二番目の蛹

勇今砂英

二番目の蛹

自分の容姿に自信がない・・・

お腹を引っ込めて筋肉をつけたい・・・

若かりし頃に戻りたい・・・


そんなお悩みはありませんか!?

実はそんなお悩みを一気に解決する画期的な方法があるんです!

そう!この『ネオ・ピューパ・プロ』があれば!

皆さまの理想の体を手に入れられるんです!



うわぁ、なんだか怪しいのが始まったぞ。

深夜2時のテレビショッピング。

バイトから疲れて帰ってきてビール片手にポテチを頬張りながらそれを無味乾燥に眺めていた。



「ほんとに人生変わりました。」

みなさん、信じられますか!?この青年、『ネオ・ピューパ・プロ』を使用する前は、こんなぽっこりお腹の地味系フツメンだったんですよ!?


画面には俳優かモデルといった雰囲気の清潔感のある小綺麗な青年が急にモテ始めたとか話している。もちろん画面の右下には『※個人の感想です』と注釈がある。


「青春を取り戻しました。」

この女性、幾つに見えますか?なななーんと!今年で御歳60歳!

還暦ですよ!どう見ても20そこらのお嬢さんじゃありませんか!!


うさんくせぇ、こんなの別人に決まってんだろ。百歩譲って娘か孫だわ。


「私、実は・・・男性だったんです。」

この女性、実は、『ネオ・ピューパ・プロ』を使う前まではれっきとした男性だったのです!それが『ネオ・ピューパ・プロ』の『スーパー・ゲノム・メタモルフォーゼ』技術によって正真正銘の女性として文字通り生まれ変わったのです!


んなアホな。

ある訳ないだろこんなもん。だいたい『ネオ・ピューパ・プロ』て。『プロ』てなんだよ。アマもあんのかよ。それに『スーパー・ゲノム・メタモルフォーゼ』てwスーパーとか胡散臭い商品か、マリオぐらいにしかつけんだろ。深夜とは言えこんな詐欺商品宣伝して良いのかよ。アホらしい。


みなさん、今日は超ラッキーですよ!超お得なキャンペーン中につき、なななんと!『ネオ・ピューパ・プロ』にもう一つ『ネオ・ピューパ・プロ2』がついたスーパーお買い得セットが超超お買い得な特別価格にてご提供いたします。


超何回言うんだよ。スーパーお買い得って。

スーパーつけるのはスーファミソフトかスーパーサイヤ人ぐらいのもんなんだよ今時。それに同じもん二つつけてどうすんの。二回変身できるってこと??


このセットでなななんと!

税込価格499万9000円!

えええーっ!(SE)


いや、えええーっ!はこっちだわ!高っ!

そんなんだったら1個で250万で売れや。いや、それでも絶対買わんわ。そんな金あったらこんなとこ住んでないし車買うわ。なんでさっきから俺関西弁やねん!


なんでも、この『ネオ・ピューパ・プロ』という名前の『ピューパ』てのは『さなぎ』て意味らしい。まんまとネット検索して商品説明を見ている俺。

見た目はほんとに大きなさなぎのようなもので、緑色の木か何かでできているように見える。それで、自分の理想の姿を思い浮かべながらこの中に入れば一週間後にはその姿でさなぎから出てくるらしい。いやそんなアホな。『スーパー・ゲノム・メタモルフォーゼ』!すごい!はいはいすごいすごい。今日は遅いからもう寝よう。

そうだな、もし俺が何かに生まれ変わるなら、もう少し背を伸ばして、もう少し目を大きくして、鼻ももう少し高い方がいいな。筋肉もつけようか。髪の毛も直毛の方がいいな・・・。


僕がテレビショッピングで『ネオ・ピューパ・プロ』を見たのは後にも先にもその時だけだった。

しかしそれから3ヶ月ほど経ったある日、バイト先で事件が起きた。

いつも俺と一緒に飲食店の閉店業務をやるバイト仲間の田畠さんが時間になっても現れない。この一週間彼は休みを取っていたのだが、だからと言って休み明けに無断欠勤するような不真面目な人ではないと不審に思っていると、僕が店に入るより前に見慣れない背の高い青年が働いていたのを見つけた。

「やあ、酒井くん!」といかにも知人に会うような雰囲気でその青年が近づいてきた。

「あれ、酒井くんわかんない?僕だよ、田畠だよ、た、ば、た。」

「え!?」思わず絶句した。どこからどう見ても全くの別人なのだ。見た目も違うし声も違うし、だいたい目の前の青年は25ぐらいだと思うが田畠さんは今年たしか52と言っていたはずだ。

「いや、本当に田畠さん?俺の知ってる田畠さんじゃないけど。」

すると目の前の自称田畠は溢れる喜びを必死で抑えるようにほくそ笑みながら教えてくれた。

「『ネオ・ピューパ・プロ』だよ。君も知ってるだろ?」

3ヶ月ぶりにその名前を聞いたので、それが何だったか考えるのに時間がかかった。「あー、あのテレビショッピングの?」

「そうそう通販の。僕が見たのはネットだったんだけどね。」

「あれ、本当だったんです・・・か?」

「見ての通りだよ。」

にわかには信じがたい。なにかのどっきりではないかと思ったが、有名人でもなければバイト仲間にそれほど慕われている訳でもない日陰者の僕を騙すどっきりなど誰が楽しいだろうか。

バイトが終わったら田畠さんがファミレスに誘ってくれた。自慢話がしたそうだった。僕も興味が湧いていた。

喋る時に手を胸の前でミュージシャンのようにぶらぶらさせる仕草や、えへへ、という笑い方、喋る時の抑揚の付け方、アクセントなんかはまんま田畠さんだったので、これは彼が田畠さんであるということで正しいのだろうと思わせるが、いまだに半信半疑だった。

なんでも、宝くじで100万当たったらしく、清水の舞台から飛び降りる覚悟で『ネオ・ピューパ・プロ』を購入したのだそうで、家にまだ『ネオ・ピューパ・プロ2』が置いてある状態なのだとか。

「あの、2て意味あるんですか?変身が納得できなかった時用?」

「いやぁ、説明書読んだらね、あれは元に戻る時用らしいよ。」

「元に戻る時用?」

「そうそう。やっぱり元の体がいいや、て人も結構いるのかもね。商品は使い捨てだし、それにほら、体そのものが変わっちゃう商品だからクーリングオフとかできないし。」

なるほど。クレーム対策という訳か。それで僕は田畠さんに聞きたいことがあった。

「それで、変わってみてどうですか?楽しいですか?」

「まだ変わりたてだからまだなんだかふわふわした気持ちだけど、若返っただけでも随分と幸せな気分だよ。久しぶりに風俗でも行こうかな。」

「発想がおじさんのままですよ。イケメンになったんだから、ほっといてもそのうち女の子の方から声がかかるかもしれませんよ。」

「そうかなぁ。それもそうだね。えへへ。」

気持ち悪い笑い方は田畠さんそのものだった。

「酒井くんもやってみる?なんなら僕の余ってる『2』割安で譲るけど。」

「いやぁ、いいっす。それにそれは田畠さんが元に戻りたい時に取っておいた方がいいでしょ。」

「いやぁ、多分よっぽどのことがなけりゃ僕はこのままがいいなぁ。」

そんな会話をしてその日は終わった。


僕は家に帰るなり、フリマアプリで『ネオ・ピューパ・プロ』を検索してみた。すると出るわ出るわ。やっぱりそうか。田畠さんも僕に勧めたように、余った2台目を使わない、という人が皆こぞって出品しているのだ。そりゃそうだろう。理想の自分になれたんだ、何が悲しくって元に戻るっていうんだ。それならこんな風呂桶みたいな巨大な物体、家に置いておくだけ邪魔ってもんだ。

しかしよく見てみると、当たり前の話なのだが、出品されているほぼ全てが『ネオ・ピューパ・プロ2』だった。見た目はほぼ同じなのだが、緑色の『ネオ・ピューパ・プロ』と違って『ネオ・ピューパ・プロ2』は赤い色をしていた。

「これって中身はおんなじなのかな?それとも元に戻ることしかできないもんなんだろうか。」

そう思ってネットをいろいろと検索してみる。しかしここで不思議なことに突き当たった。

元に戻ったという人の話が見つからないのである。皆が皆理想の姿に変身した、成功率100%、みたいな話はかえって胡散臭い。これは何かあるな、と僕は思ったのだが、僕がそもそもフリマアプリで2を検索したのはその真相を知りたいからではない。


つまり儲ける為だ。たくさんできるだけ安く仕入れて高く売れば儲けることができるのではないか。フリマアプリでの相場は10万〜250万までピンキリだが、安いのはすぐにでも売れてしまうだろう。商品自体はすでに発売から3ヶ月経っている。もう買い占めに動いているやつはいるだろう。だから買うなら出来るだけ早く仕入れなければ。しかし予算がない。いまさらになって田畠さんの『2』を買わなかったのが悔やまれる。あの時思いついてればよかったのに。とりあえずLINE入れておこう。出来るだけ安く譲ってもらって高く売ればいい。


翌朝僕が入れたLINEを見た田畠さんから連絡がきた。

<(酒井くんになら、1万円でいいよ。)

(まじすか!だって定価500万だったんでしょ!?)>

<(まあ『2』はおまけみたいなもんだからさ。それに邪魔なんだよね。はやくどこかに処分したいぐらい。)

(わっかりました!昼から家に伺ってもいいですか!?)>

<(いいよ。じゃあ1時ごろ来てくれる?待ってるよ!)

(了解っす!)>

キャラクターが敬礼するスタンプも貼っておいた。

今からレンタカーで軽トラを借りよう。


田畠さんにも手伝ってもらって俺の家にダンボールに包まれた『ネオ・ピューパ・プロ2』を運び込んだ。

やたら重たい。多分 100キロ近くあるのではないか。台車に乗せたり降ろしたりするのにかなり手間取ったがなんとか搬入することができた。

「酒井くんはどんな風になりたいの?」

「いやぁ、秘密っす。」

まだ僕が転売目的だとは言ってない。

「楽しみにしてるよ。」と田畠さんは爽やかに笑った。マジで見た目だけは超イケメンだ。


一万円を受け取った田畠さんが帰った後、取りあえず一旦開封して中身をあらためてみた。

テレビやネットで見た通りの真っ赤なさなぎ。よく見ると機械的なスイッチ類や液晶表示板もある。

昼飯のカップラーメンをすすりながら何気に『ネオ・ピューパ・プロ2』を見つめる。アゲハ蝶なんかのさなぎに似ているだろうか。真ん中の部分に黒い10センチくらいのリングが巻かれている様なでザインになっていて、そこの上には赤いボタンが付いている。

「中に入る時はこれを押すのかな?」

などと思いながらまたスマホ片手にネット検索する。YouTubeで試しに『ネオ・ピューパ・プロ』を検索してみると、あの胡散臭いテレビショッピングの動画のキャプチャがいくつか出てきたのにならんで”【衝撃】『ネオ・ピューパ・プロ2』の真相”と題された動画を見つけた。

「なんだこれ」と思いながら再生してみると、どうも動画の主はYouTuberで一山儲けを築き、その金で『ネオ・ピューパ・プロ』を自分用と彼女用の二つ購入したのだが、その際一緒に来た2台の『ネオ・ピューパ・プロ2』を使って何か動画を作成したかったらしい。動画では美男美女カップルが大げさにはしゃぎながら『ネオ・ピューパ・プロ』について語った後、『ネオ・ピューパ・プロ2』の黒いリングにある赤いボタンに付いて説明しだした。

「えー、この赤いボタン、なんでもこれは押しちゃダメなんですって。いや、こんな目立ってたら押しちゃいますわな。」と言ってそのボタンをガシガシ押しだした。

「でもねー、反応しないんですよー。」

「本来ね、戻りたい時は、こっち、先っぽの方、さなぎの頭の方っていうのかな、こっちにある緑のボタンを押して、そこから中に入るらしいんだけど・・・」と一台目の『ネオ・ピューパ・プロ2』の緑のボタンを押す動画主。

「ほら見て、半分分のスペースしかないの。超窮屈じゃね?」

「じゃあー、この残りの半分の部分って何?て話だよね。ハハッ。」と彼女。

「よし、じゃあ、もう一台の方、これね、実は赤いボタンのちょうど真裏のほう、床につくかつかないかってところにもう一個ボタンがあるの。小さいけど。これと赤いボタンを同時押しすると開くみたいなんだよね!ネットで見つけた!」

「じゃあー、二人で押してみよっか!」

「と言うわけで、やってみまーす!どぅるるるるるる・・・」と陽気にドラムロールを口ずさむ動画主。

「ダン!」と言った瞬間、動画がフリーズしてしまった。なんだよいいとこなのにと、再読み込みしてみると、「この動画は削除されました」の文字が。気になるじゃないか。残りの半分に何が入ってるんだ?


普通に考えれば、変身するための何かが入っているんじゃないのか?そもそもさなぎって中身どうなってるんだろう?なんであんな芋虫があんな蝶々になるんだろう。

動画の続きが気になる。でもどこの動画サイトを検索してもあの動画のコピーは見つからなかった。

押してみるか?でもそうしたら商品価値が無くなって転売できないかもしれない。しかし・・・嫌な予感がする。


僕は恐る恐る『ネオ・ピューパ・プロ2』に近づき、黒いリングの上にある赤いボタンと、下の方にあるもう一つある小さなボタンを見つけてそれらに手を伸ばした。

「いやぁ、やめとくかぁ?いやぁ〜。」としばらく迷ったのち、

「どうせ1万だ。開けてやる!」

勢いよくボタンを押した。


『ネオ・ピューパ・プロ2』が真ん中から開くや否や「ドパァッ!」と音を立てて内容物が溢れ出す。

「うわあああっ!!」

その中にドロドロになった人間らしきものが入っていた。

ところどころ溶けてしまっているが、顔が認識できた。

「これ、田畠さんじゃん・・・!」

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二番目の蛹 勇今砂英 @Imperi

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