一番目と二番目の好意

@hinorisa

第1話

 深々と雪が降る町は、人々の生活の明りによって包まれていた。

 たくさんの出店の並ぶ大通りでは、家族連れや恋人同士が手をつなぎ、微笑みを浮かべて行きかっていた。

 そんな幸せにあふれた光景を旅人は自分の事のように、うれしそうに眺めていた。

 そんな彼の頬に木製のカップが押し付けられる。冷え切った彼の頬にはその温かさが痛みのように感じられた。

 びっくりしてそちらを向くと、彼の旅の相棒が楽し気に笑っていた。差し出された飲み物を礼を言って受け取り、中身を相棒に尋ねると、ホットワインだと答えた。

 酒にはあまり強くない彼だったが、せっかくの好意と雰囲気なのでちびりちびりを口にする。

 二人はそのまま歩き、祭りの会場である広場に向かうと、そこには様々な雪像が立ち並び、人々の目を楽しませていた。

 円形の広場の中央に設置された舞台では、祭りの由来を演劇にしたものが上演されている。


 ……始まりはこの土地を開拓していた頃のこと。

 土地は広大だったが、夏の時期を除けば、ほとんど雪によって覆われていたため、開拓民達は苦しんでいた。

 そこでその土地の精霊様に祈りを捧げた。

 精霊様は祈りを聞き入れ、自らの守護を与える代わりに、供物を差し出すように言った。

 供物はその年ごとに代り、量もまちまちだったが、その守護は絶大で、開拓する土地は春と夏の間は決して雪が降らなくなった。

 作物を栽培し、家畜を育て、夏の終わり頃には十分な貯えをする事ができるようになり、町は豊かになった。

 街道が発達し、外部との流通が盛んになった今でも、その精霊様を讃えて祭りを行う。

 石像や屋台に並ぶ食べ物は、かつて精霊様が欲しがった供物の数々だという。


 彼は興味深そうに劇を眺めていたが、相棒は興味が無いのかいつの間にか姿を消していた。

 彼が周囲を見渡すと、そこには年頃の女性と話す相棒の姿があった。心なしか話しかけられた女性は嬉しそうで、寒さのせいか照れているのか頬が赤らんでいる。

 ため息をつき相棒を注意することなく、彼は広場を後にした。

 広場から離れるとだんだん人の数がまばらになっていく。

 道のわきには小さなかまくらが並び、その中にはろうそくが灯っていて、そんな雪の灯篭を眺めながら、彼は当てもなく歩いてく。

 気づけば彼以外誰もいない。

 そのことに気が付いて、彼は来た道を戻ろうとすると、不意に背後から声を掛けられて振り返ると、そこには銀髪の愛らしい少女が立っていた。

 先ほどまで姿も気配も無かったことに首をかしげながらも、人の良い彼は、幾ら祭りといっても夜に子供が一人でいる事を怪訝に思いながらも話しかける。

 一人でどうしたのか。親か友達とはぐれてしまったのかと。

 すると少女は首を横に振った。

 夜に一人で歩いては危ない。もっと人がいる明るいところに行こうと彼が提案すると、少女は頷いて彼に手を差し出した。

 彼は一瞬躊躇したが、薄暗いし手をつないでいた方が安全だろうと思い、少女の手をそっと握り返した。

 少女の手はとても冷たくて、彼は寒くないのかと尋ねると、少女は首を横に振ると、彼の手をぎゅっと握り返してきた。

 じゃあ行こうかと、彼は少女の歩みに合わせて歩き出した。


 彼は広場に向かって歩いていたはずだったが、気が付けば少女に手を引かれていることに気が付いたが、それを不思議に思うことなく、少女についていく。

 周囲は驚くほど静かで、まるで町が眠りについてしまったかのようだったが、彼は全く不安に思うことはない。

 まるで親に手を引かれて家路を歩くかのように、むしろ安らぎにも似た心地よさが彼を包んでいた。

 少女の足が全く雪に沈んでいないことにも気が付かない。

 周りは彼の知らないものに変わっていく。小さなろうそくのような光がいくつも飛び交い、雪に交じってちらちらをゆれる。

 綺麗だとつぶやく彼に、少女は嬉しそうに笑う。

 子供のように嬉しそうに景色を眺める彼に、少女は自分の事のように嬉しそうで、そのことが彼をさらに温かくする。

 ああ、何も怖い事はない。苦しい事も、悲しい事も彼の中から消えていく。

 けれど、不意に彼の脳裏を何かがよぎり、足を止めた。

 少女が不思議そうに首を傾げて、不安そうに彼を見上げてくる。

 少女にそんな顔をさせたことを申し訳なく思ったが、彼はそれ以上は少女と歩くことは出来なかった。

 

 彼の姿が見えないことに気が付いた相棒は、話していた女性に謝罪して走り始めた。

 周囲の人が何事かと怪訝そうに視線を向けるが、相棒は気に留めることは無く走り続ける。すぐに町の外れ迄たどり着くと、そこに落ちていた木のカップと、雪に染みたワインを見つける。

 彼を呼ぼうと口を開いた相棒の身体を剣が貫いた。

 口から血を流す相棒にかまわず、男は剣を勢いよく引き抜くと、相棒は前のめりになって、雪の中に倒れ込んだ。

 倒れ込んだまま男をにらみつけた相棒は、あいつをどうしたと尋ねた。

 すると男は丁寧な口調で、精霊様の所ですと答える。

 彼は精霊様の一番になったのだと言う男は、酷く恨めしそうに口元をゆがめた。

 男の一族は代々精霊様にお仕えしていて、この時期になると供物を見定めるために姿を現す精霊様の世話をしている。

 大体は食べ物やおもちゃ、服飾品などといったものがほとんどなのだが、ごくまれに人間をを選ぶことがある。そういった場合に、後始末をするのも一族の役目なのだという。

 事情を説明するのも礼儀だからと語る男を見て、相棒は好戦的な笑みを浮かべた。

 羨ましいならあいつの替わりに供物になればいいだろうと、つまらなさそうに言う相棒を男が憎々しげに見る。

 自分たちは精霊様に気に入られている。だから世話係に選ばれていて、光栄なことだ。一番に選ばれる必要も無いのだと、淡々と男は語る。

 一番目になりたくてもなれないだけで、二番目どまりの間違いだろうと、相棒に指摘された男は、激昂して剣を振り上げた。

 だが、次の瞬間には男の剣を持つ腕が無くなっていた。

 血をまき散らしながら雪を赤く染め、もだえ苦しむ男をしり目に、傷一つない相棒が静かに佇んでいた。


 帰らなくてはいけないと、申し訳なさそうに言う彼に少女は不思議そうに首をかしげている。

 彼はかがんで、目線を少女と合わせると、優しく諭すように言う。

 自分には相棒がいて、そろそろ戻らないといけないのだと。

 少女は繋いでいた手を両手で包み込むように握る。その姿は酷く悲しげで儚げで、彼は胸を痛めた。

 彼には少女の正体は分からなかったが、このままいくと戻れないことはなんとなくわかった。

 少女はとてもさみしくて、彼にそばにいて欲しいのだと言う事も悟っていたが、それでも彼は少女の事を選ぶことは出来ない。

 彼にとって、今一番目に大切なのは、共に苦楽を共にしてきた相棒なのだから。

 握られていない方の手で少女の頭を撫で、ごめんと謝罪を口にする。

 じっと彼の顔を見ていた少女が、不意に驚いた様子で彼の背後を見たので、つられて振り返ると、そこにはいつものように楽しげに笑う相棒がいた。

 いつまでたっても帰らないと思ったら、こんなところで少女とデートとは妬けると、相棒は冗談めかして笑った。

 少女は二人を交互に見比べると、何か納得したようにそっと握っていた手をはなした。

 

 彼が気が付くとそこは村はずれで、足元には飲みかけのホットワインだったものとカップが落ちていた。

 彼の様にはいつものように相棒がいる。

 何か言いたげな彼を黙らすように、相棒はさっさと歩き始めてしまう。

 その後を慌てて追う彼の背後には、怪我一つない男が呆けたように座り込んでいた。

 

 ばつが悪そうに後をついてくる彼を、相棒はチラリと一瞥すると、いつもと変わらぬ口調で、腹が減ったとぼやいた。

 彼は俯けていた顔を上げ、暫く相棒の背中を眺めていたが、そうだなといつもの調子で返した。


「俺は二番目より、一番目の方がいいんでね。悪いけどこいつはやれねえよ」

   

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