変わらぬ思いとブービー賞狙いの恋天使

咲兎

本編

「寒っ、今日は一段と冷えるなぁ」


 一際肌寒い冬の日。冬は、嫌な事を思い出すから、あまり好きじゃない。まぁ、そんな事を思っていても、高校には行かなくちゃいけない訳で、俺は、体をさすったりしながら、自分の高校へと向かっていた。


「ん? あれは……!?」


 そんな時、遠くに、友人の藤堂らしき男と金髪の少女が並んで歩いている様子が見えた。

 え? あの子、いや、まさか……そう思って、俺は近づこうとした。

 その時だった!


「よし! やれぃ!」

「!?」


 何か、後ろから男の声が聞こえてきた。

 そう思って、振り返った次の瞬間!


「ぬおおおお! 付き合えええ! 付き合ってくれええええ!!!」

「何だ、お前!?」


 突然、何者かが俺に白目をむきながら、抱き着いてきやがった! ちなみに、相手は、俺と同じ男である。


「付き合え付き合え付き合えよおおおお!!!」

「こえーよ! 何なんだ、さっきからあんた! 離せぇ!」


 俺は男を無理やり引きはがした。


「はぁ、はぁ、なんだってんだ一体……」

「くっ、失敗したか!」


 その時、先ほど振り返るきっかけとなった男の声が再び聞こえた。

 気になって、声がした方を見てみると、そこには白い翼に天使の輪をつけ、天使っぽい格好をした黒い長髪の中年男がいた。な、なんだこいつ?


「おい、貴様!」

「えっ、俺ですか。何でしょうか」

「そいつと付き合う気になったか?」

「いや、なる訳ないでしょう! というか、何者ですかあなたは!」

「ほぅ、聞きたいか。俺は戦闘天使サルートだ」


 戦闘天使? どこから、突っ込めばいいんだ?


「む、納得がいかないといった顔をしているな。

 そうだな、軽く説明すると、天使というのは、死後の世界である天界に住む種族の1よ。そして、天使にも役割が分けられているのだが、戦闘天使は、文字通り外的との戦いを専門とする天使で俺はその一員という訳だ」

「まぁ、とりあえずそういう事で良いです。ひとまずは信じます。じゃあ、俺にあの男をけしかけてきたのは戦闘訓練の一環ですか?」


 俺が、そう聞くとサルートは、声を荒げながらこう返した。


「その男の付き合えという言葉が聞こえなかったのか! 見ての通り、俺は一時的にキューピッドをしているのだ!」

「どこが見ての通りなんですか!? あんな強行手段とるキューピッドいますか!?」

「いや、これには訳がある」


 そういうと、サルートは軽く咳ばらいをしてから、語りだした。


「俺の主はたまに、催しを開催するのだ。

 恋天使キューピッド以外の役割の天使を階級問わず、無作為に10体集めた催しをな。

 今回の内容は、直接的に能力を使わず、日本の中から1カップルを成立させてみせよというものだ。

 早い者から、順に賞が与えられるのだが、開始から3日たった今、実はもうすでに私と私の後輩のリーリャ以外は、もう既に1カップルを作っている」

「そりゃ、まぁ間接的とはいえ、天使の力が使えるならそうなるでしょうね」


 というか、もう1体残ってる事に驚きだよ。


「もう棄権も考えたのだが、この日本には下から二番目にぶーびー賞? というのがあるらしいな? 今回、舞台が日本という事で、主がそれを用意したらしい。

 それならば、諦めるより、意地でも2番を勝ち取ってやろうと今、奮闘しているという訳だ」

「下からですけどね」


 なるほどな……正直信じられない話だが、俺を襲った男を操ってたのは紛れもない事実だし、この男の天使姿はコスプレや仮装では無いような、不思議な圧力を感じる。

 天使どうこうはともかく、この男の話が真っ赤な嘘という事はないだろう。

 ……というか。


「いやいや、結局、あんな強行手段だった意味が分からないんですが? というか、この男、俺が好きなんですか? 初対面なんですけど」

「何? あぁしておけば、何だろうとカップルになるんじゃないのか?」

「それで、上手くいくなら1位になってるでしょう!?」


 せめて、女にして。いや、女でもいやだけど。


「というか、この3日間は一体何を?」

「ほぼ同じ事だ」

「そりゃ、無理に決まってるでしょう!」

「なんだとぉ! くっ! 戦闘しかしてこなかった俺に、この催しは難しすぎる!」


 頑張れ、サルート。でも、もう男をけしかけて来るのは、やめろ。

 それにしても、死後の世界の天使……ねぇ。じゃあ……。


「あの、サルートさん。学校が始まるまで、俺も協力して良いですか?

 俺の名前は村上冬人です」

「おぉ! 助かるぞ、フユト! これから、街へ繰り出そう!」

「その前に、そこで、倒れてる男を何とかしましょう」

「むっ、忘れていたわ」


 ……操られて、放置されて、かわいそうな奴だ。


「ところで、サルートさん1つ聞きたい事が」


 ◇


「そんで、そのサルートって奴に勝ちたいんだな」

「はい。でも、誰もカップルになってくれなくて」


 ……どうしたもんかな。俺は悩んでた。目の前には、絵にかいたような、金髪の美少女がいる。名前は、リーリャ。

 ただ、普通と違うところを挙げるとすれば、自称天使な事だ。

 まぁ……それは、ぶっちゃけ、どうでも良い。それは悩んでない。


「それで、藤堂さん。力になってくれるって本当ですか?」

「あぁ、勿論だ」


 問題はどうすれば、この女を食えるかって事だ。多少いかれてても、外見がこれだけ良ければ問題はねぇ。

 当然、今日は学校に出るつもりはない。まぁ、しばらくはごっこ遊びに付き合ってやるか。


「リーリャは、3日間何をしてたんだ?」

「とりあえず、お互いを好きそうな人を引き合わせて、カップルになりましょう! ってやってました!」

「勇気あるなおい」


 それが、本当だとしたら相手から色々言われそうなもんだけどな。


「相手の事を思えば、それほどは。ただ、なぜか、私が怒られたりするんですが……」

「そりゃ、そんなのはいきなり来た得体の知れない奴に言われたくねぇだろ普通」

「あ! そうですね! 気が付きませんでした!」


 こいつアホか? いや、天使を名乗る時点で頭がおかしいのは分かってたけどな。

 まぁ、そういう事なら適当に。


「俺の弟が誰でもいいから彼女欲しいって言ってたぞ。いけるんじゃね」

「いえ! 誰でもは駄目です! 天使的に!」


 は? 面倒くせぇな、こいつ。付き合うなんて、誰でもいいもんだろ?


「じゃあ、誰ならいいんだ?」

「それは、お互いにきちんと好きな人同士ですよ!」

「じゃあ、付き合ったり、あるいは関係を持ってから、好きになるのは駄目なのか?」

「?」


 あー、こいつよく分かってなさそうだな。


「えっと、まず、何からしましょうか?」

「やめた」

「え?」

「そんな事より、適当に遊ぼうぜ。その方が絶対に良い」


 俺は、リーリャの手を引っ張った。


「いや! ちょ、ちょっと待ってください!」

「待て! 藤堂!」


 何だと思って振り返ると同じクラスの村上だ。冴えないが、割と面白い所がある男で友達の1人だ。


「村上? お前がサボりとは珍しいじゃねぇか?」

「まだ、間に合うっつぅの。……藤堂、俺の思い過ごしかもしれないから、聞いておくぞ。お前、その子に手出そうとしてないか?」

「ん? だったら、どうなんだ? 混ざるのか?」


 俺は、そう言って軽く笑った。


「……そうか。ちなみに、やめろって言って止める気はあるか?」

「は? 何で止めなきゃいけねぇんだよ」


 どうしたんだ? 今日のこいつ? まぁ、元々こういうのが嫌いな奴だけど。にしても……。


「そうか。なら仕方ないな。

 藤堂、お前の事は今でも友達だと思ってる。

 だが、俺にとって、友達は2番目なんだ。だから、やらせてもらう」

「は? やらせてもらうって、何をだよ」

「これをだ、今です! サルートさん!」

「うむ!」


 次の瞬間、俺は、目を疑った。上空に天使の翼を持ったおっさんが現れた!

 そして、俺はそれに気を取られていて気がつかなかった。背後から人が接近している事に。


「うおおおお!!! 好きだあああ!!! 付き合ってくれえええ!!!」

「うわあああ!!! 何だこの男!? って、秋人!?」


 後ろから、接近してきて、抱き着き、白目をむきながら告白してきた男。それは、俺の弟の秋人だった。


「えっ!? さっき俺を襲ったのって、お前の弟の秋人だったのか!?」

「襲った!?」


 ちょ、どういう事だ!


「……その、なんかすまん! さぁ、こっちに!」

「えっ、う、うん?」


 リーリャが村上の方に行く。くそっ、何かしてやられた気分だ。


「うおおおお!!! 兄貴いいいい!!!」

「お前はちょっと黙っ……え!? ちょ、おま、アッー!」


 ◇


 俺とリーリャは遠くの公園まで来ていた。……懐かしい場所だ。


「あの、なんで、あんな事を?」

「……さっき、あんたの後ろ姿を見た時に、すげぇ似てると思ったんだよ。死んだ俺の彼女の華菜に……それだけだ」


 この冬、俺は嫌いだ。華菜の事を思い出すから。

 似ていると思っただけ……それは、嘘だ。

 天界は死後の世界。そう聞いて俺は、後ろ姿を見た金髪の女の子は、天使になった華菜なんじゃないか? なんて俺は思った。そんな事ある訳もないのに。

 でも、1度会ってみたくて、まず、サルートにリーリャの居場所を聞いた。だが、彼も現在地は分からなかった。

 そして、サルートと街を歩いて、やっと、リーリャを見つけたと思ったら、あの会話。何故か、自然と体が勝手に動いた。まぁ、サルートにも協力して貰う事になったけど。


「……そうですか。まぁ、正直、あの程度どうとでもなりましたが、ありがとうございます」

「だよね! 戦闘天使だもんね!」


 すっかり忘れていた。それはそうだ。彼女は、華菜とは違うのだ。


「何をしているリーリャ! お前がぼやぼやしている間に俺は、カップルを成立させたぞ!」

「えええええ!!! どんなカップルですか!?」

「さっきの兄弟だ」

「「嘘ぉ!?」」


 俺とリーリャの声は被った……すぐ別れる事を祈ろう。


「ブービー賞は俺の物だ。帰るぞリーリャ」

「くっ、分かりました。

 嬉しかったよ……冬君」


 そういって、リーリャ達は消えた。


「……えっ、冬君?」


 それは、死んだ華菜の俺の呼び名だった。


「まさかな」


 答えは、恐らく死後に知る事だろう。


 終

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変わらぬ思いとブービー賞狙いの恋天使 咲兎 @Zodiarc2007

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