第53話 ベイン・オブ・サキュバス その一
伝説が終わる――。
神話が終わる――。
天地開闢の起源から受け継がれし究極の七振りの内の一つは、竜母神の化身は、邪悪なる火竜は、名もなき刀工の願いが――人の願いが作り上げた無銘にして無骨な魔剣に打ち砕かれた。
びきり、と。
空間が砕かれるような音と共に亀裂が走り、エルマリカの半身の鎧が砕け散る。
断ち切られた額の〈
知らず安堵の吐息を漏らしそうになる……そんな瞬間だった。
「……ふふ、わたし……負けてしまったのね」
「エルマリカ……もう終わりだ。こんなのは――」
「いいえ、いいえ……違うわ? 違うの……負けてなんてない……そう、
瞬時、半ばから消失した竜の尾が跳ねた。
咄嗟に応じた右の半剣。エルマリカの首筋に突き付けると同時、シラノの身体もまた締め上げられていた。
「ええ、あってはならないわ……あってはならないのよ……。わたしは、無敵の竜じゃなきゃいけないの……。いいえ、いいえ……わたしは無敵よ……! わたしは無敵の悪い竜なの……!」
「エルマリカ……」
「ふふ、そうよ――ええ、そう。そうよ……今だって、シラノさんをバラバラにしちゃえるのですもの……!」
ギリ、と刃が装甲に食い込み絞り上げる。
度重なる戦いに傷付いた兜は半ばから砕け、仮面の下のシラノの顔を露わにした。
エルマリカとシラノ。赫色と青色。右眼と左目――二つの視線が交錯する。
そして
「どうして……どうしてまだそんな風な目でわたしを見るの……?」
「……」
「言ったでしょう……? わたしは大切なあの子を殺してしまったの……! いろんな人を傷付けたの……! だからわたしは、邪悪な竜だって言われなきゃいけないの……!」
「……」
「わたしは怖がられなきゃおかしいの……皆そうしてきたわ。みんなみんな、わたしのことをそう呼んだ……」
「……」
「でも、皆じゃない――皆じゃなくて、シラノさんにそう言われなきゃいけないの……! シラノさんに、わたしがそんな子だって思って貰わないと……意味がないのよ!」
手負いの獣めいた狂気をその瞳に宿しながら、エルマリカは叫ぶように続けた。
「わたしのことを、呪われた魔剣にとり憑かれた可哀想な娘だって思う? 憐れな子だって思う? 望まずにこんなことをさせられていると思う? いいえ、いいえ――違うわ! これがわたし! これがわたしなの!」
「……」
「ふふ、ええ……愉しかったわ? 本当に愉しかった! ええ、とってもとっても愉しいの――!」
「……」
「知っている? 自慢げに魔剣を振り回していた人が、何も通じずに心を打ち砕かれたときの情けない顔を! どうしようもなく命乞いをして、心を入れ替えますって言うときの顔を! それを踏みにじって手足を砕いたときの情けない顔を! シラノさんは知っている?」
「……」
「ふふ……あはは、ふふふふ! ええ、とっても愉しいわ……! とっても愉しいの……! だから、わたしは可哀想な娘なんかじゃないわ! だって――愉しんでいるのですもの!」
両手を広げながら、エルマリカは狂喜的な笑いを浮かべた。
どこまでも嗜虐的な喜色の笑み。……確かにこれを予想していたと言えば、大きな欺瞞となる。エルマリカの豹変はあまりにも予想を外れていた。
どうだと、どこか自尊心すら感じさせるほどのエルマリカの笑みは確かに――囚われの姫君ではなく、邪悪な竜だ。万人が万人そう答えるだろう。
だが、
「……ああ。ただ、知ってほしかったんだな。痛かったことと、苦しかったことを……」
シラノはそうとだけ呟いた。
彼女の言葉に嘘はない。しかし、それが全てだとは思えなかった。
「っ――、何を……! 言ったでしょう!? これがわたし! これがわたしなの! だから、わたしは可哀想なんかじゃないって――」
「――人を“可哀想”と見下す気はねえ。人生と想いを、俺がその一言で切り捨てて……その痛みを嘘にしていいもんじゃねえ」
「――っ」
「……ただ俺は、それでも、何とか力になりたいと思うだけだ」
噛みしめるように呟き、呼吸を一つ、改めてエルマリカと向き合った。
「一つ、聞かせてくれ。呪われた竜だからとか、伝説の魔剣使いだからとかじゃなくて――おまえは、エルマリカはどう思ってるんだ。本当にそれが、願いなのか?」
「何を……何が言いたいの……?」
「……このまま最後まで竜でいたいなら、それでも俺は構わねえ。そうなったら――……そうなっても俺は、最期まで付き合う」
握る指先に合わせて、野太刀の鍔が鳴る。エルマリカの首元に突き付けられた切っ先が震えを殺す。
ここから電撃を放ったとて、五分か。
いや――やるからには敗北するつもりはない。たとえエルマリカがどうあっても、白神一刀流に敗北の二字はないというその言葉を嘘にはしない。するつもりはない。
同時にどこか、祈る気持ちもあった。
血の匂いの満ちる口腔から息を取り込み、努めて静かに続けた。
「どうしたいんだ? ……何が、君の希望なんだ?」
ただ、真っ直ぐにエルマリカを見る。
じっと見詰めた。それしか手段を知らなかった。
そして、
「どうして……?」
落下の中、やがて零されたのは疑問だった。
それも先ほどまでの邪竜の仮面を被った声色ではない。素朴な、どこか怯えているように戸惑う少女の声だった。
「どうして、今になってそんなことを言うの……? 今までわたしには選ばせてくれなかったのに……いつだってみんな、わたしに何かを押し付けてきたって言うのに……」
「……」
「そんなことを言われても、どうしたらいいの……? わたしは、どうすればよかったの……? わたしは要らない子だった……お母さまもいなくなってしまって、独りぼっちだった……わたしは無敵じゃなきゃいけなかった」
「……」
「わたしは……恐ろしいことばかりしたわ……。だから今更わたしは、竜以外になんてなれない……怖がられる竜以外のものになんて、わたしになれるわけがない……!」
嗚咽めいた慟哭混じりで零されるエルマリカの声に、シラノは口を結んだ。
その想いを否定できるだけの言葉は、シラノの中にはない。
ただ待った。静かに次の言葉を待った。
耳元を風が吹き抜ける自由落下の内で、どれほどそうしていただろう。
一分にも思えたし、一秒にも思えた。やがて、金髪を靡かせる彼女は言った。
「……シラノさん。わたしは救えないわ。救えないの。どうしようもなく救えない、呪われた竜よ? どなたに聞いてもそう仰るわ……わたしは、呪われた竜だって」
「……」
「だからわたしは竜でいいの。竜にしかなれないの。わたしには、それしか道がないのですもの」
「……ああ、そうか。だとしても……そうだとしても、だ」
「シラノさん……?」
「それでも――それでも君は、どうしたいんだ? どうなって欲しい? 誰かじゃなくて……君は、どう思ってるんだ?」
繰り返した揺らがぬシラノの言葉に、エルマリカが目を見開いた。
――揺れる。青い瞳が、揺れる。
「なんで……? なんで、そんなことを聞くの……?」
「……声が聞きたい。誰でもない、エルマリカの声が。……その為に、俺はここにいる。ここに……来た」
「そんなの……っ! だから、わたしは邪悪な竜だって――」
「……続けてくれ。それが、自分の言葉なら」
「……っ」
深窓の令嬢が如き容貌のエルマリカは、最早そんな外見通りの姿を保ててはいなかった。
それは泣き喚いてわがままを振り回す赤子であり、そして身一つで冬山に放り出された子供であった。
じ、と見定めた。ただ、見守った。
視線を通してシラノの体温が伝わったかの如く、凍っていた頬は融け、震え始めた。あたかも氷が融け出すようにその碧眼が潤んでいく。
やがてぽつりと、彼女は言葉を紡ぎ出した。
「怖いわ……怖いの……。焼ける村が怖い。人の焦げる匂いが怖い。人を焼く魔物が怖い。人を燃やす魔剣が怖い。そんなものを簡単に倒せてしまう自分が怖い……」
「……ああ」
「わたしを助けてくれないお父様たちが怖い……。戦いに行かせるお義母様が怖い。救ってくれるって言いながら見放したお兄様が怖い。捨てられるのが怖い。いらない子って言われるのが怖い。戦いを悦ぶようになっていく自分がとっても怖い……」
「……ああ」
「この世界が怖い……何もかもが怖いの。こんなことがあるのにそれに気が付いてくれない人たちが怖い。こんなことが許されてしまう世界が怖い。なのに真実を認めない人たちが怖い……知ってくれないのが……知ろうとしてもくれないのが怖い……」
「……ああ」
「この世界に神様なんていないわ。救ってくれる神様なんてどこにもいない……なのに皆はいるんだって……わたしはおかしな子なんだって……。救いなんてないっていうのに……」
「……ああ」
「いいえ、本当はこの世界のどこかにあるとしても――――それでも世界の半分はこんなにも辛いんだって……そんなことさえも、誰も分かろうとすることすら始めようともしてくれない……」
「……ああ」
「怖いわ……それが、すごくすごく怖いの……。本当に……それが、怖くてたまらないわ……怖いの……それが、とても嫌……」
凍えた少女の心から零された独白を、シラノはただ聞いた。
これが、今までエルマリカが抱えてきた痛み――――。彼女が邪竜と化してまで、世界を焼こうとしてまで知ってほしかった痛み。
シラノはゆっくりと頷き――そして、言った。
「エルマリカ」
「……っ」
「怖いなら――――。どうしようもなく怖いなら――――。……俺にどうして欲しい?」
「ぁ……」
三度目の、問いだった。
「……わたし、竜なのよ? 悪い竜なのよ?」
「ああ」
「わたしね、愉しんでるの。自分が強いってことを――人を蹴って散らすってことを………悪い竜だってことを、愉しんでるの」
「ああ」
「シラノさんの身体をこんな風にしちゃったのに、それが愉しかったの。だからきっと、わたしはきっと……間違って生まれてしまった悪い竜で――」
「エルマリカ」
言葉に被せるように首を振り、息と共に吐き出した。
「
言い切ったシラノを前に、エルマリカは小刻みに首を振る。
剥き出しの左半身に吹き付ける冷風。肌を粟立たせて己自身を抱きしめる彼女の頬を、涙が伝った。
その瞳が、怯える瞳がシラノを捉え――そして彼女は絞り出した。
「助けてください……」
あたかも、身に纏わりつく骸骨の指先から逃れるように。
「たすけて……」
あたかも、その焼け付いた喉から血の言葉を絞り出すように。
「たすけて……!」
怯え続けて凍え切ってしまった子供が――それでも光に手をのばすように。
「おねがい、シラノさん……! わたしを、
剣を手放し、両手を広げる。空気抵抗を背中に受け、エルマリカとの距離を近付けた。
絡みつく剣の尾を押し退ける。刃の茨を掻き分ける。
崩れかけの鎧のまま、少女と己を阻む障害を取り去って――
「――――あァ。助けに来たぞ、エルマリカ」
そしてシラノは、エルマリカの腕を――怯える少女の腕を掴み取った。
長い、長い回り道だったかもしれない。
それはあまりに濃密で、困難な道筋だったかもしれない。或いはただ、険しいだけの道だったかもしれない。
だがついに、シラノの手はエルマリカの手を取った。
これまではただ――その為だけのお話だった。
◇ ◆ ◇
遠き大地が、迫りくる。
これほどの上空からなら、大地のその端から次第に昇り来ようとする太陽が見える。
指輪に嵌った宝石めいて、白く闇を切り裂いて齎される光。
夜明けは、いつになるだろうか。
だが少なくとも、この空からだけは光が見えた。
「……シラノさん」
そして、小さく零される。
「……本当に、本当にわたしは怖いと思っていいの? わたしは間違ってないの……? わたしはおかしくないの……? わたしが怖いって思うことは――――おかしいことじゃないの?」
「ああ」
「でも、シラノさん……わたし、悪い竜なのよ? とっても悪い竜なの。悪い竜になってしまったの。わたしは人を傷つけるのが大好きで、どうしようもなくそれを愉しんでしまうの」
「……」
「だからきっと何回だって……何度だってこうやってシラノさんを傷付けてしまうかもしれないわ……わたし、本当に悪い竜なのよ?」
「……ああ」
問いかけるエルマリカの瞳に、シラノは静かに首を振った。
「俺はそうは思わねえし――……それでも、もし本当にそうだとしても、俺は何度でもこうする。何度だって立ち向かうし、何度だって戦う。そんで、何度だって側にいく」
左手をエルマリカの肩に乗せた。
未だに彼女の右半身を覆う刃の鎧が手のひらに突き刺さり、外骨格が砕けて鮮血が舞う。
顔を凍らせたエルマリカが思わず距離を取ろうとするが――それでも構わず、強く肩を握って言った。
「大丈夫だ。たとえお前が無敵だとしても、竜だとしても――それでも、だ。それでも俺は最後まで味方であり続ける。最後の味方であり続ける」
「シラノさん……」
「必ず助けに行く。……二言はねえ。俺は、触手剣豪だ」
天に向かって滴って行く血が、誰かの涙のように煌めいた。
強く見据えられ続けたエルマリカが、やがてその内――何かを諦めたように頬を崩す。
ふ、と安堵の吐息を一つ、
「そう……。そっか……そっかぁ……。ふふ、わたし――――助けられちゃった。助けられちゃったのね。わたし、無敵じゃなきゃいけなかったのに……悪い竜だったのに……。ふふ……助けられちゃった。シラノさんに――助けられちゃった」
「……ああ」
「ふふ……そっかぁ。助けられちゃうって、こういうことだったのね。……こんなにも苦しくて、こんなにもあたたかいのね」
「……ああ」
「そっかぁ、わたし、助けられちゃったんだ。……竜じゃなくて、お姫様にされてしまったのね。ふふ――……わたし、助けられてもよかったのね……助けてくれるのね……。そっかぁ……そっかぁ」
彼女が顔を綻ばせたのを眺めて、シラノもまた小さく口角を上げる。
戦った甲斐はあった。流した血は報われた。彼女が得る筈だった誰にでもある当たり前を――守れたのだ。
一度、瞼を閉じた。
そして息を深く吐き出す。
「……」
口腔を血の香りが満たした。
死ぬ――かもしれない。どこか静かにそう思った。
骨は砕け、肉は千切れ、血管は破裂し神経は異常を来す。おまけに、癒えぬ魔剣にて胴体を貫かれていた。
気を抜けば、意識ごと触手の応急処置を手放してしまうかもしれない。温度を感じられなくなって暫く経つ身体が、震え出していた。
(まだだ……まだ、退けねえ……。俺だけがここで退くわけにはいかねえ……)
脂汗を歯を噛み殺し、目を見開いた。
これから目指す眼下は闇。地上は闇。街は未だ、闇の中にある。
その中でも、抗わんとしている者がいる。その中でも戦っている者がいる。まだ、諦めていない者がいる。
臆病な心を奮い立たせて、立ち向かおうとしている者がいる。
ならば一つ――己にできることは一つ。いつだってたった一つだ。
「……エルマリカ。なあ、一つ……頼めるか」
赤い視線で彼女を捉えて、シラノはそう切り出した。
◇ ◆ ◇
それは、降り注ぐ
街を守るという、その塔の役目は姿同然に半ば壊れかけていた。
今やその内で靴音を鳴らすのは、街を守るという無銘にして無辜の防人ではない。そんな彼らを操り絶命させた、ただの害悪の総体である。
謂わば地獄。謂わば魔窟。謂わば伏魔殿。
――
――
――
――
その性質を反転させれば、瞬く間に街を滅ぼし野山を穢す災害となろう。
外見の清廉さからは思えぬほどの邪悪を詰め込んだその塔の真上で――紫電一閃。稲光が輝き、まさにそれと同時。
響くは空を裂く轟音――――白光めいて、天空からの一閃が振り下ろされた。
縦に――
落下の勢いは止めない。風切り音は止まらない。五階層を縦に断ち切り、その粉塵すらも両断した。万物を寄せ付けぬ究極の剣は、雷撃すらも蹴散らして突入を果たす。
「……」
そして上がる噴煙の中、二つの影が身を起こした。
真紅のマフラーをはためかせ、線香めいて煙を赤く押し退ける瞳の鎧武者。
死を思わせる黒鋼色の刃翼を引き連れ、手足と顔を鋭角的な鎧で覆った邪竜の化身。
互いに装甲を傷付かせ、或いは大半を失いながらも――シラノとエルマリカの二人は並び立った。
「……シラノさん」
「イアーッ!」
視界を封じる塵煙と生まれた混乱の怒号の中、エルマリカの指先が指し示す。
超感覚による索敵能力。
その指羅針盤に応じ、野太刀を担いだシラノは触手刃を射出し――そして、一直線に煙の中に割り入った。
(先輩……!)
跳ぶ。跳ぶ。跳ぶ。
途中、すれ違う邪教徒は打ち倒した。額を叩き割り、骨を砕き、肉を打ち据え一点を目指す。
生きていた。
フローは、生きている。彼女は、生きているのだ。
それだけで良かった。それだけで、救いだった。
「先輩……ッ!」
駆け寄り、その肩を掴む。
触手の杖を支えに、周囲に触手を漂わせるフローは一瞬目を見開き――それから笑いかけた。
「あ、シラノくん……」
対するシラノは絶句した。
肩には刃が突き刺さり、片腕はだらりと垂らされている。何かを投げつけられたのか額には血痣が浮かび、頬には火傷を負う。
何よりも、軽い。殆ど一人で踏みとどまれないほどに、フローの力は使い果たされていた。
「せん、ぱい?」
「ごめんね……ボクは先輩なのに、任せてって言ったのに……触手使いに生まれたのに……一人で、倒しきれなかった……」
「せん、ぱい」
「ごめんね……。これまでずっと備えて来たのに、駄目だったんだ……ごめんねシラノくん……頼りないお姉ちゃんでごめんね……?」
完全に崩れかかりながらもなおも、フローは謝罪を口にする。
血の気が引いた。背中に回した手に、べとりと血がついた。
言葉を失う。
危険は承知だった。だが、フローの実力は誰よりもシラノが知っている筈だと視線を彷徨わせた先で――
「今ので当てたのは三発と……倒れたのは二人かしらぁ。
崩壊した壁から風が吹き込む。街から、煤けた風が吹き込む。
壁の穴を背負った赤紫色の長髪の淫魔が、意味深に隣の男に目をやった。
その男が粘土板に何かを刻み込むと同時、街から
「それじゃあ、あなたたち? ふふ――やりなさいな」
その毒蛾の如き流し目を受けた集団たちが頷き、そして二人の市民が喉を掻き斬った――鮮血が舞う。
新たに二つの死体が追加された床に倒れているのは、八人の邪教徒。触手に打ち据えられたのか、全員が昏倒していた。
そして、同じく横たわる八人の市民。一つ違うのは――彼らにはもう息がないということだ。
打ちのめされた邪教徒たちと、自害した市民。
八人と、八人。
そして壁のその向こうで街から上がる火の手と、フローの身体の傷。
つまり――――。
これは、つまり――――
「……エルマリカ、頼む」
「シ、シラノさん……?」
「先輩を、頼む」
フローを横たえ、シラノは幽鬼めいてゆらりと立ち上がった。
無音だった。
頂点に達した怒りは全てを凍らせる。血管を凍らせ、脳髄を凍らせ、感情を凍らせる。鋼めいた意思は刃を為し、ただの鋭い剣気に成り果てる。
掴むは柄。握るは刀。
鯉口を切り、眼前の敵の群れを睨み据えた。
「
迫りきた一人を、武器を握るその腕を、抜き放つなり斬り捨てる。
魔術符を向けた邪教徒に肉薄し、その腹を貫く。
蹴り倒しざまに血を払い、言った。
「殺す」
一閃。鍔が鳴り、刃鳴が散った。
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