最終話 「また会いにきたよ」
「お前、どうして」
元妻は、はにかむだけ。
「ひょっとしてマスターと再婚、とか?」
だとしたら、マスターも人が悪いのでは? あんまりだ。
「そんなんじゃないわ。マスターはわたしたちを引き合わせてくれたの。話し合ったらって」
マスターが用意してくれているのは、土鍋である。
「ではお嬢さん方、お手伝いをお願いできますか?」
マスターは娘たちにお願いをして、食器類を持ってきてもらう。
二人の少女は嬉しそうに、自分たちの役割をこなした。
続いてマスターが用意しているのは五徳だ。底面に火の付いた着火剤を敷く。
鍋の用意が着々と進む。
最後に、家族全員を座らせる。
私と妻が対面に座る。私は長女を、妻が次女をサポートする席順だ。
「やはり家族で囲むと言えば鍋です。では、お召し上がり下さい」
「じゃ、じゃあ、いただこうか?」
家族全員で手を合わせるなんて、何年ぶりだろう。
「水炊きだな」
「福岡の名物です。具材はさっきと逆。北海道の具材を集めました」
カニや貝類が、鍋の中で踊っている。
アツアツの鍋が、また凍結酒に合う。
まさか、このために用意したのではなかろうか。
私は、妻にも酒をすすめる。
「悪かった。仕事の忙しさのせいにして、家庭をないがしろにして」
「こっちも、あなたがどれだけ家族のために身を粉にして働いていたか、知りもしないで」
二人で、深刻な話をした。酒が回っているためか、いつもよりダウナーな気分に。
幼い娘たちは、私たちの話など聞きもせず、鍋に夢中だ。
「デザートに梅シャーベットがある」と、しきりに話しかけてくる。
妻と話しつつ、私は彼女たちのためにカニをほぐし、貝の身を殻から引き剥がす。
今まで娘を大事にしなかった分、精一杯かまう。
気がつけば、妻とロクに話さず、宴は終わってしまった。
「ありがとう。連れてきてくれて。楽しかった」
賑やかな時間は、あっという間に過ぎていく。
再び別れの時が。
そう思っていた。
「一緒に帰らない?」
元妻から、意外な言葉が。
私は、彼女に苦労をかけ通しだった。
もう二度と、家に上げてくれないだろう。
そんな覚悟までしてきたのに。
「そうだね。この二人には父親が必要だ」
彼女の言い分の分かる。女手一つで二人の子どもを世話するのは大変だ。
人手が欲しいなら、いくらでも手伝う。
それが答えなのだろう、と思っていたのだが。
「そうじゃないの」
目を腫らし、妻は私の手を取る。
「帰ってきて」
これ以上ない言葉。
私だって帰りたかった。家族の側にいたい。
でも、自分は別れを切り出された身だ。
つまらない意地を張って、本心を隠して生きてきた。
「いいのか?」
水炊きの熱ですっかり溶けた凍結酒のように、私はようやく本音を絞り出す。
帰ろう。温かみのある我が家へ。
その前に、マスターに頭を下げる。
「マスター、ありがとう」
「いいえ。これから先は、ご家族の問題ですので」
「私は仕事量を減らすよ。これからは自分の足だけじゃなく、人を雇って動いてもらう。家族と向き合う時間を増やす。困ったことがあったら、連絡して欲しい」
「ありがとうございます」
「キミにも、家族ができるといいね」
「お客様方ひとりひとりが、私の家族でございます」
「閉店、見届けていいかな?」
「是非」
全員で店を出る。
マスターがシャッターを閉め、鍵をかけた。
店をやめるという張り紙をして、今度こそこのレストランは幕を閉じた。
「この店はどうなるんだ?」
「人に譲ります。やめるなら買いたいと仰る方がいらっしゃって」
買い取り手は主婦で、この店が気に入った客の一人だという。
ネットで集めた書籍を紹介、販売するらしい。
「本屋さんになるんだね?」
「ええ、店名もそのまま使います」
「へえ」
「ご夫婦のお名前と同じらしいですよ」
(完)
「また会いに来たよ」 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2
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