおばさまだった。矢のように鋭い声が、部屋に響く。

もう一人のD社のおばさまも眉を寄せて、蔑むように紗良を見た。


「第三者の立ち会いの人と、試験を受ける人がそれも只事ならない間柄のようよね?それって公平な勝負といえるのかしら!

あんた、化粧品メーカーなのに、こんなにできるって、おかしいと思ったわ!」


「はじめから答えを知っているなら正解するのもわかるわねえ」


香水メーカーの二人は結託したようだった。

何て言うことか。

ここまできて、八百長を疑われている?!


「わたしはこの人と勝負とはなんの関係もないです!

い、言いがかりをつけないでください」


紗良は必死で言った。

そこに、山田美嘉が割って入る。

彼女は強い目をして、おばさま二人をにらんだ。

美人が凄むと恐い。


「假屋崎真吾さんは、わたしが依頼した立ち会い人よ?彼と神野さんはなんのやり取りもしていないのに、答えがわかるはずなんてないじゃない!

そっちこそ、すんなり勝てず、むしろ負けそうかもと思うからといって、変ないいがかりをつけるのはやめてくださらない?」


頼りになる援護射撃だった。

さらに言う。


「わたしたちが化粧品メーカーなのにフレグランスに進出しようとしているのが、気に入らないのはわかっているわ!

だからといって難癖つけるなんて、そっちの方こそ卑怯でしょう」


「美嘉さん、、」

自分のためにライバルが反論してくれる姿に涙がでそうになるほど嬉しくなる。

山田美嘉はウインクした。


「この前、着物を直してくれたしね」


ライバルは紗良を助けてくれる。

だが、この言いがかりの原因を作った張本人の男は、女の脚を引っ張るのを辞めようとしない。


紗良の手を掴んだ。


「紗良、君はくたくたで今にも倒れそうだ。これからも社会の矢面に立って会社の命運を背負って、命を削るような勝負を続けるつもりなのか?

それよりも僕と、、、」


紗良を見つめるその目は、まるで知らない男のものだった。

真摯で真剣で必死。

三年前だったら本当に嬉かったと思う。


今ハッキリとわかる。

ぬくぬくと自分を守る、その男を待っていた23の紗良の60兆個の細胞は、完全に、完璧に、一個残らず生まれ変わっていた。


真吾の知る紗良は、この世にもう存在しないのだ。


真吾の知らない、別人の目で真正面から見返す。


「続ける。今のわたしにとってこの勝負に勝つ以外に大事なことはない」


紗良は言った。

真吾の手が重く、紗良から離れる。


デジャン氏がこの騒ぎに、二階堂を離れから連れてきていた。


二階堂清隆は、紗良の真っ直ぐな言葉を聞く。

そして、嬉しそうに口許をほころばせたのだった。


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